第736話 side:トレント
アロ殿は抱えている私から〖マナドレイン〗で魔力を吸って、自身の魔力を回復させている。
私はちらりと背後を見た。
アロ殿は懸命に飛び続けているが、背後のキマイラの群れとの距離が段々と近くなってきている。
早く何かしらの手を打たねば、すぐにキマイラ達に追い付かれてしまう。
私のスキルでは数相手ではどうにもならないため、アロ殿に何かしらのスキルを使ってもらわなければならない。
『アロ殿……もう一度、〖暗闇万華鏡〗を使いましょう! やはり分身がなければ、キマイラの群れとの距離は稼げませんぞ!』
〖暗闇万華鏡〗の魔力の消耗が激しいことはわかる。
確かに現状、明らかにこちらの消耗させられるペースが早すぎる。
しかし、〖暗闇万華鏡〗を使わなければ、そもそもキマイラの群れをまともに撒けないのだ。
『確かに魔力が減って来た現状、使い辛いのはわかりますぞ。しかし、やはり、我々が勝つためには〖暗闇万華鏡〗に頼るしかありませぬ! これまでは分身体を削られてきましたが、概ね魔獣王の手札も見えてきました!』
アロ殿の〖暗闇万華鏡〗を二度も潰されたのは、こちらの動きが魔獣王の〖インハーラ〗と〖フレアレイ〗で乱されて、その挽回に手間取っていた面が大きい。
魔獣王の手札が割れた今であれば、不意打ちのスキルで大きく乱されることはない。
わかっていても対処は困難であろうが、それでも初見よりは遥かにマシであることは間違いない。
『今度こそ分身体を維持して、効率的に奴らとの距離を引き話し続けてやりましょうぞ! 散々消耗こそさせられましたが、こちらの方針が悪かったわけではありませぬ。魔獣王の手の内を見るための必要経費だったと割り切って……!』
「ひゅー……ひゅー……」
アロ殿は既に息が上がっていた。
顔色が悪い。
私は息を呑んだ。
アロ殿の魔力不足が、想定以上に深刻なところまで来ていた。
ワルプルギスであるアロ殿にとって、魔力は生命力に等しい。
「ごめん、トレントさん、もう少し魔力が戻らないと、分身できそうになくて……」
『は、はい、急かして申し訳ございませんぞ』
想定以上に魔力不足が深刻である。
私とて、そこまで魔力が残っているわけではないのだ。
アロ殿の魔力タンクとしても、そう何度も機能はしない。
元より、アロ殿のMPは私の倍以上なのだ。
アロ殿の方が底を突きかけている現状、長続きするとは思えない。
不安が押し寄せてくる。
もしや〖死神の種〗作戦は失敗だったのではなかろうか?
もっといい方法があったのではないだろうか?
既に積んではいないか?
今からでも方針を切り替えるべきではないのか?
しかし、こうなってしまった現状、私達に、逃げる以外に何ができる?
アロ殿の魔力回復を待たずして、どんどんとキマイラ達が距離を詰めてきていた。
まだアロ殿はスキルを使えない。
私がどうにか時間を稼がなければならない。
しかし、しかし……私にこの状況で使える攻撃スキルが、ほとんどないのだ。
スフィア系統のスキルは範囲が狭いので複数体を巻き添えにできない。
そして、射程もそこまで長いわけではない。
増してや私の精度で、この距離でキマイラ達の牽制は不可能である。
簡単に回避されて、ほとんど減速もなく突っ込まれるだけである。
敵の注目を集めるスキル……〖デコイ〗を使って、アロ殿の腕から飛び降りるべきか?
アロ殿と別方面に逃げれば、それなりに時間は稼げるはずである。
逃げ切れなくなれば木霊化を解除して、〖不死再生〗とカウンタースキルで暴れることもできる。
だが、それをすれば、私は間違いなく命を失うことになる。
優しいアロ殿のことである。
半端に留まってしまい、私の最期の抵抗も無意味になってしまうかもしれない。
それに、まだそこまで追い込まれていないはずだと、私は信じたい。
後がどんどんとなくなっていくが、やはりこれしかない。
私はキマイラ達の方を振り返り、頭の先へと魔力を集中させた。
魔力の消耗は激しい上に、リターンはほんの僅かに時間を稼げる程度であろうが、他に手がないのだ。
『〖熱光線〗ですぞぉっ!』
私は頭上より、赤い極太の光線を発した。
避けるキマイラ達を追って、出鱈目に左右へ振り回す。
持続させている間、一気に魔力が削れていくのを感じる。
ただ、キマイラ達は大雑把に振り乱す私の〖熱光線〗への回避に専念させられ、大きく減速している様子であった。
本当に悪足搔き程度ではあるものの、しっかりと効果は出ている。
『ふんっ!』
私はぎゅいんと、頭を振るった。
逃げ損ねたキマイラが直撃を受けた。
「アアァッ!」
キマイラは身体から炎を上げながら、大きく高度を落とす。
翼に燃え移った炎を、必死に空中でもがいて消そうとしていた。
『あ、当たった……』
敵は無数にいるため、一体にダメージを与えるよりも複数体への牽制の方が遥かに重要だったのだが、それでもちょっとした満足感があった。
私はそこで、一旦〖熱光線〗を止めた。
時間稼ぎにはなっているが、ずっと放っていてはすぐに魔力が切れてしまう。
あくまでもアロ殿が立て直すまでの時間を稼ぐのが〖熱光線〗の役目であったのだ。
『来るなら来いですぞ、四つ目共! 気を抜いたところで、もう一発私の〖熱光線〗をお見舞いしてやりますぞ!』
私は翼で宙を殴って、四つ目達を威嚇した。
相手方も突然放たれた超射程スキルには警戒しているようで、若干ながらに身体が硬くなったのがわかった。
『よ、よし、まだやれる……まだやれますぞ……!』
確かに希望は薄い。
時間が経つにつれて、絶望感は増してきている。
魔獣王の正確なMPが掴めないため作戦を立て辛く、相手の限界が見えないため精神的にもしんどいのだが、裏を返せば次の瞬間に魔獣王のMPが尽きて、奴の全身が植物に支配されるかもしれないという希望が残っている。
主殿の予定が崩れて、早めにこっちへ向かってきてくれる可能性もないわけではないのだ。
「トレントさん、時間を稼いでくれてありがとう。もう、大丈夫」
『アロ殿……!』
「〖暗闇万華鏡〗!」
アロ殿の分身が二体、私達の横へと現れた。
……恐らく、これが最後の〖暗闇万華鏡〗になる。
この分身を維持しつつ、魔力を節約しながら、安定してキマイラと魔獣王から逃げ続けなければならない。
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