第56話

 暗い夜道を歩き、俺は湖から洞穴へと戻る。

 期待していた分だけ足取りは重い。



 ああ、チクショウ、まだ身体全身がいてぇんだけど。

 まさか〖人化の術〗を使っただけでここまで苦しむことになるとは思わんかったわ。

 これはなんだ、一生ドラゴンでいろよ的なアレか?


 俺にトラウマ植え付けるのが目的なんじゃなかろうかとまで勘ぐっちまうぞ。

 まさかスキル使っただけであそこまで苦しむことになるとは思わんかったわマジで。

 今度から変なスキルを手に入れたらもっとキッチリ調べる必要がありそうだ。

 死体の首飛ばすスキルだってあるんだから、使った瞬間身体破裂とかあってもおかしくねぇぞ。


 俺、人化向いてねぇのかなぁ……。それともなんだ、スキルLv上げなきゃいかんのか?

 何回あの苦しみを味わったらスキルLv上がるんだ?

 あれはもう、ちょっとした軍隊の拷問だぞ。



 ようやく洞穴が見えてきたところで、入り口付近にぼうっとした光が浮かんでいるのがわかった。


 あれは……ヒカリダケが浮いているのか?


 ヒカリダケは光るキノコで、俺が洞穴内の電球として用いているものだ。

 夜寝るときにはグレーウルフの毛皮を被せることで消灯している。


 ひとりでにキノコが浮かび上がるわけがない。

 目を凝らして見てみると、二人組の女が洞穴の入り口を観察していた。


 背の低い方の女がヒカリダケを手にしている。どうやら懐中電灯のように使っているようだ。

 ヒカリダケを持つのとは逆の手には馬鹿デカイハンマーを掴んでいる。


 なんだあの女、頭から獣みたいな耳が生えているぞ?

 獣人って奴か?

 ドラゴンがいるんだから今更驚かねぇけどさ。


 もう片方はごっつい鎧を着込んでいる。

 線の細そうな身体をしているが、よく平然と動けるものだ。


 獣人娘と女剣士、といったところか。


 つか、ようやく人間がマイホームに来ちまったよ。

 これは俺が如何に文化的で平和的で友好的なドラゴンであるかアピールするチャンスだ。

 登場するタイミングを見極めなくては。


 思わずさっと木の陰に隠れ、洞穴内の様子を見守る。



 女冒険者二人は、入り口に聳え立つ二体の像を様々な角度から観察している。


 おー驚いてる驚いてる。

 俺の像の完成度の高さに感嘆してやがんなアレは。 

 なんかこう、嬉しいような恥ずかしいようなでムズムズしてくる。


 二人は感動のあまり声も出ない様子で、口を開けたままポカンとしている。


 へっへ、俺が作っては崩してを何度も繰り返して作りあげた作品だからな。

 壺もそうだが一番こだわったのがあの入り口の像よ。


 ニマニマしながら眺めていると、獣耳の方が手に持っていたヒカリダケとハンマーを地において、像を撫で始めた。

 おうおう、仕方ねぇな。

 いくらでも満足するまで触っていいぞ。


 心の中で許可を出した次の瞬間、近くにあった木の枝を拾い上げて像をぶっ叩きやがった。

 てめ、何しやがる!

 そこまでは許してねぇぞ!


 当然折れたのは木の枝の方だが、俺としてはこう、あまりいい気分ではない。

 もしも傷でも入ってたらマジで泣くぞ俺。

 なんて酷いことしやがる。



 それからヒカリダケを前方に突き出しながら、恐る恐るといったふうに二人は洞穴の中へと入って行く。

 中には俺の敷いた絨毯や壺、必死に集めた香辛料と塩、干し肉がある。


 あの二人がどんな反応をするかが楽しみで、俺は木の陰から洞穴の入り口へとこっそり移動する。


 あ、そういや、まだ中で黒蜥蜴寝てるじゃん。


「ガァァッ!」


 俺は洞穴の中へと吠え、さっと身を隠す。

 これで黒蜥蜴が起きて逃げてきてくれたらいいのだが。


「キシィッ!」

「Τι είναι αυτό;!」「 Μαύρη Σαύρα!」


 中で三つの叫び声が響く。

 黒蜥蜴が素早く洞穴から出てきて、俺に飛びついてくる。


「キシッ! キシィッ!」


 俺は興奮する黒蜥蜴の頭を撫でて宥め、それからまた洞穴内へと目を向ける。

 先ほどの二人が奥に並んでいる壺を覗いては、何か言い合っているのが見える。


 今俺が『実はそれ僕のなんですよ』みたいな感じで出て行ったら、『むむ、なんて賢く人間的なドラゴンだ』みたいな感じにならねぇかな。

 ならねぇか、ならねぇわな。

 普通に洞穴に迷い込んだ魔物だと思われるだけか。

 何かいい手を考えねぇと。


 洞穴の中にいる二人を観察しながら、俺はあれこれと案を出しては自分で打ち消していく。


「キシシッ?」


 悩んでいる俺を、黒蜥蜴が不思議そうに見つめてくる。

 一瞬黒蜥蜴に意識を向けかけた瞬間、獣耳がこっちへと首を動かし掛けているのが見えた。

 俺は慌てて入り口の壁に張りつき、姿を隠す。


 危ない危ない。

 見られるところだった。


 しかし、どうする?

 このまま隠れているだけだとせっかく今までしてきた準備が無駄になってしまう。

 今まで内装を整えてきたのは快適な生活を送るためという意図も勿論あったが、人間が来たときにただのモンスターではないことを示すため、という面も大きい。

 ここで尻込みしてどうする。


 やるしかない。

 一度は封印した〖人化の術〗を使う、それしか方法はない。

 確かにちょっと恐ろしい外見をしているが、人型には違いない。

 ドラゴンよりはマシなはずだ。それに初回だったから形が安定しなかったという説もある。


「ガァッ」

「キシ?」


 俺は小さく鳴き、黒蜥蜴の頭を撫でる。

 俺の姿が変わっても黒蜥蜴が大暴れしないよう、保険を掛けておいたつもりだった。


「キシ、キシッ!」


 俺の様子から何を感じ取ったのか、黒蜥蜴が一層鳴く。


 安心してくれ。

 人化が成功しても、黒蜥蜴と別れるつもりはない。

 俺はそんなことを思いながら、黒蜥蜴の頭を撫でる。


 黒蜥蜴へ、というよりは自分への言い訳だったのかもしれない。



 俺は呼吸を整え、人の形を強くイメージする。

 いける。いけるはずだ。

 そう、俺にはイメージが足りなかったのだ。


【通常スキル〖人化の術〗のLvが1から2へと上がりました。】


 脳内に浮かび上がる文字に励まされ、俺は〖人化の術〗を使う。

 身体中が熱を帯び、圧縮されていく。

 慣れたせいか、身体が適応したのか、以前より痛みはマシに思える。


 行ける!

 行けるぞこれは!

 自分の身体は確認できないが、前よりはずっと人型のはずだ。


「キシィッ!」


 引き留めるような黒蜥蜴の声に小さく振り返り、だがそれでも俺はすぐ前を向き直して、洞穴の中へと入った。


 例の二人は、さっき見たよりもずっと洞穴の入り口側に来ていた。

 ばかりか、その表情には、恐怖と焦りが色濃く浮かんでいた。

 例えるのならそう、何かとんでもなく恐ろしい化け物でも見たかのような……。


 えっと……ひょっとして、俺の後ろにモンスターとかいる?


「Μην αφαιρείτε την απόλυτη!」「είναι φυσικό!」


 彼女達は口々に何かを叫び、それを契機に獣人娘の方が飛び掛かってくる。


 馬鹿デカイハンマーを振るい、俺の胴体をぶん殴る。

 人化中のため、俺の攻撃力・防御力は半減状態だ。

 普段ならなんともない一撃でも致命傷となる。


「ブガァッ!?」


 まともにくらって宙を飛んだ俺だったが、なんとか着地体勢を整えることに成功する。

 そのまま獣人娘の背後に立つ女剣士が、洞穴の外へと剣を翳す。


「『Φως του φεγγαριού』」


 叫びと共に剣に月明かりの光が反射し、それがそのまま無数の球体へと変化して俺に襲いかかってくる。

 五発ほどいいのをもらって吹っ飛び、地面に腹から落下する。


「ガ、ガァ……」


 ボロボロの俺に獣人娘が追撃をしようとハンマーを振るうが、女剣士がそれを止める。

 そのまま二人して、逃げるように走って去って行ってしまった。



「キッ、キシィィッ!」


 洞穴の外で待機していた黒蜥蜴は走って行く二人とボロボロの俺を見比べ、二人の背を追おうとする。

 その尻尾を掴み、なんとか黒蜥蜴を引き留める。


 二人の姿が見えなくなったところで身体が肥大化していき、地に蹲った姿勢のままドラゴンへと戻っていく。


「ガァ……」


「キシッ」


 ペロリ、俺の頬に黒蜥蜴の舌が触れる。

 慰めてくれているのだろうか。

 俺は、黒蜥蜴を裏切るようなことに必死になっていたというのに。


「キシィッ!」


 黒蜥蜴は再度鳴いて、それから洞穴の入り口にある石像へと目を向ける。

 ドラゴンの石像と人間の石像が入り口を挟むように並んでいるのだが、その人間の石像の方を、じっと見つめている。


 黒蜥蜴は今の状況をどの程度理解できているのだろうか。

 俺が急に変形したのに驚いている様子がないことといい、今の騒動の後さっと慰めてくれることといい、俺が思っているよりも黒蜥蜴はずっと賢いのかもしれない。

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