第646話

 ヘカトンケイルの討伐により、アロは【Lv:102/130】から【Lv:106/130】へ、トレントは【Lv:102/130】から【Lv:107/130】へと上がっていた。

 トレントの方が高いのか。

 直接バシバシやってたのはアロだが、やはり〖死神の種〗が結構効いていたのか、それとも徹底して張り付いて邪魔していたのがこの世界に評価されたのか。


『すいませぬな! いや、またアロ殿を追い抜いてしまうとは……!』


 トレントがぐぐっと幹を張る。

 アロが何とも言えない表情を浮かべていた。


『悪いな、ミーア。我が儘言って、余計な消耗しちまった』


 俺はミーアへと頭を下げた。


「いや、大した消耗ではなかった。それくらいなら許容範囲だろう。それに、私としても、新しい相棒の成長は嬉しい。最後の、剣を敢えてヘカトンケイルに弾かせて不意を突いた動き、よかったよ」


 ミーアが笑みを浮かべ、俺にグッドサインを向ける。


『あ、ああ、俺も何か、得たものがあったような気がする』


 ちょ、ちょっと照れてしまった。

 格上と見ている相手から褒められるのは素直に心地いい。


 俺はンガイの森を振り返る。


『……ヘカトンケイルだけじゃねぇ。ここの奴らは皆、神の声を倒してくれって、俺にそう願っているような気がするんだ。ヘカトンケイルや、他の魔物の想いを継いで、俺は地上に行かなきゃならねぇ』


 あいつらの生きた証を、俺は経験値と、戦闘経験という形で引き継いだ。

 無駄にはできねぇ。

 神の声に利用されて、弄ばれて死んじまったら、この森の奴らに申し訳が立たねぇ。


 ミーアは沈黙し、ヘカトンケイルの残骸を睨む。

 その顔に表情はなかった。

 ミーアは時折、酷く無表情になる。


『ミーア……?』


「ああ、そうだね。私もそう思うよ」


 ミーアはそう言って頷き、塔の入口へ目を向ける。


「行こうか。憐れな彫像の番人はもういない。でも、中で何が待っているかは、まだわかったものじゃないんだ」


『そうだな……』


 今回の戦いでは、驚くほど消耗は少なかった。

 もっとギリギリになるかと思っていたが、ヘカトンケイルは多対一を極端に苦手としていた。

 トレントが思わぬ活躍を見せたこと、アロが〖影演舞〗の弱点を暴いたこと、そしてヘカトンケイルが効率の悪い戦法を取ったことが合わさり、幸いMPを八割方残せている。


 例え塔の中からヘカトンケイル二号が出てきたとしても負ける気がしない。

 つーか、ミーアが頼りになり過ぎて、多少危険な魔物が出てきたところで脅威になるとは思えない。

 ミーアは伝説級最大レベルだが、加えて剣技も超一流だ。

 同格を圧倒し、格上相手でも立ち回れる可能性を秘めている。

 さすが、三度神殺しを企てたというのは伊達ではない。


『一番頑丈な俺が真っ先に行く』


 俺はそう言い、塔の扉に前脚を掛けた。


『主殿、それでしたら私でも……!』


『トレントは、何かあったときの対応力がな……。飛んで逃げるにも遅れるし』


『はい……』


 トレントがしゅんと肩を落とす。

 自分の強みを活かせる出番だと思ったのだろう。

 ただ、そもそも扉はせいぜい十メートル程度なので、トレントは頑丈な今の姿だと入れないのだ。


『それじゃあ、開けるぜ! 皆、身構えといてくれ!』


 俺は塔の扉を押す。

 動かない。強く押す。動かなかった。


 背後からの視線が痛い。

 ひ、引き戸か……?

 爪を立てて引っ張ってみたが、やはり動かなかった。


「どうしたイルシア君? あまり勿体振らないでほしい」


 ミーアの言葉に、俺はびくりと肩を震わせる。

 普通の言葉でも、なんだかミーアに言われると怒られているような気がしてしまう。


「グゥオオオッ!」


 俺は吠えながら、前脚で扉をぶん殴った。

 びくともしなかった。


『……悪い、これ、開かない感じの奴かもしれねぇ』


 それを聞いたトレントとアロが、目に見えて脱力した。

 落ち込むというか、中から何が出てくるかと気張っていたので、気が抜けてしまったのかもしれない。


 ミーアだけが、無表情で微動だにせず俺を見ていた。

 め、目が冷たい……!

 ミーアははっと気が付いたように愛想笑いを浮かべる。


「ハハハ……今更条件を満たしてないから開かないって言われても、正直困るんだよね。私の狂神化は、多分もう猶予がないはずだ。そう簡単に開かないように、硬いだけなのかもしれない。全員で一斉に攻撃してみよう」


『そ、そうだな。戦いの余波で開いたりしねぇように、ちっと頑丈目なだけかもしれねぇ』


 俺達は一列に並び、塔の前に立った。

 俺は口内に魔力を溜め込み、〖グラビドン〗の準備をする。

 俺は攻撃力より魔法力の方が高い。

 〖ヘルゲート〗を除けば、これが最大火力だ。


『皆、準備できたか! 一斉に行くぞ!』


「はい、竜神さま!」


 アロは〖暗闇万華鏡〗で三人になって並び、各々が手に〖ダークスフィア〗の光を溜めている。


「私も問題ない」


 ミーアも剣先に黒い光を溜めている。

 〖ダークスフィア〗だ。

 戦闘なら剣の方が得意そうだが、瞬間威力を優先するとそっちになるのか。


『ま、待ってくだされ、主殿!』


 トレントの言葉虚しく、一人のアロがフライングで〖ダークスフィア〗を放った。


「あっ」


 アロ三姉妹が、同時に言葉を漏らす。

 その後、もう一人が釣られて〖ダークスフィア〗を放ち、最後の一人も慌ててそれに続いた。


 な、なんかいつも一人、ちょっと抜けてる分身がいないか!?

 どうなってるんだ〖暗闇万華鏡〗!


 ここまで来たら、もう撃ってしまった方がいい。

 俺も〖グラビドン〗を扉へと放った。


「う、撃つのかい? 撃っていいんだね?」


 ミーアも迷いながら〖ダークスフィア〗を放つ。

 塔の扉に、各々の魔法攻撃が炸裂していく。

 黒い光が爆ぜ、煙が舞い上がった。

 俺は前脚で顔を覆い、反動を堪える。


『やったか……?』


 光が晴れると……扉も塔の壁も、綺麗なまま残っていた。

 傷一つ付いていない。


『嘘だろ……。だとしたら、何かの力で守られてるのか? 今から、鍵となるものを見つけねぇと……』


 そのとき、トレントが遅れて放った赤い極太の光線が、扉に突き刺さった。

 〖熱光線〗である。

 大きな扉が、爆ぜて一気に崩れる。


 しばらく、俺達の間に無言が続いた。


『私の〖熱光線〗に、こんな威力が……?』


 トレントが驚いたようにそう零す。

 ……いや、さっきまでのダメージが蓄積してただけだと思うぞ。

 何にせよ、ミーアをここで置いていかなきゃならねぇような事態は避けられそうだ。

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