第645話

 ヘカトンケイルは他の奴の攻撃を無視して、とにかく俺に猛攻を仕掛けてきやがる。

 番人の役割として、神聖スキル持ちを優先して狙っているのかもしれないが、それにしても妙だ。

 俺を新代の勇者と認識しているようだが、それについて何か恨みがあるようにさえ思える。


 だが、この状況はむしろありがたい。

 他の奴がヘカトンケイルに対して攻撃を通しやすいためだ。


『マダ、負ケラレナイ、マダ……! オレニハ使命ガアル!』


 俺とヘカトンケイルは、互いの刃を打ち合う。

 速度では俺が勝っているはずなのに、むしろ俺が後手に回っている。

 下手に攻めればこっちが一方的に斬られかねない。


 剣筋と動きが読まれている。

 いや、それだけではない。

 相手の剣の動きの方が、対応できる範囲が広いのだ。

 そういう地力の差が積み重なって、俺の剣が一歩遅れている。


 ヘカトンケイルがまた影に沈んだ。

 巨体が消え、大剣を空振るミーアの姿が見えた。

 ヘカトンケイルはミーアから離れた、俺を回り込んだところで再び姿を現す。


「徹底して私を避けるつもりか!」


 ミーアがすぐにヘカトンケイルへ駆ける。


 何を意地になっているのか知らねぇが、ヘカトンケイルの動きは明らかに勝ち筋を捨てている。

 別に苦しい状況でもなかったのに、ミーアから距離を取るためだけに〖影演舞〗を使った。

 残りのMPが少ないはずなのに節約する様子がない。


 この調子であれば、俺が守りに入って、ミーアがカバーに入って来るのを待ち続ければ、ヘカトンケイルに勝てるはずだ。


 俺はジリジリと退きながら、〖オネイロスライゼム〗を盾のように構える。

 いっそ本物の盾である〖オネイロスフリューゲル〗を持ち出してもいいかもしれねぇ。

 後はトレントに張り付いておけば、まともに俺に手出しできなくなる。


『マダ、倒レルワケニハ……! 最後ノ使命ヲ、果タスマデハ!』


 ヘカトンケイルが飛び掛かってくる。

 俺は考えた通り、トレントの傍に向かおうとして、途中で足を止めた。


 俺は振り返り、ヘカトンケイルの刃を刃で受け、押し合った。


『……ミーア、止まってくれ!』


 ヘカトンケイルの側面に回っていたミーアが、俺の言葉に足を止めた。


「どうしたのかな?」


『ミーア、トレント、悪い、ちょっと離れててくれ。アロもだ。……馬鹿なこと言ってるのはわかってる。だが、ヘカトンケイルは、どうせすぐ倒れる。すまねぇが、コイツのトドメを任せてくれ』


「……ふむ、随分と余裕を見せるね。考えあってのことだと信じているよ」


 ミーアがその場から引き、大剣を背負った。


 ヘカトンケイルの口にする、最後の使命……。

 その本当の意味が、少しわかった気がしたのだ。


『アロ……』


「わかりました、竜神さま。ですが、無理はしないでください」


 アロが俺の肩を蹴り、黒い翼を広げて飛び立って離脱した。

 

 俺は大剣を力任せに押し出し、ヘカトンケイルを突き飛ばした。

 間合いを取ったところでヘカトンケイルが着地する。

 それから少しの間、互いに大剣を向けて固まった。


『来やがれ、ヘカトンケイル! お前のお望み通り、一対一だ!』


『マダ、オマエヲ通スワケニハイカナイ……!』


 俺とヘカトンケイルの刃が衝突する。

 ヘカトンケイルは素早く引きつつ横に飛び、大剣を突き出してくる。

 俺はその大剣を叩き落とそうとしたが、奴は横に揺れるように躱し、俺の横っ腹を刃で斬った。

 鱗が割れて血が舞った。


 考えて動け、俺!

 俺だってこれまで、無数の戦いを生き抜いてきた。


 ハウグレーの剣は破れなかったが、俺はあのとき、力押しじゃどうにもならねぇことがあることも知った。

 リリクシーラも、戦い方じゃ俺の上を行っていた。

 だが、戦いの中で、リリクシーラ相手じゃ細かい一挙一動に意味を持たせて動かねぇとまともに攻撃を当てられないと知り、試行錯誤し、ついにはアイツにだって勝った。

 あのとき学んだことを、これまでに学んだことを、全て出し切れ!


 俺は目を見開き、ヘカトンケイルを睨む。

 とにかく、敵を見ねぇと駄目だ。

 これまで意識しきれていなかったところに意識を向けろ。

 どう動くのか、そしてどこが隙になり得るのか、それを見極めろ。


 俺は後ろに退きつつ〖次元爪〗を放った。

 ヘカトンケイルは俺を追うように動いて間合いを保ちつつ、大剣を縦に構えて爪撃を弾いた。


 その瞬間、俺はヘカトンケイルの次の動きが、読めるような気がした。


『ここだ……!』


 俺は〖次元爪〗の攻撃と被せるように、素早く片手で大剣を振るう。


 ヘカトンケイルの大剣が素早く動き、俺の刃の腹を弾く。

 振り始めたところの、速度が乗っていないところを叩かれた。

 〖次元爪〗を放つため片手だったこともあり、押さえ切れない。


 俺は〖オネイロスライゼム〗を手放した。


『ヤハリ、オマエハマダ、通セナイ……!』


 ヘカトンケイルが距離を詰めてくる。

 俺は宙に飛び、尾で〖オネイロスライゼム〗を弾き、頭上に掲げる自身の手許へと戻した。

 これを狙って、最初から尾を伸ばしておいた。


 腕は既に振り上げている。

 後は降ろすだけだ。

 俺は剣に魔力を込め、刃にそれを伝わせる。

 〖闇払う一閃〗だ。


『これで終わりだヘカトンケイル!』


 奴の首の断面に、大剣の一撃を叩き込んだ。

 ヘカトンケイルの巨体が地面に倒れる。


 ヘカトンケイルの手許から、奴の大剣が落ちた。

 いや、違う。奴の大剣を握り締めていた手が、砕けて地に落ちたのだ。

 手自体は、しっかりと大剣を握り締めていた。


『通レ……オマエハ、強イ。アノ邪ナル者モ、キット討チ滅ボセルダロウ』


 ヘカトンケイルが、そう思念を放った。

 弱々しいものだったが、確かに受け取った。


 ヘカトンケイルの最後の使命……。

 それはきっと、ンガイの森に来た神聖スキル持ちが、しっかりと力を付けてから塔へ入るのを見届けることだったのだ。


 塔にヘカトンケイルを配置したのは、神の声の意志だろう。

 俺達の目的と、神の声の目的は、途中までは一致している。

 神の声の目的は、自身より強い魔物を創り、フォーレンを復活させる権限を得ること。

 俺達の目的は、奴より強くなり、出し抜いて神の声を倒すことだ。


 ヘカトンケイルもまた、自我のほとんどない醜い彫像に成り果て、それでもただずっとここで、神の声を倒せそうな魔物が来るのを待っていたのだ。

 だからこそ、ヘカトンケイルは敵を倒さない。

 力の足りていないものを追い返すだけなのだ。


 俺を集中的に狙い始めたのも、相手が集団であるため肝心な個人の力量を試せないと考えての行動だったのかもしれねぇ。


『意図に反して、団体様で押しかけちまって悪かったな。だが、こっちも余裕がねぇんだ。……でも、ありがとよ、ヘカトンケイル。お陰で何か、掴めた気がする。俺はきっと、アイツを倒すよ』


 ヘカトンケイルの全身に罅が入り、崩れ落ちた。


 砕け散る彫像の向こう側に、優しげな大男の姿が薄っすらと見えた。

 ヘカトンケイルの像に似た鎧を纏っており、大きな剣を担いでいる。


『ありがとう……これでようやく、眠りにつくことができる。後は、お前に託すよ』


 俺に笑いかけたかと思えば、崩れる彫像に遮られ、すぐに視界から消え去った。


【経験値を55300得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を55300得ました。】

【〖オネイロス〗のLvが139から145へと上がりました。】


 結構今回は経験値が割れたと思うんだが……それでも、充分過ぎるくらいの経験値量が入ってきた。


 俺はヘカトンケイルから視線を逸らし、天穿つ塔へと目を向けた。

 後は、あの中に挑むだけだ。


 いや、挑む、というより身構えることはないかもしれねぇ。

 ヘカトンケイルは恐らく、ンガイの森に入った奴がレベル上げを怠って外に出ないよう、神の声が設置した番人だ。

 そう仮定すれば、この森での俺達の目的は既に終えているはずだ。

 この塔は、元の世界に戻るための場所なんじゃねぇだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る