第644話

 ようやく倒せそうだったのに、ここに来てヘカトンケイルの様子が変わりやがった!

 自我の片鱗を取り戻すと同時に、過去の経験や技術を取り戻しているようだった。


 だが、ヘカトンケイルのMPは既に残り一割だ。


『アロ、トレント! どうにか奴の隙を作ってくれ!』


 今のヘカトンケイルと正面から斬り合うのは危険だ。

 おまけにミーアが蹴飛ばされ、俺達側の手数が減っている。

 どうにかアロとトレントに奴の隙を作ってもらい、そこを叩くしかない。


「わかりましたっ!」

『任せてくだされ、主殿!』


 トレントは、俺とヘカトンケイルの間に割り込むように入って来る。

 そして巨大な枝を掲げ、〖樹籠の鎧〗を広げて展開し、ヘカトンケイルを捕えようとする。

 ヘカトンケイルは地面を滑るように移動しつつ、〖影演舞〗で己の影の中へと潜った。


 アロの〖ダークスフィア〗がヘカトンケイルの影へ飛んでいく。

 また、影に潜んだところを魔法攻撃で叩くつもりだったらしい。

 だが、ヘカトンケイルの影は、横にさっと素早く動いて〖ダークスフィア〗を避ける。


 元々、〖影演舞〗の出始めを叩くのはタイミングがかなり厳しい。

 いつ〖影演舞〗をするのか、事前に予測を立てておく必要がある。

 今回のヘカトンケイルは、アロに狙われていることを読んだのか早めに使っていた。

 それに、使う前に高速で動くことで、使用した瞬間を狙われないようにしていた。


 動きやスキルの使い方一つとっても、やはり違う。

 さっきまでのヘカトンケイルとは最早別物だ。


 だが、出てくる場所を読めれば、〖影演舞〗の移動の超速度にも追い付ける。

 ヘカトンケイルが狙ってくるのは俺だ。

 だとすれば、俺に〖ハイジャンプ〗で一手で飛びつける位置に奴は現れるはずだ。

 

 真下……は、安易過ぎるか?

 広く範囲を取って、〖次元爪〗の乱れ撃ちを放ち、〖影演舞〗から飛び出したところを狙って叩くべきか。

 当たればダメージの他に、跳びかかってくる勢いを殺せる。


 だが、俺の足許にヘカトンケイルの影は移動して来なかった。

 しまった、予想を外した!


『あっ、主殿、私の身体に!』


 俺はトレントへと目を向けた。

 見れば、大きな影がトレントの身体を昇っている。

 トレントの仕掛けた〖樹籠の鎧〗の壁をすり抜け、その上で実体化した。

 それと同時に、トレントを蹴って俺へと〖ハイジャンプ〗で飛び掛かってくる。


『ソノ剣技、オレノ……! オマエガ新代ノ勇者!』


 強い執念を感じる。

 

『言葉が通じるなら退けヘカトンケイル! お前はもう終わったんだ!』


 俺は叫びながら〖オネイロスライゼム〗を構える。

 だが、ヘカトンケイルから返答はなく、また下がる気配も見せない。

 

 アロはヘカトンケイルをやや引き付けてから、〖ダークスフィア〗を放った。

 黒い光がヘカトンケイルへ向かう。


 いいタイミングだった。

 ヘカトンケイルが〖破魔の刃〗で対応すれば、大剣を振り切ったところを突くことができる。

 俺はその隙を突こうと刃を向けていたのだが、ヘカトンケイルは〖ダークスフィア〗を身体で受け止めた。

 ヘカトンケイルの彫像の身体の表面に罅が入るが、そのまま無視して突っ込んでくる。


『お構いなしかよ!』


 俺は大剣を振るう。

 ヘカトンケイルは俺の大剣を刃で防ぎ、そのまま下へと刃の流れを誘導するように降ろす。

 ヘカトンケイルの大剣が、俺の大剣の上へと滑り込むように上下が入れ替わり、そのまま押さえ込んで下へ落とした。


 大剣に引かれ、俺の姿勢まで前傾に傾いた。


 け、剣で挑んだのは失敗だったか!

 ヘカトンケイルは剣の達人だ。

 まだ大鎚や素手のがマシかもしれねぇ。


『新代ノ勇者、通シハセン!』


 俺の肩と腹部に、ヘカトンケイルの刺突が飛んできた。

 鱗を貫き、肉を抉る。

 ヘカトンケイルはそのまま体当たりするように俺へと距離を詰める。

 奴の多腕が、俺の顎と胸部を強打した。

 

 強い……!

 ただ速度に頼っただけの攻撃じゃ、ヘカトンケイルには届かねぇ!

 

『だが、さすがにこれは避けられねぇよなぁ!』


 ほぼゼロ距離から裏拳をお見舞いしてやった。

 地面へ叩き落としてやったつもりだったが、ヘカトンケイルの姿が消えた。


 俺の視界に影が差した。

 それで俺は気が付いた。

 こいつ、さっきトレントにやったように、〖影演舞〗で俺の身体を伝って上を取りやがったんだ!


 俺は身を翻しながら、〖オネイロスライゼム〗で上を狙った。

 同時に振り下ろしていたヘカトンケイルの大剣とぶつかる。


 MPが惜しくないのか!?

 アロの攻撃無視といい、今の強引な〖影演舞〗による俺への張り付きといい、もはやヘカトンケイルは俺を倒すことを目的にしているようだった。


 俺は押し合いの状況のまま、〖オネイロスライゼム〗の刃の腹を後ろ脚で蹴り上げた。

 ヘカトンケイルを上に飛ばすと同時に、自分を地面へと落としたのだ。

 地上にはミーアがいる。

 空中で張り付かれれば、ミーアが手出しできなくなる。


 俺が地上に降りると、横にミーアが並んだ。


「いい判断だ、イルシア君」


 ヘカトンケイルが俺達の前に着地する。

 素早く俺へと大剣を構え、こちらへ駈け出して来る。


「追い込まれて、随分と攻撃的になったものだ。そろそろ終わらせようか」


 ミーアの言葉に俺は頷く。

 ヘカトンケイルの残りのMPはもう僅かだ。

 対して、俺達は前半戦でかなり余裕を作っている。

 ヘカトンケイルがどう足掻こうとも、俺達のHPを削り切れるとは思えない。


 ヘカトンケイルが突進してくる。

 俺とミーアは、右と左に分かれた。

 ヘカトンケイルは、迷うことなく俺目掛けて大剣を振るってくる。


「それは安易過ぎないかなっ!」


 ミーアの鋭い一撃がヘカトンケイルの背に走る。

 だが、ヘカトンケイルはミーアを完全に無視し、そのまま俺へ向けていた大剣を振り切った。

 こちらも刃で対応して防いだつもりだったが、ヘカトンケイルは素早く大剣を引き、刺突へ切り替えてくる。


 どこまでも、俺狙いかよ……!

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