第647話

 俺達は、ついに塔の中に入った。

 トレントは通常サイズでは入れないので、木霊サイズになってもらっている。


『魔物はいねぇみたいだな。それが、とにかく一安心だ』


 塔の内部は外観通り、かなり巨大だ。

 フルサイズトレントが余裕で動き回れるくらいの広さがある。


 そして塔の内周には、巨大な螺旋階段があった。

 見上げれば、まるで無限に続いているかのようだった。


『これが、繋がってる先って……』

 

「きっと元の世界だよ。今更、神の声が他に私達を連れて行きたいところがあるとは思えない。予想は間違っていなかったわけだ」


 ミーアが安堵したように口にする。


 ついにンガイの森を脱出したのだ。

 それも、ミーアという強大な仲間を得て。


 元の世界には、神の声の放った〖スピリット・サーヴァント〗が複数存在するはずだ。

 俺だけじゃ手が足りない。

 それに、神の声への対策も一切進んでいない。

 ミーアが仲間に加わってくれたのは本当にありがたい。


『なあ、ミーア、言えなかったことがあるんだが……お前の仲間……ウムカヒメは、まだ生きてるんだ。あいつ、お前のことすっげー慕ってて、でも、お前がとうに死んだものだと考えてるみてぇだった。元の世界に戻ったらさ、ウムカヒメに絶対会ってやってくれ。まず、その前に、色々優先しねぇといけないことがありそうだけどよ……』


 元の世界に繋がっているのはきっと間違いではないはずだ。

 しかし、元の世界のどこに繋がっているのかは、皆目見当もつかない。

 あの神の声の〖スピリット・サーヴァント〗達がどうなったか、残された皆がどうなったかもわからない。

 まずは情報収集からになるだろう。

 しかし、いつかはミーアにウムカヒメと再会して欲しい。


 それに、ヴォルクもきっと喜ぶだろう。

 同じ剣士として、思うところがあるようだった。

 ちゃっかりミーアの愛剣である〖刻命のレーヴァテイン〗を継いでいたりもする。

 ヴォルクが彼女に関心がないわけがない。

 どんな反応をするのか、少し楽しみだった。


 しかし、結構思い切ったことを口にしたつもりだったのだが、ミーアから返事はなかった。


『ミーア?』


 俺は彼女を見た。

 ミーアは目を細め、螺旋階段の先、遥か高くを見つめていた。


「なるほど……何もいなさそうだ。ヘカトンケイルだけだったわけだね。それじゃあ、もう、いいか。元の世界に戻れるのなら、狂神化に怯えて、行動を焦る必要ももうない。後回しにしていたことを、終わらせるとしよう」


 ミーアはそう言うと、背負っている〖黒蠅大刀〗を手にした。


『ミーア? どうしたんだ』


 ミーアは大剣を振りかぶり、俺の斜め上に飛んでいた。

 戦闘の意識になっていなかったため、ミーアの動きが全く見切れなかった。

 瞬間移動したかのようにさえ思えたが、これはミーアの得意スキルの〖神速の一閃〗だ。


 俺に刃を向けている。


『な、何やってんだ!』


 俺は前脚を上げてガードする。


「〖残影剣〗」


 ミーアの大剣がブレ、二本になった。

 片方は俺の前脚を、もう片方は守りを擦り抜けて俺の胸部を斬りつけた。

 

 俺の爪の反撃を、ミーアは大剣で防いだ。

 宙にいるミーアを、アロの〖ゲール〗が狙う。


「竜神さまから離れて!」


 ミーアは背後へ跳んで床に降り立ち、〖ゲール〗の照準から逃れる。

 アロは今撃っても当たらないと判断したらしく、腕を下げた。


「ふむ、不意打ちならもう少しダメージを与えておきたかったけれど、数の差があるから仕方がないか」


『ど、どうしちまったんだ! まさか、狂神化が、こんなところで……!』


「どうしてしまったか、ね……。面白いことを言うね。もしかして敢えて気付いていない振りをしているのかなと思っていたけれど、本気だったんだね。純粋というか、考えなしというか、単に暗愚と評するべきか。話を聞いている限り、今代は前代より温かったみたいだし、仕方がないのかな? イルシア君が生き残るくらいなのだから」


 ミーアが、神の声側の勢力だった……?

 いや、そんなわけがない。

 一番神の声を恨んでいるはずだ。


 ふと、頭の中で繋がったことがあった。

 俺の力だけじゃ、どう足掻いても突破できそうになかったヘカトンケイル。

 そして、都合よくこのンガイの森に残された、五人目の神聖スキルの持ち主。


 元々、考えてはいたことだった。

 このンガイの森には、俺の〖最終進化者〗の枷を外す手段があるのではなかろうか、と。

 塔の番人にオリジンマター、そしてミーアの登場と、目前のことで頭がいっぱいで、そのことが意識から半ば抜けていた。


 だが、〖最終進化者〗の枷を外す手段を、俺はとっくに見つけていたのだ。

 ミーアの持つ、〖地獄道〗……。

 恐らくこれさえあれば、俺は〖最終進化者〗の称号スキルを消すことができる。


 どうしてそのことを考えなかったのか。

 いや、無意識に考えないようにしていたのかもしれねぇ。

 だって俺は、ミーアと戦うだなんて、そんなことは考えたくもなかった。


『じょ、冗談だろ……? ここまで協力してやって来たじゃないか』


「ああ、狂神化のせいで、急いでここを出る必要が生じてしまったからね。下手に戦力を減らすような真似はできなかった。進化してレベルを上げているような余裕は私にはなかった。一か八かで、オリジンマターに飛び込んで正解だった。こうして、神聖スキルを四つ持った魔物が私の前に現れて、邪魔だったヘカトンケイルまで倒してくれたんだから。それさえあれば、私はもう一度、アイツに戦いを挑むことができる」


 ミーアの言葉を、頭が受け入れられない。

 色んな感情が飛び交って、何も考えられなかった。


「ちょっと非効率なことをして情を引けば、すぐに信じる。フフ、聖女ルミラに散々思い知らされたことだったけど、なるほど確かに効果的だ」


 俺の頭には、ミーアとアロやトレントの戦い方について話し合ったり、相柳の肉を一緒に食べて笑っていた光景が浮かんでいた。

 全部……嘘っぱちだったのか……。


 ミーアの顔を見る。

 冷たい、無表情な目だ。

 ああ、そうだった。ミーアはよく、こんな目をしていた。


「竜神さま! やるしかありません!」


 アロが俺の前に立ち、ミーアを睨み付ける。


「アロ君、トレント君は引っ込んでおいてもらえないかな? どうせ戦いの役には立たないよ。私だって、イルシア君には感謝している。それに別に、何も私だって殺戮が好みというわけじゃないんだ。ただちょっと、残酷なことをするのにも慣れたというだけさ」


 ミーアはそう言い、アロへと手を伸ばす。


「それに、私も神の声の〖スピリット・サーヴァント〗四体を単独で相手取るのは面倒だ。別に、私と君達の目的は反していない。私はただ、神の声から世界を解放したいだけだ。どうかな? 君達が手を出さないのなら、見逃してあげるよ。イルシア君が欠けたとしても、君達は世界に散った仲間の安否を確かめる目的がある、そのはずだ」


 ……ミーアとの戦いで、アロとトレントを守り切れる自信が俺にはなかった。


 俺がここで死ねば、きっとヴォルクやアトラナート達は全滅する。

 だが、A+級になったアロとトレントがいれば、あいつらを捜して、助けてくれるはずだ。


『私は嫌ですぞ!』


 トレントが叫んだ。


『主殿とアロ殿と共に、元の世界に戻ります! そして全員助けます! それ以外、私は絶対に認めませんぞ!』


 アロもぎゅっと口許を引き締め、ミーアを睨む。


「竜神さまっ! こんな提案、聞き入れる必要ありません!」


『アロ、トレント……』


 本当に俺は、いい仲間を持った。

 ここまで言ってくれたのだ。

 俺にそれを無下にする理由はない。


「そうか、私はこれで君達のことは気に入っていたんだけど、本当に残念だよ。まさか皆殺しにしないといけないなんてね」


 ミーアが〖黒蠅大刀〗を床へ振るう。

 床が割れ、塔が揺れた。


 正直、俺は、自分の中でまだ割り切れてはいなかった。

 どうしてもこの戦いに積極的になれる気がしない。

 ミーアと過ごした数日のことだけじゃない。

 ミーアにはミーアの目的があり、そのための信念と覚悟がある。

 果たしてそれは俺が崩していいものなのか。


 だが、それでは駄目だ。

 迷いながらで勝てる相手じゃない。 

 それに、この戦いは俺だけのものじゃない。

 アロとトレント、そして元の世界に残した奴らの安否も関わってくる。


『……ミーア、お前の過去が壮絶だったのは知ってる。神の声を倒したいってのも、俺なんかに任せられねぇって気持ちもわかる。だが、元の世界に帰るのは俺達だ!』


「知ったような口を利かれることほど腹立たしいことはないね、イルシア君」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る