第658話
〖エクリプス〗の絶対防御が、トレントの〖妖精の呪言〗によって崩れた。
今なら回復も間に合っていない。
ミーアは俺に受けたダメージに加えて、〖エクリプス〗の発動までの時間さえ稼げば勝てるはずだと〖分離獣〗を連発していた。
かなりHPを削っていたはずだ。
トレントが身を呈して作ってくれた、最後にして最大のチャンスだ。
「竜神さま、ごめんなさい。私も、もう、魔力が……」
『アロも、トレントも、ここまで本当によくやってくれた。後は、俺が絶対に倒し切ってみせる』
トレントに続いて、アロももうMP切れだ。
ここでミーアを仕留めきれるかどうかだ。
この衝突が、俺とミーアの勝敗を分かつ。
「……まさか、〖エクリプス〗がこういう形で敗れるなんて」
タナトスの巨躯が震える。
壁に叩き付けられた衝撃か、〖エクリプス〗を強引に中断させられたためか、一時的に身体が麻痺しているようだった。
『畳み掛けさせてもらうぞ、ミーアァ!』
俺はミーアの許へ向かいながら〖次元爪〗の連打をお見舞いする。
ここでMPを使い切るつもりでやる。
ここを逃せば、今度こそもうチャンスはないのだから。
ミーアの大剣の防御は間に合わなかった。
甲殻の守りのない、脆い人間体の部分に二連続で直撃した。
さすがに三打目は防がれたが、これまでミーアは〖次元爪〗に完璧な対処を見せていた。
彼女とてダメージが響いているのだ。
「今一度正面からの斬り合い……か。いいだろう、剣には自信がある」
タナトスが動き出し、壁を這う。
勢いをつけてから螺旋階段を蹴り、俺へと飛んできた。
ミーアは深く息を吸い、大剣を構える。
俺はミーアを睨む。
ミーアもまた、俺を睨んでいた。
他の一切合切を思考から切り離し、俺はミーアにだけ意識を向けていた。
手負いの身とはいえ、相手は俺が知る中で最も強い剣士だ。
きっとこの世界にこれまで存在した強い剣士達を並べても、ミーアはその一位二位を争うような存在だろう。
ミーアの許までなかなか辿り着けない。
俺はすぐに、これが極限まで集中した意識がそうさせているのだと気が付いた。
世界の流れがスローに感じる。
これまでも戦いの要所要所でこういうときはあった。
だが、ここまで明確に感じ取ったのは初めてだ。
ミーアのような超一流の剣士は、ずっとこんな感覚で戦っているのかもしれない。
互いの大剣が衝突した。
ミーアの刃が、確かに見えた。
対応できた。
そのことに感動を覚えるより先に二振り目が来た。
俺は大剣を傾け、それを受ける。
三度、四度と続いて打ち合った。
その内に気が付いた。
俺は半ば本能で振るって返しているが、ミーアはこの状態でも理性的に剣を振るい、確実に俺を追い込みつつある。
俺の剣には理合いがない。
ただ、これまでの経験と本能で振るっているだけだ。
そのため、ミーアと剣を打ち合うたびに少しづつ振り遅れ、形勢が不利になっている。
今のミーアは剣の機微を欠くタナトスの状態で、それも俺の猛攻を受けて手負いの状態だ。
それでも尚、彼女と俺の差はまるで埋まっていない。
今だからこそ理解できる。
確かにミーアは、人間状態の方が遥かに強い。
アロとトレントのお陰で、手数と火力で押し切って技量で競わずに済んだだけだ。
普通にこのまま打ち合っていれば押し負ける。
分が悪くとも、ここは勝負に出るしかない。
俺は大剣を打ち合った直後、引くと見せかけて強引に力で押し切り、一気に刺突を放った。
これは賭けだ。
点の攻撃の刺突は、刃で防ぎにくい。
避けられれば大きな隙を晒して、ミーアの刃を叩き込まれることになる。
だが、ミーアが対応し損ねれば、こちらが圧倒的に有利な状態になる。
ハイリスク故にハイリターン。
技量の戦いで分が悪いため、こういった方法で攻めるしかなかった。
ミーアの体液が舞った。
彼女の額に、薄い切り傷が走っていた。
回避されたのだ。
刃を掠めることはできたが、それだけだった。
ミーアへは、ほんの僅かに届かなかった。
俺は大剣を突き出した姿勢のまま、やや右へ移動したミーアへ目を向ける。
ミーアは大剣を構え直し、俺の身体を斬りつけようとしていた。
勝負の出方が、安易すぎたのか。
だが、あれ以上長引いていれば後がなかった。
今の一撃しかなかったのだ。
ここまで散々アロとトレントの力を借りて、純粋にミーアに実力で及ばなかった。
そうとしか言いようがない。
「グゥオオオオオオオッ!」
俺は咆哮を上げながら、大剣を振った。
間に合うわけがないと頭ではわかっていた。
ミーアはこの隙を逃してくれるほど甘くはない。
だが、それでも、全力で大剣を振るった。
どうにもならないとはわかっている。
しかし、ここまで死力を尽くしてくれたアロとトレントのためにも、何もせずに敗北を受け入れるわけにはいかなかった。
すまねぇ……アロ、トレント。
結局俺じゃ、ミーアを完全に倒し切るには力が足りなかった。
ミーアは小さく息を吐くと、大剣を下ろして構えを解いた。
だが、それに俺が気が付いたのは、大剣を振り切った後のことだった。
彼女の人間の上体が、刃によって胴体の辺りで切れた。
ミーアの体液が噴き出す。
彼女の手から、〖黒蠅大刀〗が離れた。
「オオォオオオオオオオオオォオオオオオオオォオオオ!」
六つ眼のドラゴンが狂ったように雄叫びを上げる。
苦しげに多脚をもがかせながら落下して行き、塔の最下層の床へと頭部を打ち付けて動かなくなった。
【神聖スキル〖地獄道:Lv--〗を得ました。】
【称号スキル〖ラプラス干渉権限〗のLvが7から8へと上がりました。】
頭にメッセージが響く。
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