第657話
俺は螺旋階段へと飛び、〖転がる〗でその上を駆けた。
勢いをつけたところで、螺旋階段を蹴飛ばしてミーア目掛けて飛び上がる。
『アロ、足場を作ってくれ!』
「はい! 〖クレイ〗!」
空中に、二つの土の塊ができる。
俺はそれを蹴り飛ばし、先へ進む速度を引き上げつつ自身の軌道を誤魔化した。
ミーアへ目掛けて〖次元爪〗を叩き込む。
だが、ミーアはそれを大剣の刃で確実に防いでいく。
俺がミーアに充分に接近できたとき、既に〖エクリプス〗の黒い光の靄が、彼女の周囲で濃くなっていた。
なんとしてでも、ここで倒し切る……!
俺は大剣をミーアへ振るった。
「私にだって、受けて立ってあげたいという気持ちがないわけじゃないんだけどね。悪いけど、これは殺し合いなんだ」
ミーアは防御に徹して、俺の刃を防ぐ。
ただでさえ剣技じゃ実力の差が大きい。
防御に専念されちゃあ、どう足掻いたって崩す隙が見つからねぇ。
「竜神さま! 私が魔法攻撃でどうにか隙を……!」
アロが魔法スキルの攻撃に出ようとしたとき、ミーアの下腹部を食い破って、巨大な青白い蛇が飛び出してきた。
〖分離獣〗の〖タナトス・サーペント〗だ!
接近してきた俺の意表を突くために、体内で用意して咄嗟に出せるようにしていたらしい。
一直線に俺の胸元を目掛けて喰らい付いてくる。
『チッ……!』
避けられねぇ、くらうしかない。
元より、避けて仕切り直そうとなんてしたら、〖エクリプス〗の守りに入られちまう。
「隙ができたね。はい、〖デス〗」
『うっ……』
攻めるべきか、引くべきか。
そんなことを考える前に、咄嗟に俺は身体を引いていた。
俺のすぐ前に、〖デス〗の黒い光が展開される。
その間に黒い光の靄は球状へと変化し、タナトスの身体を完全に覆っていく。
〖エクリプス〗の絶対防御だ。
「〖デス〗への対策ができる前に突っ込んでくるなんてね。まあ、そうするしかなかったのだろうけど」
……ミーアの〖デス〗は、トレントの弱点を綺麗に突いている。
トレントはHPと防御力、回復能力に長けており、それを活かして相手の攻撃を受けきってこそその真価が発揮される。
だが、ミーアの〖デス〗は、HPも防御力も回復能力も無視して対象を即死させる魔法だ。
格下にしかまともに作用しないが、トレントは魔法力がさほど高くないため、一撃当たったらその時点で命を奪われかねない。
〖デス〗で牽制された時点で、俺は引くしかなかった。
わかってはいたが、ミーアの言う通り、対処法なんて都合よく思いつかなかったのだ。
場当たりで突撃するしかなかった。
『主殿……すいませぬ……私のせいで……』
トレントが口惜しげに漏らす。
『いや、まだ間に合う!』
俺は大剣に力を込め、魔力の光を灯す。
〖闇払う一閃〗なら、〖エクリプス〗の魔力の防壁も突破できるかもしれない。
大剣が重量を増すため大振りしかできなくなるが、光線が乱射される前であれば、防壁を斬りつけることも難しくはないはずだ。
無論、それも、間に合えば、の話であるが。
放たれた極太の黒の光線が迫りくる。
俺は後退しながら高度を大きく落とした。
避け損ねて、右の翼が半分引き千切れた。
回避の判断が遅れれば、身体を黒い魔力で焼き尽くされていた。
俺はどうにか翼を〖自己再生〗で戻しながら、〖エクリプス〗に捉えられないように、必死に今の飛行能力を駆使して動き回る。
間に合わなかった……。
トレントの〖不死再生〗はMPが残り1%になるまで強制的に持続する。
ミーアがこのまま〖エクリプス〗に引き籠って時間稼ぎをするだけで限界を迎えちまう。
ミーアは他のスキルでHPを全回復し、トレントのMPが尽きたところで出てくるはずだ。
アロもアロで〖暗闇万華鏡〗のMP消耗が激しすぎる。
これ以上ミーアの無尽蔵の〖分離獣〗に付き合っている余裕なんてない。
そして俺も俺で、一か八かで攻めようとして片翼を〖エクリプス〗で潰されちまった。
〖自己再生〗でどうにか形は整えたが万全とは言い難い。
このまま〖エクリプス〗から距離を取れるのかどうか怪しい。
〖エクリプス〗を発動されちまったときのケアまで考えている余裕がなかった。
だが、〖エクリプス〗は強力な盾であると同時に、矛でもある。
この至近距離で発動を許しちまった上に一撃もらったのは最悪だとしか言いようがない。
ステータス含めたミーアの地力が高すぎる……。
戦っていて、ここまで実力差を痛感させられたのは初めてのことかもしれねぇ。
トレントとアロのお陰でどうにか戦いになっていたが、それでもまだ遠く及びそうにない。
ミーアに勝つなんて、最初から無理だったのかもしれねぇ。
……ここは、逃げるべきだ。
速度はミーアの方が上だが、〖転がる〗で階段を駆け上がれば追い付いてこれないかもしれねぇ。
賭けになるし、万が一逃げ切ってもミーアに狙われ続けることになる。
下手に逃げれば状況が悪化するだけだと思っていた。
だが、もう勝ち筋が途絶えちまった。
『うぐっ……』
俺の目前を〖エクリプス〗の光線が走った。
やっぱり、今の翼じゃ安定して捌ききれない。
俺は動きを強引に止め、身を翻して軌道を変える。
だが、その隙を突いて、別の光線が反対側から迫ってくる。
避けられねぇ。
〖英雄の意地〗のスキルで一撃は耐えられるだろうが、恐らくその後が続かねぇ。
焼き尽くされた身体を再生する前に追撃を受けちまう。
そのとき、トレントが木の根で俺の身体を蹴り出し、前へと飛んだ。
どんどんと身体が膨張して行き、ワールドトレントのフルサイズへと戻る。
俺の視界が、トレントの背に覆い隠された。
『この一撃は、私が引き受けてみせますぞ……! 主殿、どうか、今の間に形勢を立て直してくだされ……!』
黒い光線が容赦なくトレントを襲う。
トレントの背に大穴が開き、その全身が黒い光に覆われた。
『トレントォッ!』
トレントの身体が地面へと落下していく。
辛うじて生きてはいるようだが、今ので完全に〖不死再生〗の回復能力にも限界が来たようだった。
身体から青い光が完全に失われている。
『駄目元ですが……お返ししますぞ! 〖妖精の呪言〗!』
落下していくトレントが、力強く目を見開く。
トレントから黒い光線が放たれ、〖エクリプス〗の黒い球体へと吸い込まれるように飛来していった。
〖妖精の呪言〗は、魔法攻撃に対するカウンタースキルだ。
【特性スキル〖妖精の呪言〗】
【魔法攻撃の直撃を受けた際、木の中に住まう妖精達が同じ魔法を放って反撃する。】
【スキルの所有者の魔法力に拘わらず、受けた魔法攻撃と同じ威力で魔法は発動する。】
【このスキルによって発動された魔法は高い指向性を持ち、攻撃してきたもののみを対象とする。】
ミーア本体は闇属性攻撃に対する完全耐性がある。
だが、〖エクリプス〗の防壁はそうじゃねぇ。
それにあの〖エクリプス〗の防壁は、光線とほぼ同種のもののはずだ。
〖次元爪〗は通る気配がなかったが、同じ威力を保てる〖妖精の呪言〗ならば、あの防壁も突破できるかもしれねぇ。
トレントから放たれた黒い光線が、〖エクリプス〗の防壁に一秒近く照準を当て続けた。
その直後、〖エクリプス〗の防壁に罅が走り、弾け飛んだ。
タナトスの巨躯が〖エクリプス〗の相殺の衝撃で弾かれ、塔の壁に叩き付けられた。
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