第656話
ミーアの〖分離獣〗と、アロの魔法攻撃が綺麗に噛み合っている。
ミーアの〖分離獣〗はステータスを見たところ、攻撃力特化の全体的にステータスが低めのA+級相当、といったところだった。
耐性スキルもないため、アロの〖ゲール〗でギリギリ倒し切ることができる。
ミーアが〖分離獣〗の数で攻めてくるのなら、〖暗闇万華鏡〗で三体になったアロの魔法攻撃に分がある。
特に〖ゲール〗は範囲攻撃に長けている。
ミーアの上体がゆらりと大剣を構える。
「近接に持ち込んだところで、私の得意分野だとわかっていたはずだが。それに……まだ、この状態の〖神速の一閃〗は見せていない」
俺は息を呑む。
〖神速の一閃〗は、瞬間速度を引き上げて剣技に活かすスキルだ。
あのスキルを使った剣技は、どうしても単調な動きになる。
ただ、それを差し引いても凶悪なスキルであることには違いない。
〖神速の一閃〗を匂わせて普通に攻撃してくる、ということもあり得るか……?
いや、ない。
ミーアの性格上、言葉でのブラフは考えにくい。
〖神速の一閃〗で、正面から俺を迎え討つつもりだ。
俺はミーアの剣先に意識を向け、大剣を握り締める。
ミーアの腕が、動いた。
それを察知した瞬間、俺は本能的に身体を逸らし、背後へ飛んだ。
次の刹那には全てが終わっていた。
いつの間にかミーアは剣を振り終えている。
俺の胸部に走る痛みは、完全にミーアの剣に遅れていた。
体表が砕け、血が溢れ出る。
意識が眩みそうになる。
『やりましたぞ……主殿!』
「まさか私が、斬り合いで後れを取ったとは」
ミーアが零す。
俺の身体に纏うトレント鎧から伸びた青い枝が、タナトスの巨体に突き刺さっていた。
トレントの〖ウッドカウンター〗が炸裂したのだ。
ミーアが大剣を振るった瞬間、俺は身体を逸らし、角度を変えた。
あのお陰でミーアにトレントを斬らせることに成功したのだ。
背後へ飛んだことと、トレント鎧があったことで、俺は軽傷で済んでいた。
トレント鎧のお陰で、俺が圧倒的に有利な状態ではあった。
運も味方した。
至近距離のミーアの剣なんて見切れねぇから、とにかく本能のままに反応した。
口にしたのだから〖神速の一閃〗を使うということにブラフはないだろうという、ミーアの性格読みもあった。
十回同じ状況があれば、全部俺が斬られて終わってるかもしれねぇ。
それでも、今この場を制したのは俺達だった。
大剣を振るう。
〖ウッドカウンター〗の直撃を受けて無防備なミーアの、人間体とドラゴンの頭部を、大振りで思いっきり斬りつけた。
腐肉が飛び散る。
タナトスのドラゴンの頭の六つの多眼の内、二つが抉れて零れ落ちる。
俺は続けて横に、思い切り刃を振り抜いた。
ミーアは大剣で防ぐが、体勢が悪い。
横っ腹を深く抉ってやることができた。
「アァァア、アアアアアアアアァァアアアアア!」
タナトスのドラゴンの頭が大きく口を開け、咆哮を上げる。
口から黒い煙を吐き出す。
〖病魔の息〗だ。
毒や呪いに掛かる恐れがあるが、元々同格相手には大した効果のないスキルだ。
アロには状態異常に対する強い耐性がある。
トレントは怪しいが、ここを乗り切ってから治癒した方がいい。
ミーアもただの目晦ましと割り切って使っているはずだ。
ミーアは〖病魔の息〗に乗じてそのまま塔の壁を後ろ向きで這い上がり、俺から距離を取る。
ミーアに〖ウッドカウンター〗で突き刺していたトレントの枝が、へし折られて下へと落下していく。
ここを逃がしたら、もうアロとトレントはMPが限界になる。
是が非でも、回復を挟まれる前にここで倒し切らねぇと……!
俺は螺旋階段を蹴飛ばし、上に逃れようとするミーアを追う。
『待ちやがれミーア!』
〖次元爪〗でミーアを狙う。
ミーアはタナトスの巨躯を自在に操り、壁を昇りながら綺麗に躱していく。
斬りつけたミーアの腐肉が千切れて、それらが蛇や蜂を象って俺へと向かってくる。
また〖分離獣〗を使ってきた。
さっきアロの〖ゲール〗で攻略されたためか、魔物の数が多い。
合計八体いる。
一体一体は今となってはさほど強くないとはいえ、A+級相応の魔物を好きに造り出せるのだ。
HPやMPをかなり費やしているはずだ。
ミーアもこの場を凌ぐために全力を出してきている。
ここさえ乗り切れば、MP不足でアロとトレントが離脱するとわかっての行動だろう。
「竜神さまは、ミーアさんを狙ってください!」
「あの魔物は私達でどうにかします!」
「多少はダメージを覚悟して、強引に攻めないと逃げ切られます!」
アロの〖ゲール〗が〖分離獣〗を吹き飛ばしていく。
最悪〖分離獣〗を倒し切れなくても、吹き飛ばして下へと落とすことさえできれば、その間にミーアへの距離を詰められる。
ミーアが動きを止め、こちらを振り返った。
〖次元爪〗の連打でタナトスの巨躯を攻撃する。
甲殻が割れて腐肉が裂け、体液が噴き出す。
行けるはずだ。
さっきの衝突から、ほぼ理想的な状態で進んでいる。
ミーアの要注意スキルも直接目で確認しているため、その場当たりの行動を強いられる機会ももうない。
さっきの大剣のダメージに加えて、〖分離獣〗でHPをすり減らしているはずだ。
このまま〖エクリプス〗発動前にミーアを倒し切ってみせる……!
ミーアは左手を突き出し、俺へと指を向けた。
いや……俺ではなく、トレントに向けている……?
「〖デス〗! 〖デス〗! 〖デス〗!」
こ、ここに来て、即死魔法の〖デス〗を使ってきた……?
あれは格下相手にしか作用しないはずだ。
ビビらず突っ込むべきかと考えた直後、その真意に気が付いた。
ミーアの狙いはトレント鎧だ。
ワールドトレントはHPと防御力がずば抜けていて、スキルもピーキーだが秀でた物が多い。
だが、その分、他のステータスがかなり低めになっている。
魔法力でいえば、アロの半分以下レベルだ。
まともに当たったら、一撃で即死させられかねない。
『うぐっ!』
俺は身体を捻りつつ、壁を蹴って大きく移動した。
俺の後を追いかけるように、三つの黒い光が宙に生じた。
一瞬の判断の遅れが致命傷になりかけたが、どうにか避けきることができた。
「だが、迷ってから回避したせいで、余計な時間を作ることになった。思ったよりは粘ったね、驚かされたよ。だけど、ここまでだ」
タナトスのドラゴンの口内に、黒い光が溜まっていく。
二度目の〖エクリプス〗だ……!
かなり距離を稼がれちまっている。
発動までに、間に合うか……?
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