第655話
ミーアへ一気に距離を詰める。
ミーアがタナトス状態になっている今でも、手数じゃこっちの方が勝っているはずだ。
トレントとアロの補佐がある内は押し勝てる余地がある。
肝心なのは、ダメージを与えた後に相手を逃がさないことだ。
〖エクリプス〗で安全を確保してからの〖ダークレスト〗の回復を許していれば、確実にトレントとアロがバテちまう。
そうなったら俺達の勝ち目は完全に潰える。
「私の今の剣が精緻を欠いている、ね。言ってくれるじゃないか。自覚していた弱点ではあるけれど、だったら、これは対応できるかい?」
ミーアが人間の上体を捻り、舞うように大剣を振るう。
〖衝撃波〗の速度が増し、威力が跳ね上がった。
敢えて細かい技術を捨て、今のタナトスの膂力を最大限に発揮している。
防ぐのは無理だ。
腕でガードしてもダメージが痛すぎるし、大剣で守っても弾かれちまう。
ただ、先程までのように俺の動きを読んで確実に逃げ場を潰してくるわけではないので、完全回避も不可能ではないはずだ。
俺は上下左右に飛び、回避に徹する。
必死にミーアの動きを見て、〖衝撃波〗の軌道を予測する。
リリクシーラの〖アパラージタ〗のチャクラムを避けていたときと似ている。
あのときより桁外れに速いが、リリクシーラと戦っていたからこそ、ミーアの攻撃にもギリギリのところで対応できている。
絶対に当たるんじゃねえぞ……俺!
さっきはアロにどうにかフォローしてもらったが、次はない。
ワンミスで死に直結する。
避けられる余地のある攻撃は全部完璧に捌かねぇと、俺なんかじゃミーアの次元には全く付いていけねぇ。
『力押しには、もう掛かってやんねえよ!』
言いながら俺は〖次元爪〗を放つ。
ミーアは防ぎも避けもせず、ムカデ竜の身体で俺の爪撃を受けた。
甲殻が砕け、体液が溢れ出る。
避けなかった……!?
攻撃に対応してくれると思って〖次元爪〗を放ったが、ミーアは敢えて直撃を受けて耐え、俺の攻撃の隙を突きに来たのだ。
ミーアは俺と違って壁に張り付いている。
攻撃を受けてもさほど体勢を崩さずに済む。
俺の今の〖次元爪〗も避けさせることを前提としていたため、威力もやや甘かった。
完全に俺が読み負けたのだ。
肉を切らせて骨を断ちにきた。
「ここまでみたいだね」
ドラゴンの頭の口の中に魔力が溜まり、黒い光球を象っていた。
〖ダークスフィア〗だ。
人間体の部分も、大剣も構えている。
俺の隙を強引に作り、確実に叩きにきた。
「死ねっ!」
鋭い〖衝撃波〗の連打が飛んでくる。
上から回り込んでくるかのような軌道を描いていた。
避けるには、高度を一気に落とすしかない。
そしてそれを先回りして潰すかのように、ドラゴンの口から〖ダークスフィア〗が放たれた。
これは避けられねぇ……!
中距離のミーアの火力が高すぎる。
剣技が多少劣化しているとはいえ、ミーアの〖衝撃波〗と〖残影剣〗の合わせ技が、タナトスのステータスで繰り出されるのがあまりにキツイ。
俺なんかじゃ、距離を詰め切ることさえできねぇっつうのかよ!
『主殿ォ! 私を使ってくだされ!』
トレントの身体が苔に覆われていき、青い光を帯びる。
これは〖不死再生〗だ。
【通常スキル〖不死再生〗】
【自身の生命力を爆発的に上昇させる。】
【使用すれば全身に青く輝く苔が生まれ、MPが全体の1%以下になるまで強制的にHPを回復させ続ける。】
【使用中は防御力が大きく上がるが、他のステータスは半減する。】
他のステータスを犠牲に、トレントの耐久力を引き上げるスキルだ。
だが、MPを急激に消耗する上に、MPがほとんど空になるまで強制続行される。
〖不死再生〗をここで切っちまったら、本当にもう後がない。
もしも〖エクリプス〗の発動を許しちまったら、その時点で詰みだ。
ここで決め切るしかない。
通常状態のトレントじゃ、タナトスの高火力に耐え切れなかっただろうことも事実だ。
トレントの判断は正しい。
元より、この間合いでもたついてちゃ、ミーアには絶対に敵わない。
トレントが枝を伸ばし、俺の左半身をがっちりと守っていく。
『ありがとよ、トレント……!』
俺は回避を捨て、左半身を突き出して直進する。
ミーアの〖衝撃波〗を、トレント鎧で受け止めた。
『うっ、うぬぉおおおおおおおお! その程度っ! 効きませんぞぉおおお!』
二重に重なっていた〖衝撃波〗を、トレントは完全に耐えきってみせた。
「ふむ……そこまで頑丈だったのか」
『〖グラビドン〗!』
俺は口から、黒い光の塊を吐き出す。
ミーアはムカデ竜の巨躯を引き摺って壁を這い、〖グラビドン〗の回避に出た。
壁にぶち当たり、塔が僅かに震える。
戦闘技術はミーアが格上だ。
俺がいくら〖次元爪〗を放っても、ミーアは前足の動きと目線で軌道を読んで、最小限の動きで避けてくる。
だが、〖グラビドン〗のような範囲攻撃をタナトスの巨体で避けきるには、大きな動作にならざるを得ない。
高火力の〖グラビドン〗は、如何にタナトスとて敢えて受ける、という選択にも出ようがない。
だからこの隙に、俺はミーアへ一気に距離を詰めることができた。
俺は大剣を振り上げる。
『ミーア! 悪いが、お前は外の世界に出しちゃいけねぇんだ! お前の願いは果たしてやりたかった。だが、その妄執は、怨念は引き継げねぇ!』
「勝った気にならないでくれ。言っただろう? 君達に合わせて、私も手数を増やすことにしたんだと」
タナトスの巨体の下から、四体の肉片のようなものが飛び上がった。
そいつらは、タナトスの腐肉と同じく、青白い体表を持っている。
姿はバラバラで、蜘蛛に蛇、蜂に蠅だった。
こいつは〖分離獣〗だ!
【通常スキル〖分離獣〗】
【自身の血肉を用いて魔物を作り出す。】
【〖分離獣〗を討伐した際に、経験値の取得は発生しない。】
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種族:タナトス・ビートル
状態:眷属
Lv :100/130(Lock)
HP :1753/1753
MP :64/826
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A級上位高レベルの魔物を、片手間に四体同時に造れるのか!?
「〖ゲール〗!」
アロの声が、俺の口内より三重に響く。
三つの巨大な竜巻が現れ、〖分離獣〗を散らした。
タナトス・ビートルは身体が捻じれ、頭部が千切れて落下していった。
「突っ込んでください、竜神さま!」
「こいつら、そこまで頑丈じゃありません!」
ミーアが唇を噛んで、アロを睨んだ。
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