第654話

 ミーアが竜の身体の多脚を用いて、俺の高さへと一気に上がってくる。

 〖エクリプス〗が一応は突破された後だというのに、一切動揺が見られない。

 やはりダメージを与えられればラッキー程度の、回復して態勢を整える時間を稼ぐための一手でしかなかったらしい。


「〖エクリプス〗は躱し切ったみたいだけど、こっちはどうかな?」


 人間体のミーアが、俺目掛けて大剣を素早く振り回した。

 刃がブレて、何重にも見える。

 その刃より無数の黒い光が放たれた。

 〖衝撃波〗と〖残影剣〗の合わせ技だ。


 〖衝撃波〗は剣士の基本スキルだ。

 だが、そんなスキルでも、剣の極致に達したミーアが使えば、ほぼ全範囲攻撃の絶技に等しい。

 俺は横に跳びながら、どうにか斬撃の威力の低い、端の部分を腕で受ける。


 体表が砕かれ、衝撃で骨が折れるのを感じた。

 威力が、馬鹿みたいに跳ね上がってやがる……!


 当然だ。

 今のミーアは人化状態じゃねぇ。

 攻撃力が倍増してやがる。


 俺は痛みに耐えながら、〖次元爪〗で反撃する。

 ムカデ竜の巨体に掠らせることしかできなかったが、これでいい。

 こっちの攻撃に対応させれば、〖衝撃波〗の乱れ撃ちを一方的に撃たれずに済む。


 牽制程度に〖次元爪〗を挟み、HPを温存しながら間合いを詰める。

 俺は隙を見て〖アイディアルウェポン〗で〖オネイロスライゼム〗を戻し、ミーアの〖衝撃波〗を防ぐのに用いた。

 今のタナトスミーアの〖衝撃波〗を腕で防ぐわけにはいかねぇ。


 だが、一つの〖衝撃波〗を大剣で受け流した直後に、別の〖衝撃波〗が畳み掛けるようにぶつかってきた。

 耐えられず、俺は体勢を崩してしまった。

 続く〖衝撃波〗が俺の腹部に叩き込まれる。


「グボォォッ!」


 激痛が身体を貫く。

 〖衝撃波〗の先端は、マジで身体を貫通してるんじゃなかろうか。

 威力が桁外れだ。

 距離を置いて逃げればよかっただけの〖エクリプス〗より遥かに対処が難しい。


 視界が明滅する。

 肉体が熱い。思考が纏まらない。

 考えた傍から、ばらばらに崩れ落ちていく。


 〖自己再生〗……! とにかく〖自己再生〗だ!

 どうにか身体を、再生しねぇと!

 痛みのあまり、思考がまともに機能してねぇ!


 視界に、〖衝撃波〗が近づいてくるのが見えた。

 どうにか避けねぇと……!

 だが、身体がまるで言うことを聞かない。


 アロの一人が、俺の口から飛び出した。

 腹を撃ち抜かれた際に、痛みで口を開いちまっていたらしい。


「〖クレイ〗!」


 アロの前方に、巨大な土の壁が展開される。


 だが、土の壁は一瞬にして、ミーアの〖衝撃波〗の一撃によって崩された。

 ほとんど威力も減衰していない。


 しかし、そのお陰で若干〖衝撃波〗の向きが傾いていた。

 元々防ぎきれないと踏んで、角度を付けて壁を展開し、向きを逸らすことに専念していたらしい。


 お陰で俺は、どうにか追撃の〖衝撃波〗を回避することができた。

 だが、巻き込まれたアロは輪郭を失って黒い魔力の塊になり、俺の口内へと戻ってきた。


『助かった、アロ。だが、今の一撃、かなりやばかったんじゃないのか?』


「分身ですから大丈夫です。ただ、分身体に分け与えていた魔力が今の一撃でほぼ全損していたので、がっつり魔力は持っていかれちゃいましたけど……背に腹は代えられません」


 ただでさえこっちのMPには余裕がねぇっつうのに、俺のミスでアロのMPを浪費させちまった。


「竜神さま……ミーアさんにあの技の連打を続けられているだけで、かなり厳しいんじゃ……」


 アロが言い辛そうに口にする。

 中距離でこの有様だ。

 正面から一気に攻めて手数の差で押し切るより、方針を見直して何か策を練った方がいいかもしれないと、アロはそう言っているのだろう。

 

 だが、そんな便利な策は存在しない。

 ミーアはクソチート耐性の〖状態異常無効〗持ちで、おまけに戦闘の要である攻撃力と素早さが俺を上回っている。

 極端に沈んでいるパラメーターがあるわけでもない。


 スキルと本人の剣士としての技量も相まって、近・中・遠距離全てに隙がない。

 本体も馬鹿じゃねえし、仲間だったこともあるからこっちの手の内を概ね知り尽くしている。

 中・遠距離の大技なんて、絶対当てられるわけがない。


 向こうの狙いも中距離で牽制程度に使いやすいスキルをぶつけつつ、優位な状態で近接戦に持ち込もうとするスタンダードなものだ。

 故に、こちらも奇策を挟む余地が存在しない。 


 だが、今の方針のままで問題ねぇ。

 余裕がないからその場任せの力押ししかできねぇのは心許ねぇが、アロとトレントの補佐があれば、充分タナトス状態のミーアとも戦える。

 俺はそう思っている。


「なんだ、そんな有様なら、わざわざ近づいてあげる意味もないな」


 ミーアは動きを止め、〖衝撃波〗の連打をお見舞いしてくる。

 最初は〖衝撃波〗で牽制して俺の隙を作って一気に近づいて仕留めるつもりだったのだろうが、〖衝撃波〗だけで倒し切れると判断されちまったらしい。


 しかし、さっきはタナトス状態の膂力を見誤ったために押し切られたのだ。

 俺は息を吸い、大剣を構える。

 大きく大胆に移動して黒の斬撃の連打を回避し、的確に刃で受け流してみせた。

 逆の手で〖次元爪〗を放ってミーアに回避させつつ、隙を突いて距離を詰める。


『だらしねぇところ見せちまったな、アロ。ギリギリだが、対応できてる。ここは俺を信じて、突っ走らせてくれ』


「動きが、急によくなった?」


 ミーアが目を細める。


『お前が一番わかってんだろ? 今のお前の剣は、膂力が倍加した代わりに、人間状態のときにあった技量を欠いている』


 人間状態のミーアの〖衝撃波〗乱舞なら、俺に今のような大きな回避を許してはくれなかっただろう。

 攻撃の威力と規模が跳ね上がった代わりに、ミーアの最大の強みであった剣技の精緻を失っている。

 最初からタナトス状態でなかったわけだ。


 一対一なら、間違いなく攻守共に一切の隙が無い人間状態の方が遥かに強い。

 やっぱりミーアは、トレント鎧とアロの分身魔法援護に対応できなかったから、仕方なくタナトス状態になったんだ。

 人間状態のミーアの剣技を見ているからこそ、今のタナトス状態のミーアの剣技には対応できる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る