第382話
ヴォルクが大剣を構え、俺目掛けて一直線に駆け出す。
銀髪の合間から見える瞳は、爛々と輝いていた。
「狩らせてもらうぞ、ウロボロスよ!」
速い。
気迫のせいか、ステータス以上に速く見える。
落ち着け、ステータス上は俺の方が遥かに速い。
冷静に対処すれば、簡単に崩せるはずだ。
俺は尻目でアロ達に下がっている様に伝え、腰を落としてヴォルクを迎え撃つ態勢を整える。
「はぁぁぁぁっ!」
駆けながら、ヴォルクは横薙ぎに三度大剣をぶん回した。
剣先から生じた三つの衝撃波が、俺へと襲い掛かる。
俺は翼を羽搏かせ、前方へ送り出した魔力の風を前脚に伝わせ、勢いよく振って生じさせた〖鎌鼬〗の風の刃を、〖衝撃波〗目掛けて放つ。
俺の目論見通り、ヴォルクの技を圧殺することに成功。
威力が減衰させられた風の刃は、それでもなお、ヴォルクへと襲い掛かる。
前進しながら左右へ華麗に跳ね回り、ヴォルクは斬撃を回避する。
〖地返し〗で辺りの地面ごとひっぺ返して動きを止めたいところだが、この地下奥の洞穴でそんなことをすれば、お互い生き埋めになりかねない。
中距離の間合い。ここならヴォルクが俺に攻撃する術は、〖衝撃波〗しかないことはわかっている。
ここでヴォルクの動きを崩し、確実に近距離で仕留める。
相方、〖支配者の魔眼〗を頼む。
アレのスキルLvはまだ低いが、隙を稼ぐきっかけくらいにはなるだろう。
それにヴォルクは〖魔法耐性〗は高いが、本人のレベルの割に魔法力のステータスは低い。
全く通じないということはないはずだ。
『目、合ワセテネェト使エネェゾ』
ブレス吐く振りしたらそっちに目が行くんじゃね?
『……オレ、使エネェゾ? アレハオ前ダケダロ?』
振りでいいんだよ、振りで。
ああ、後、タイミング見計らって、〖デス〗を撃ってくれ。
死なせるつもりはねぇから、当てるんじゃないぞ。すぐ避けれるところか、進路先に撃って動きを止めてくれ。
『オ前……結構、セコイヨナ』
相方は首を竦めて呆れた様に目を半開きにし、俺の方をやや上目遣いで睨む。
い、いや、安全に無力化できるなら、そっちに越したことはねぇだろ?
俺はほら、平和主義者なだけだから。
牽制もフェイントも、立派な技術と戦略じゃねぇか。
悪いけど俺はそんな、正面戦闘以外認めねぇみたいな、ドラゴン脳じゃねぇもの。
ひょっとして乗ってくれないんじゃなかろうかとも思ったのだが、相方は大きく首を後ろに引き、息を大きく吸い込んだ。
ウロボロスの深い呼吸は、それだけで周囲の空間が歪むかのような、圧迫感があった。
わずかに、相方寄りの首の付け根が膨らむ。
なんだ、案外ノリノリじゃねぇか。
俺が感心していると、尻目で睨まれた。
ヴォルクの意識が、相方に向けられる。
俺にも注意を払ってはいるが、大部分は間違いなく相方に向いていた。
ヴォルクには〖竜狩りの英雄〗という称号があった。ドラゴン戦には慣れているのかもしれねぇ。
中距離における、ドラゴンのブレス攻撃の厄介さは、剣士として知っているのだろう。
俺はヴォルクに注意を促さぬ様に、ゆっくりと頭を下げて、相方の首から距離を置いていく。
ブレスを警戒するヴォルクへと、相方の瞳から放たれた真紅の輝きが到達する。
ヴォルクの顔に、驚愕。疾走していた足が躓く。
だが、宙で身体を側転させ、辛うじて姿勢を保ったままにその場で蹲るに被害を抑えていた。
ヴォルクの額から脂汗が滴り、吸い込んだ息を逃がさぬ様、口を堅く閉ざす相方へと目が向けられる。
そのままブレスが来ると思ったのだろう。
「ぐ、ぐぐ……これしきの小技で、我が止められると……」
ヴォルクが大剣を地面に突き立てて震える膝を上げ、前傾姿勢に立ち上がる。
まだ完全には動かない身体を引き摺りながら、横へと目線を移す。
相方の口先の延長線上から逃れるつもりだろう。
はい、残念、こっちでしたぁ!
俺は、予め相方から離しつつあった頭を勢いよく引き下げて、地に顎を打ち付ける。
そのまま大口を開け、秘かに準備していた〖灼熱の息〗を放つ。
猛炎が広がり、ヴォルクへと襲う。
「な、なぁっ!? 同時ブレスだと!?」
完全に予想外の角度から放たれた炎に対し、ヴォルクは地面を蹴りかけていた足を引き戻し、すぐさま別の方向へと逃れようとする。
ヴォルクが横目で相方を確認し、目を見開いた。
「ガァァァ……」
相方は、吸い込んだ息を、フーと落ち着いた様に吐き出しているところだった。
『タイミングミスッテ、チット息苦シカッタ』
そしてどうでもいい独白を零す。
「馬鹿な! 誇り高きドラゴンが、よりによって、永遠を知る幻の双頭竜が、こんな、こんな手を使うなど……!」
ヴォルクの美形が歪み、瞳に憤怒が浮かぶ。
……アイツのが、俺よりよっぽどドラゴン脳なんじゃなかろうか。
中身が伴っていなくて申し訳ない。だが、俺は小市民なので実利を選ばせてもらう。
猛炎を追うように俺は突撃し、炎の中に浮かぶ影へと前足の爪を叩き込んだ。
大剣の刃を盾に我が身を守っていたヴォルクは、俺の接近に気が付いて素早く大剣を上げる。
大剣の先端が、俺の振り下ろしを受け止めた。
刃と、俺の爪が均衡する。
炎からの守りを失ったヴォルクの身体を、まだ残っている炎が包み込み、身体を焦がす。
強靭な鱗と圧倒的なHPのある俺と比べ、ヴォルクにとって俺の猛炎は致命打となり得る。
それに、膂力でも俺に敵うはずがない。
俺は体重を掛け、一気に押し潰そうとした。
ヴォルクは大剣で流し、俺の爪を地面へと叩きつける。
チッ! 爪が、地面にめり込みやがった!
やや態勢の崩れた俺の胸元を、ヴォルクの大剣の先端が狙う。
「見せてやろう、この剣と共に受け継いだ我が絶技、月をも穿つ〖月穿〗の威力……」
ヴォルクが大きく腕を引く。
く、来るっ! 何か、大技が来る!
大剣の補正値の付いたヴォルクの攻撃力のステータスは、俺相手にも十分に通用しえる。
俺は逆の腕で、態勢を無視した薙ぎ払いを放ち、ヴォルクを吹き飛ばそうとした。
〖痺れ毒爪〗だ。
ヴォルクは〖麻痺耐性:Lv5〗があるので掠っただけでは厳しいだろうが、直撃を取れれば〖麻痺〗が入るはずだ。
そのまま降伏へと持っていける。
「ガァッ!」
ずっとタイミングを計っていたらしい相方が、〖デス〗を唱えた。
ヴォルクを起点に、黒い光が広がる。
ちょちょ、ちょっと相方さん!? タイミングはグッドなんだけど、違うじゃん!
効くかどうかはわかんねぇけど、当てるのはナシって話だったじゃん!
『殺シニキテンダカラ、手抜イテタラヤラレンゾ。甘インダヨオ前ハヨ』
「こ、この! 〖破魔の刃〗!」
ヴォルクが素早く構えを持ち直し、黒い光の中で大剣を振るう。
〖デス〗の光が四散した。
魔法を斬れるのか、便利なスキルだな。
いや、万が一通った時のことを考えると冷っとした。
俺は無防備になったヴォルクを、右の爪で容赦なくぶっ叩いた。
俺の手のひらに押され、銀髪の巨体が宙に浮く。
爪が深々と肩に突き刺さる。
ヴォルクの握力が弱まり、手にした大剣を放しそうになったが、寸前のところで逆の手で柄を掴んで退き戻していた。
さすが超一流の剣士。
自身の武器である剣を絶対に手放さないという強い意志を感じる。
「レ、レラルゥ……! 我の、我のレラルゥ……!」
手繰り寄せ、そのまま胸に抱いていた。
いや、違うわアレ。ちょっと変態入ってるわ。
俺の軽く放った横薙ぎは、ヴォルクの身体を壁へと叩きつけた。
血塗れのヴォルクの身体が壁にめり込む。骨の折れた音が響き、ヴォルクが白目を剥いた。
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