第383話
叩きのめしたヴォルクは完全に意識を手放していた。
〖灼熱の息〗に続き、〖痺れ毒爪〗まで受けたのだ。
さすがにAランクモンスターの攻撃を二度続けて受けて、平然としていられるほどタフな人間がいるはずがない。
……そこはいいとして、大剣を衝撃から守る様に抱きしめていたのは、さすがにちょっと引いた。
これ、剣を壁に突き立てて衝撃を殺しときゃあ、ちっとはダメージ抑えられたんじゃねぇのか?
あの大剣、〖月穿つ一振りレラル〗だったか。
高価な武器なんだろうが、そこまで大事か。
大事なんだろうな、うん。それは見ているとひしひしと伝わってくる。
壁にめり込んだヴォルクを、ナイトメアが糸で引き摺り出して救出してくれた。
地の上に寝かされたヴォルクの頬を、屈んだアロが、真剣な顔でツンツンと指先で突いている。
また起き上がらないか心配らしい。
アロよ、そいつからその剣回収しておいてくれ。
万が一にも、また暴れられたら厄介だからな。
単純に戦力を削ぐ意味もあるが、人質ならぬ剣質にもなるだろう。
俺が呼びかけると、アロはこくりと頷き、ヴォルクの大剣を握る手へと触れて、引き離させようとする。
……しかし、十秒ほど試みていたが、全く手から離れる気配がなかった。
思いの外がっしりと掴まれている様だ。アロが苦戦している。
悔しそうに唇を噛み、申し訳なさげに俺を横目で振り替えり、また素早くヴォルクへと向き直る。
アロが、両手をヴォルクの手首に添える。
触れたところから、黒い光が灯った。
〖ドレイン〗で手から生命力を吸い取って握力を弱めようとしているらしい。
しかし、それでもヴォルクの顔色が悪くなるばかりで、一向に大剣を手放さない。
このオッサンの頑なな意地は何なんだ。
いや、そりゃ剣士にとっては敵の前で武器を手放す事はイコール死なんだろうから、頑ななのは当たり前なのかもしれねぇが、それでも限度ってもんがあるだろ。
「りゅ、竜神さま……」
アロが泣きそうな顔で俺を振り返った。
俺がリアクションを起こすよりも先に、相方が首を伸ばした。
何か策があるのか?
俺の問いには答えず、自然な動きでヴォルクの剣へとそっと牙を突き立てる。
次の瞬間、相方が力任せに首を横に振るった。
ヴォルクの腕が大きく引き伸ばされる。腕を起点にするように身体が引かれ、凄まじい勢いで洞窟の床を転がり、反対側の壁へと背を打ち付けた。
さすがに大剣も手から離れ、洞窟の床に突き立てられる。
大剣を咥えた相方が俺を振り返る。
『ナ?』
ナ、じゃないが。
完全にごり押しじゃねぇか。
目的は果たせたが……あの人、この調子じゃうっかり殺しかねねぇぞ。
特に何も指令を出さずとも、ナイトメアがヴォルクを糸でぐるぐる巻きにしてくれた。
性格はさておき、相変わらずの有能っぷりである。
ナイトメアが面の顔を持ち上げ、相方へと向ける。『これでいい?』と訊いているようだった。
「ガァ」
『マァ、ンナモンジャネ?』
相方は短く鳴いて応え、口から落ちかけた大剣を上手く支える。
まさか、噛み応えが気に入ったのか……?
いいな、その剣は、勇者の聖剣みたいに喰うんじゃねぇぞ。
絶対に話がまとまらなくなる。
一応ヴォルクへとは、相方に回復魔法でも掛けといてもらおうかと思ったが、どうやらその必要はなさそうだった。
目に見えて傷が治っていく。
〖HP自動回復〗のスキルの力だろう。
こいつ、〖自己再生〗も持ってやがったな、確か。
……人間でこの辺りのスキルを持ってる奴ってなかなかいなかったんだがな。
本当に人間なのか? 神聖スキル持ちに匹敵するぞ。
まぁ、レベルの上限が高い奴はそれなりに見かけるが、レベル上限近くまで達してるって条件の人間自体が神聖スキル持ち以外見ねぇからな。
ヴォルクの様に優秀な回復スキルがあったら一人で冒険でも行けるし、〖自己再生〗に至っては腕が切断されるような怪我を負っても生やすことだってできるから、剣士生命を絶たれることもない。
危険を顧みずに思い切った行動だってしやすい。
ヴォルクは、他の人間よりもよっぽどレベルだって上げやすいはずだ。
だから、ここまで桁外れに強くなったのかもしれねぇな。
数分ほど放置したところで、ヴォルクは目を覚ました。
戸惑い気味に瞳が動き、身体を動かそうとして拘束に気が付く。
繭に包まれた己の身体に、ヴォルクは驚愕。
精悍な顔つきを歪ませ、筋肉隆々の体格に似合わぬ、悲鳴に近い声を上げる。
「ぐ、ぐぅっ!?」
俺はぬっと顔を近づける。
よう、目が覚めたようだな。
脅しを掛けるつもりだったが、さすがは百戦錬磨の猛者。
目に力を込め、鼻頭に皺を寄せる。
「我が愛しのレラルをどこへやった!」
……ああ、身体が糸達磨にされてることよりも、そっちの行方にビビってたのか。
相方が首を伸ばし、口にした大剣を見せびらかす。
ヴォルクの顔に苦渋が浮かぶ。
「この程度の糸など……」
振り解こうとするヴォルクの後頭部へ、アロの手が添えられる。
ここでアロが思いっきり魔術をぶっ放せば、振り解く間もなくヴォルクの頭が弾けるだろう。
「……ぐっ、我の負けだ、殺せ。剣の道の半ばで、竜に敗れて倒れるとは……だが、この竜狩りヴォルクには似合いの末路か」
半ばっつーか、ステータス見るにほぼほぼ完成されてた気がするが……。
多分、アンタより強い剣士はいないぞ。あの勇者でも、お前の薙ぎ払いの一撃で普通に瀕死に陥るレベルだからな。
さて、対話するには〖人化の術〗が一番手っ取り早いな。
幸いMPは充分に残っている。
相方よ、悪いがまた引っ込んでいてもらうぞ。
俺は口をモゴモゴとさせ、人化用にリトヴェアル族の集落で回収し、ずっと持ち歩いていたボロ布を吐き出し、〖人化の術〗を使う。
身体が内部で溶け、急速に縮んでいく。
相方の首も、それに伴って小さくなり、消える。
使うごとに身体が慣れて来たのか、随分とスムーズになったものだ。
ペタペタと手で顔を触れて、ちゃんと人間のものであることを確認する。
うむ、ちゃんと人間だ。自身の髪を、手で撫でる。
「ア、アア、あ、アあ……」
喉を手で支え、声を出す。
うむ、声オーケイ。
「りゅっ、竜神さま!」
アロが〖レヴァナ・リッチ〗の病的に白い肌をやや赤らめて目を逸らしながら、俺の吐いた布を両腕で差し出す。
「アロ、悪いな」
受け取った布で、雑に身体を纏う。
ヴォルクが呆然とした目で俺を見上げる。
「な……! 双頭竜の王ウロボロスが、なぜわざわざ、この場で〖人化の術〗を……」
俺は近くに落ちていた大剣〖月穿つ一振り、レラル〗を拾い上げ、軽く宙を振ってから、肩へと載せて支え、ヴォルクへと向き直る。
さて、まずはどこから聞かせてもらうかな。
唐突にヴォルクの目から戸惑いが消え、すべてを理解した様に深く頷いた。
こっちが情報を得るべく、対話を求めているということを察したのだろう。
理解が速い。〖伝説の冒険者〗の称号は伊達じゃねぇな、適応力がある。
「人の形を模したということは、なるほど……我と、剣での勝負を望むか。面白い。いいだろう、受けて立ってくれる」
いや、望んでねぇよ。
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