第384話

「訊きたい事は幾つかある。全部正直に答えるっつうなら、見逃してやってもいい。こっちにゃ、お前を殺す理由も別段ねぇからな」


「…………」


 ヴォルクは答えない。

 研ぎ澄まされた武人の目付きが、俺を睨んでいた。


 なぜ黙る? 心理戦か?

 弱った、俺はこういう駆け引きは苦手だぞ。

 もうちっと上から言ってもよかったか。

 穏便に纏めようとして、抑え過ぎたかもしれねぇ。


 それとも、みすみす見逃されるということを、ヴォルクのプライドが許さないのか?

 いや、不意を突いて逃げ出すつもりかもしれない。

 油断はできねぇ、なにせ、〖伝説の冒険者〗だ。

 どんな窮地からも生還してみせたからこそ、このレベルまで達することができたのだ。


 俺は警戒し、気を引き締める。

 ヴォルクの目線が、俺の顔より低くに向けられていることに気が付いた。

 俺はヴォルクの目線を追う。彼の目は、俺の手にある大剣へと一心に注がれている。


「……無論、このレラルとやらも返してやる」


「ウロボロスが、人間相手に訊きたいことだと……?」


 剣を持ちだした瞬間、普通に会話に応じて来やがった。

 急に黙ってなんだと思ったら、剣の行く末を案じて気が気じゃなかっただけかよ。

 ビビッて損したぞ。

 こいつガチで剣のことしか考えてねぇんじゃないのか。

 ま、まぁ、いい。


「お前が王都アルバンの近辺まで来たのは、王女に城まで招待されてのことか?」


 俺は立てていた仮説をヴォルクへとぶつける。

 王女に化けた魔王は、経験値稼ぎに強い者を集めているという話だった。


 ヴォルクが元々王都アルバンを中心に活動している冒険者ならば、魔王と既にぶつかっていてもおかしくない。

 経験値を求める魔王からしてみればヴォルクは恰好の的だ。

 まだ無事だということは、ヴォルクは、ここ最近、何らかの目的を持ってこの地に訪れたのだと推測が立つ。

 そしてその目的が王女からの招待だと考えれば、筋が通っている。


 この問いの答えがイエスならば、王女に関する情報を得る大きな足掛かりとなる可能性がある。


「随分と、人間の事情に精通している。半分当たり、といったところか。確かに王女は、腕の立つ者を集め、パーティーを開いている。余興として、模擬決闘の場もあると聞いている。我の元にも、使者がやってきた。だが、我が使者の言いなりになって王都アルバンへまでやってきたのは、別の理由がある」


 別の理由……?

 こっちは魔王騒ぎだけで手いっぱいだというのに、まだ何かあんのかよ。


「伝説の剣士、ハウグレーだ。死んだとされており、行方不明ではあるが……我は、奴がまだ生きていると信じている」


 ま、まだ、ヴォルク級の人間がいんのかよ……。

 俺としては、うっかり出くわしたくはねぇな。

 勝てないことはないだろうが、人間相手はやり辛い。


 魔王近くで対峙することになったら、状況によっては、手加減ができねぇかもしれねぇ。

 そして何より、ヴォルクみたいな脳味噌でダンベルが持ち上がりそうな奴相手に、何度も会話を成立させる自信がない。


「王女が強い剣士を集めているのならば、あの剣豪ハウグレーも現われるかもしれぬ。我は奴を斬り、我こそが最強の剣士であることを証明する」


 王女の宴はオマケで、主目的はそっちかよ……。

 ま、まぁ、こういう人間だと逆に裏表がなくて付き合いやすいかもしれねぇ。


「しかしそれが、ドラゴンであるお前にどう関係があると……」


「王女は、化け物と入れ替わっている。俺は、その化け物を倒すためにここまで来た」


「なっ……」


 俺は大剣で、ヴォルクの糸の拘束を斬った。

 そのまま大剣をヴォルクの目前へと置く。


「化け物の狙いは、強者の命そのものだ。お前も、パーティーには出るな。殺されるぞ。不穏な噂も、既に流れてるんじゃねぇのか?」


 ヴォルクは剣を手にしてから立ち上がる。


「確かに、王家絡みで妙な事は続いているようだが……しかし、にわかには信じ切れぬ。そもそもが、お前に人里を案じる理由がないはずだ」


「このままだと、何人死ぬかわかったもんじゃねぇんだぞ! 理由がねぇわけがねぇだろ!」


 俺はつい声を荒げる。


 魔王を討伐するのは、聖女との契約の問題だけではない。

 魔王が強くなるために経験値を稼ぐ過程でも、どれだけ人が死ぬかわかったもんじゃねぇ。

 更に、その先がある。充分に強くなった魔王は、魔物を率いて一気に人間への攻撃に出るはずだ。

 んなことになれば、この世界自体がメチャクチャになりかねない。

 そうなれば、ミリアの村も、ニーナのいる国も、リトヴェアル族の集落も、無事では済まない。


 ヴォルクがやや戸惑うのを見て、俺は声量を抑える。


「……とにかく、悪いことは言わねぇ。俺に都市アルバンと王女の情報を寄越して、さっさとこの地を去れ」


 ヴォルクは俺の目をじっと見ていたが、フンと鼻を鳴らした。


「よかろう、気に入った。だがこのヴォルク、殺そうとした相手に命を見逃され、ばかりか諭されておいそれと安全地へと逃げ出すほどの腑抜けでも恥知らずでもない。あくまでも人命のために化け物を倒したいというならば、その間はお前の剣となってやろう。我が命、使い捨てるつもりで使え」


 お、おう……?

 え、ひょっとしてこのオッサン、俺に付いて来る気なのか?

 いや、確かに実力としてはアロよりも上だし、ありがたいけど、暑苦しいっつうか……。


「どの道、王女のパーティーは、ハウグレーが現れるかもしれぬ絶好の機会だ。例え魔物の罠であろうとも、逃す気はない。奴は神出鬼没で、どこにいるのかまったくわからない。我ももう十年以上奴を捜しているが、ただの一度も奴の足取りを真っ当に追えていない」


 じゅ、十年以上も追ってるのか。

 諦めきれねぇ気持ちも、わからんでもないが……。


「それに、その化け物を、我が斬ってしまってもよいのだろう? 先ほどは見せる前に押し切られてしまったため披露する機会はなかったが、我にはまだ、奥の手というものがある」


 い、いや、さすがに人間の範疇じゃ厳しいんじゃねぇかな……。

 魔王はレベリングには手こずっているようだが、わざわざ大掛かりな計画まで立てるくらいだから、意欲的ではあるようだ。

 勇者イルシアよりは上だろう。

 最悪エルディアクラスもある。

 如何に竜狩りヴォルクといえど、俺にあしらわれた時点でエルディアは無理だ。


 しかし、奥の手……か。はて、何のことやら。

 スキルに、それらしいものは見当たらなかったが。

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