第385話

 ヴォルクと話を擦り合わせ、王都の調査の予定を立てた俺は、人化を解除し、マギアタイト・ハートの爺さんのいる上階層へと戻った。


『……ナゼ、銀髪ノ男ガ貴様ニツイテイルノカハ知ラヌガ、ヨカロウ。ソノ、トレントノ面倒ヲ、余ガ見テヤレバイイノダナ』


 液体金属に浮かぶコアを見つめながら会話を終え、トレントさんを無事に預けられる、ということに話が纏まった。

 トレントが、捨てられた子犬の様な顔を俺へと向ける。


 しっ、仕方ねぇじゃん……だって俺、王都に行かなきゃいけねぇんだもん……。

 トレントさん、人化できないじゃん? 無理じゃん?

 人里に入ったら多分、奴ら、ガチで殺しに掛かってくるぞ。

 葉っぱ全部毟り取られんぞ。

 ここの世界の住人は、魔物と見たら容赦ねぇからな。


「竜神さま……都会、私も行くんですよね? ちょっと、不安……」


 アロは言いながら、言葉とは裏腹に口許を綻ばせ、目を輝かせ、期待に満ちた表情を浮かべていた。

 不安半分っつうか、不安五分の一、期待過半数ってところか。

 楽しみにしてるみたいで何よりだ。おいて行こうかどうか悩んでたんだが、連れて行くってことで問題ねぇな。

 いざ正体がばれても、B級のアロなら十分に逃げ切れる。

 俺もいるし、ヴォルクも囮にはなるだろう。


 トレントが、アロへとちらりと目を向けた。

 アロはびくりと肩を震わせた後、顔を下に背けた。

 トレントが根で地団太を踏んだ。

 ト、トレントさん……。


 後は、ナイトメアを連れて行くかどうか、なんだよな。

 ナイトメアには人化のスキルもあるし、人化の消耗MPを抑える特性スキルもある。

 連れて行けないことはないんだが……スキルレベルも、まだ低い。

 習得したときがスキルLv3で、本人のレベル上昇に伴ってスキルLv5にまでは上がったが、俺もそのくらいときは、ちっと微妙な範囲だったからな。


 ナイトメアよ、ちょっと人化してみ?

 ナイトメアは、白面の顔を横に向けて、素知らぬ素振りをする。


 て、テメェ……トレントさんと居残りだぞ? いいのか? んん?

 ナイトメアに必死に呼びかけていると、トレントから視線を感じた。

 ……すまん、ちょっと悪ノリが過ぎた。


 当のナイトメアからは、特に反応はない。

 人里に特に思い入れはないのだろう。

 人間襲わないようにってのは、相方からも極力言ってもらうようにしてるからな。

 ナイトメアにとっては、人間は襲えない魔物みたいなもんか。

 擬態能力の〖人化の術〗も持て余し続けてるし、人間はどーでもいいという心境か。

 今回の先導は、相方じゃなくて俺だしな。

 ナイトメア的にはモチベゼロですかそうですか。


 ま、無理に連れてく理由はねぇしな。

 マギアタイト爺よ、悪いがナイトメアも頼むわ。


『ソレハ構ワヌガ』


 ナイトメアも特に異存はなさそうだ。

 一緒に残ることになったトレントさんが、ちょっと嫌そうな顔をしている。

 トレント的にはアロには残ってほしかったようだが、ナイトメアは苦手か。


 あいつ、俺には懐かねぇし、トレントさんも小ばかにしてる感じがあるからな。

 頭は回るし、役には立つが、色々淡白だし、なんつーか可愛くねぇ奴だ。冷めた優等生タイプだな。

 ……いや、俺はほら、トレントさんは愛を持って馬鹿にしてるから。


『ナンダ、ナイトメアノ人化、チット見タカッタノニ』


 相方の呟きを聞くなり、ナイトメアはピクリと身体を震わせ、相方の頭の近くへと寄っていく。


『ナ、ナンダ? ナンダ?』


 相方が、ナイトメアの喰いつきに若干引きながらも頭を下げる。

 高さは目線を合わせているが、首をやや後方へ逸らしていた。


『イヤ、ソコマデ気ニナルワケジャネェケド……』

『ソウジャナクテ……』

『ニュアンスガ違ウゾ』

『……オ前、何言ッテンダ?』


 顔を突き合わせて、何か意思の疎通を躱しているようだが、お互い別段〖念話〗があるわけでもないので、随分と苦戦しているようだった。

 なかなか困惑している相方が新鮮だったので横から我関せずを貫いてニヨニヨしていると、ナイトメアにめっちゃ睨まれた。

 俺はそっと目を逸らした。


『ヨクワカンネェケド、アイツ、ツイテイクッテヨ』


 一通り会話を終えたらしい相方が、まだ困惑を顔に浮かべてそう伝えてくれた。

 あいつ、相方さえ通せば、扱いやすいな。

 なんだよ、チョロ……可愛いとこあるじゃん。

 まぁ、ついて行かせるかどうかは、〖人化の術〗の出来次第なんだが……。


 ナイトメアが、手足を蠢かしながら立ち上がる。

 ゴキ、ゴキ、と、歪な音を鳴らしながら、ナイトメアの身体が小さくなっていく。

 赤い眼が、側頭部の方へと回っていく。

 黒い体表が変質化していく。髪らしきものが生じて、大きく横に広がる。


 最終的には、160センチメートル、あるかどうか、という体形へと変化した。

 黒い体表はほとんどそのまま、ローブの様になっている。

 顔は……白い、三日月目の面が張り付いていた。


 赤眼が、頭部にローブの模様として残ってるためか、元の印象とさして変わらない。

 こういう人化もあったのか。つーか、これはもうほとんどただの擬態なのでは?

 まぁ、身体ほぼほぼ隠れてるし、これなら外見でバレることはなさそうだ。


 胸が多少出ているところを見るに、メスだったらしい。

 相方にしつこく付き纏ってっから、てっきりオスかと思っていた。


 それで、その……面、取らねぇの?

 いや、一応、顔を見ておきてぇっていうか……。


 俺が反応を窺うが、案の定無視された。

 ナイトメアは相方の前でクルクルと回って姿を見せつけ、反応を窺っている。

 相方はちらっと見て、『アア、マァ、イインジャネ?』とぶっきらぼうに返していた。

 俺の方は見向きもしない。

 わかってたけどな……もう。


 相方、ちっと面を取る様に言ってくれねぇ?

 俺が頼むと、相方は頷く。


『オイ、面取レヨ』


 相方から言われ、ナイトメアは動きを止め、困惑した様に固まっていた。

 数秒の沈黙を経て、誤魔化す様に首を傾げる。


『アロ、ヤレ』


 珍しく相方がアロに命令を出した。

 アロは少し驚いていたが、意外とノリノリでナイトメアへと迫っていく。

 ナイトメアがびくりと肩を震わせる。


 ……お、おい、やめてやれよ。

 割と普通にいやがってんぞ。


 アロが手を掲げると、洞窟内の床が変化。

 長い土の腕が無数に現れ、ナイトメアの身体へと絡みつく。

 アロのスキル、〖未練の縄〗である。

 アロが手を動かしながら、拘束されたナイトメアへと向かっていく。

 ナイトメアは必死に身体をもがいていたが、〖未練の縄〗は振り解けなさそうだった。


 俺はナイトメアのローブのフードを咥えて持ち上げ、前足で土の腕を払った。

 ストーップ!

 そこまでガチでやるもんじゃねぇからっ!

 割と今の反応、ガチ嫌がりだったから! おふざけじゃすまねぇから!

 アロは三体の中じゃダントツで強いんだから、上がそういうことしたら洒落にならんから!


「……ごめんなさい」


 アロが俯いて、俺へと謝る。

 俺じゃなくて、ナイトメアにも、な?


 俺の言葉に従い、アロは続けてナイトメアへと頭を下げる。

 うむ、素直でよろしい。


 なんか学校のクラスの担任になった気分だな。

 ……そして主犯である副担任の相方よ、お前からも何かナイトメアに言うことがあるだろ?


『……ウン? ナンダカリカリシテ?』


 こ、この、無神経な奴め。

 俺が呆れていると、舌に熱が走った。

 思わず俺は、ナイトメアを吐き出した。


 ベッ、ベッ! な、なんだ、今の。

 ふと、自分の口から赤い糸が垂れていることに気が付いた。

 ナイトメアの〖毒糸〗……?


 ナイトメアは地面に落ちる前に、面の下から出した糸を操り、ワイヤーアクションの様な動きで相方の頭の上へと移動していた。

 お、お前はそれでいいのか、ナイトメアよ。


 ナイトメアはちらりと俺へ面を向けたが、すぐにプイッと別の方向を向いた。

 その後、やや俺の唾液で汚れたローブの背を、手で払っていた。

 ……う、うん、まぁ、いいけどよ。


「……なかなか、部下の扱いに苦労しているようだな」


 剣狂いのヴォルクから、真っ当に心配された。

 な、なんか、余計に辛い……。

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