第386話

 俺はトレントをマギアタイト爺さんの許へと預け、アロ、ナイトメア、ヴォルクと共に、王都アルバンへと旅立つことにした。


 アルバン大鉱山の洞窟入口まで見送りに出ていたトレントは、死んだ目で俺達を眺めていた。

 トレント的にはナイトメアとの留守番は嫌だったが、ナイトメアさえついていくのに自分がいけないというのも、やっぱり同じくらいには嫌だったらしい。

 わ、悪いトレントさん……余裕があったら、栄養価のいい肥料とか買ってきてやるから。


 俺は〖MP自動回復〗でMAXまで回復するのを待ってから〖人化の術〗を発動しようとしたのだが、ヴォルクに止められた。


「人目に付くわけにはいかんのだろう。かといって、移動時間を長引かせるわけにもいかない、そうであろう」


 ヴォルクが俺に呼び掛けて来る。

 俺は答えるために、近くにいたアロへと「グォッ」と呼びかけ、通訳となってもらうことにした。

 アロはヴォルクが怖いのか、俺の前脚に半身を隠しながらヴォルクへと声を掛ける。


「……何か、いい手があるのなら教えてほしいと、竜神さまは仰っています」


「アルバン大鉱山周辺に生息している、鋼馬を捕まえるがいい。アレならば、騎乗魔獣として広く知られている。都市アルバンまで連れて来る冒険者も多い。連れて行っても問題はない」


 コウバ、鋼馬……ふむ、魔物か?

 確かに、何かしら足はあった方がいい。


 俺が本気で走ればすぐだが、アロやナイトメアは、素早さのステータスはそう高くない。

 ヴォルクと分けて背負ってもいいが、どうしても悪目立ちする。

 その点、魔物を足に使えば、自然な移動が行える。


「鋼馬は臆病ですぐ逃げる。だが、貴様の足では問題あるまい」


 なるほど、面白そうじゃねぇか。

 その案でいこう。


 鋼馬を探してしばらくアルバン大鉱山の周辺をうろついていたのだが、明らかにアイツじゃね? というような魔物が徘徊しているところを見かけた。


 なんつうのか、全身を金属板で補強された馬、そのものだった。

 金属と金属の継ぎ目というか、裂け目みたいなのもちょいちょいと窺える。

 ブリキ玩具の馬とでもいうのが的確か。

 本当にここ、ケッタイな魔物が多いな。

 いや、魔物だけじゃねぇな。残念ながら、一番妙なのは、ぶっちぎりでヴォルクだった。


 どれどれ、鋼馬とやらがどういった魔物なのか、ちょっくら調べさせてもらおうじゃねぇか。


【〖鋼馬〗:C-ランクモンスター】

【体表が金属化した馬の魔物。】

【頑丈で俊敏だが、それ以外の特筆すべき能力はない。】

【同等以上の敵と遭遇した際には、その頑丈さと俊敏性を活かして瞬く間に逃げる。】

【ただし、好物の鉱物、〖アダマンドゴラ〗が近くにあるときにはその限りではなく、尋常ではない狂暴性を発揮する。】

【……が、やはりさして強いわけではない。】


 なるほど、だいたいはヴォルクに聞いていた通りだ。

 ランクはC-か。万が一、群れで掛かってこられても、取るに足らない相手だ。

 俺がアロを背負って走った方が速そうなんだがな……。


 ヴォルクもアレに乗ってこっちまで来たんだろうか。

 俺が疑問に思っていると、アロが代わりに尋ねてくれた。


「……おじさんも、鋼馬に乗って?」


 ヴォルクが視線を返す。

 アロがびくりと肩を震わせ、そっと俺の足の反対側に隠れる。


「む? 我は走ってきたぞ。当然であろう?」


 あ……はい、そうですか。

 これ、あの鋼馬を狩る意味が、本格的になくなってきた気がするが。

 つっても、並んで走っててヴォルクと似たもの扱いされても、ありとあらゆる面で面倒だから、別の手を模索した方がいいことに違いはないか。


「すぐに一体見つかってよかったな。奴らは有用だが、隠れてこそこそしていることが多い」


 しかし、臆病なのか……。

 あんまビビらせたら、言うこと聞くどころか、使い物にならなくなったりするんじゃねぇのか?

 なんか捕まえ方に定石があったりするんだろうか。


 俺が悩んでいると、視線に気が付いた鋼馬が、さっと走って逃げだした。

 あっ、ヤベ! え、これ追いかけた方がいいのか? いいよな? 探すの面倒だってヴォルクも言ってたところだし……。

 俺の慌てぶりを見て、ヴォルクが愛剣のレラルを抜いた。


「そこで見ておれ、奴は我が狩る。貴様の巨体では、勢い余って押し潰してしまいかねぬ」


 言うなり姿勢を低くし、一直線で駆けていく。

 馬鹿重たそうな大剣片手に、あっという間に鋼馬と並んだ。

 俺はその光景を眺めながら、いよいよ鋼馬を狩る意義を疑問に感じ始めていた。


「ギィ……ギィィン!」


 錆びた楽器の様な声で鋼馬が嘶き、速度を上げる。

 鋼馬の加速に合わせて、ヴォルクもぴったりと張り付いていた。


 ヴォルクが軽々と地を蹴り、身体を捻りながら宙返りする。

 身体の上下を正反対にした態勢から、大剣を逆に持ち替え、柄の先で突きを放つ。

 華麗な動きだった。


 が、偶然なのか本能なのか、鋼馬が大きく頭を前に突き出し、ヴォルクの柄先の打ち込みを回避した。

 柄が、鋼馬の鬣を掠める。


 ヴォルクの顔に焦りが浮かぶ。

 強引に腕を伸ばして身体を回し、勢いを付けた刃の腹が鋼馬の頭を打ち抜いた。


 金属的な破壊音が響き、頭に打ち下ろされた重量によって、鋼馬の四肢が拉げ、地に叩きつけられた。

 ヴォルクは上向きに受けた反動を利用して垂直に跳び、大剣を鞘へと戻しながら着地した。


 いや、ちょっとかっこよかったけど、俺は騙されねぇよ!?

 俺の非難の視線へと、ヴォルクが必死に言い訳する。


「だ、大丈夫だ! これでよいのだ! 我が、剣の筋を違えるような真似をすると思うか?」


 え、いいの!?

 かんっぜんに、鋼馬に避けられそうになった時に、慌てて腕を押し込む様に引き伸ばすところ、見ちまったんだけど!?


「ウ、ウロボロスは、白魔法が得意であると、聞いたことがあるぞ! そうなのであろう? まだ息はある!」


 ……ほ、本当に、王都アルバンの案内をこいつに任せていいのだろうか。

 なんつうか、盛大に頼る相手を間違っちまった感があるのだが。

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