第387話

 ヴォルクの一撃を受けた鋼馬は半死半生であったが、相方の〖ハイレスト〗のお陰でどうにか持ち直させることに成功した。

 その後も探索を続け、どうにか二体目の鋼馬の確保も終える。

 これでようやく、王都アルバンへと向かう準備が整った。


 移動も滞在も、俺の〖人化の術〗による消耗MPのお陰で、あんまりチンタラしている余裕はねぇ。

 さっと行って、さっと帰る。

 ゆっくり観光して美味いもん喰ったり、面白いもん見たり、なんてことない場所でちょっと寛いでみたり、みたいなことにもちょっと憧れるが、人化が持たんからな。それにトレントさんが寂しがる。

 そういうのは、魔王騒動が片付いて、聖女が根回ししてくれるのを気長に待つしかない。


 とりあえず、これで鋼馬が二体確保できた。

 二人一組で乗れば早速王都アルバンへと向かえる。

 ナイトメアの人化体ことナイ子(俺が命名した)もアロも小柄だから、二体いれば十分だろう。


 分け方は……俺とアロ、ヴォルクとナイ子でいいだろう。

 〖人化の術〗で相方を押し込んで俺主体の男型の人化体となり、ボロ布で身体を雑に覆う。

 肩を回してゴキゴキと慣らす。変形したては、どうにも身体の違和感が残っちまうな……。


 俺は鋼馬達を見る。

 二体の鋼馬は顔を寄せ合って、身体を縮込めていた。


「うし……俺のこの身体は魔力の燃費が悪いから、とっとと出発させてもらうぞ」


 俺は鞍を手に取り、片方の鋼馬の背へと垂れ掛ける。

 相方からナイトメアへと頼んでもらって作らせた、蜘蛛の糸を厚く編んだだけの簡易鞍である。

 ……まぁ、ないよりはマシという奴だ。


 俺はアロへと顔を向ける。


「よし、来てくれ。早速向かうぞ」


 アロがこくりと頷く。

 アロと同時に、ナイ子が長いローブの裾を引き摺りながら動いた。

 二人が同時に足を止め、顔を見合わせた。


 ナイ子、お前……散々俺を毛嫌いしてた素振り見せてたのに、俺と一緒に行くつもりだったのか。

 なんだ、素直じゃねぇなぁ。

 案外可愛いとこあるじゃねぇか。


 ……んなことを考えていると、ナイ子が無言でヴォルクへと面を向けた。


「我は別に走ってもよいのだが……まぁ、鋼馬の扱いには慣れておるからな。例を見せてやろう、ウロボロスよ。力づくでどうにかなるので、貴様ほどの膂力があれば充分可能だとは思うがな」


 ああ……俺がいいっつうか、脳筋ヴォルクが嫌なのか。


「アロ、どうした? 早く来い」


「はいっ! 竜神さま!」


 俺が呼びかけると、アロが容赦なくナイ子を切り捨てて俺の元へと駆けて来た。


「うむ、そっちの蜘蛛の娘は我と来い」


 ヴォルクがナイ子の襟首を掴んで持ち上げ、雑に運ぶ。

 足が地から離れたナイ子が、面の下から俺を睨んでいるのがわかった。


 フフン、ナイトメアよ、これに懲りたら、今後は相方に対する十分の一くらいは俺にも優しくすることだな。

 これが社会の縮図という奴だ。今の内に学んでおけてよかったな。

 王都でのお前の態度次第によっては、俺がヴォルクと詰めて二人乗りしてやっても構わんぞ。


 俺は素知らぬ振りをして鋼馬に跨り、アロを後ろに乗せた。


「そうだな……今の間に伝えておこう。教会関係者には不用意に近づかないことだ。奴らの中には、アンデッドや魔物を嗅ぎ分けられるものもおる。前を横切るくらいなら誤魔化せるかもしれぬが……疑念を抱かれたらそこまでだと思え。冒険者の中にも、稀にそういうものがおる」


 なるほど……そういうスキルがあんのな。

 まぁ、近く通り掛かっても誤魔化せるなら問題ねぇな。

 それにステータス閲覧でスキル構成を先に見ておけば、事前に注意を払うこともできる。


「それから……アルバン騎士団の連中にも、だな。貴様の言っておることが本当ならば、アルバン騎士団の連中も怪しいかもしれぬ。特に騎士団の頭である、三騎士には気を付けよ。ここ最近、王女の命令で三騎士が入れ替わったという話だ」


 ……魔王が、直々に騎士団の指揮官を任命したのか。

 人間に化けてる魔物か? いや、魔王であるとわかった上で従ってる人間がいるのかもしれねぇ。

 魔王の手下に、都合よく人化持ちがゴロゴロと集まっているとは思えない。


 ……いや、進化を調整して〖人化の術〗を取得させたか、アロと似た様に高位のアンデッド……という線もあり得るのか。

 油断は禁物だな。推測して決めつけて動くには、情報が足りなすぎる。


「三騎士とは接触しない方がよかろう。かなり腕が立つという話だし……それに、各々が妙な力を備えておるともいう。貴様らの正体を暴ける者もおるかもしれぬ」


 ……できればその三騎士とやらのステータスだけでも暴いて対策を練っておきたいところだが……下手に動いてこっちの存在が魔王に露呈したら、目も当てられねぇ事態になる。

 魔王に奇襲を掛けられるチャンスは完全に潰える。

 それどころか、相手さんも何らかの警戒態勢に入ることだろう。


「まぁ、そう考え込むことではない。三騎士に見つかったとしても、報告される前に叩き潰してしまえばいいのだ。何なら我がやってやってもいい。奴らとは、ひと目見てから戦ってみたいと思っておったのだ」


 いや、王都の中でドンパチやったらどう足掻いても誤魔化せねぇよ!?

 この狂人は、王都の一角を滅ぼして情報遮断でも図ろうというのだろうか。

 そしてお前の願望は聞いてねぇよ。


「……忠告ありがとうよ、とりあえず避ける方向で行かしてもらう。道中で、奴らの特徴や容姿、知ってる事を教えてくれ。とにかく今は出発しようぜ」


「うむ、そうであるな。鋼馬は、腹の側部を足で蹴飛ばしてやればいい。それで走る。道を変えたいときや止まりたいときは、怒鳴るなり、首を締めあげるなりすればよい」


 それ、完全にヴォルク流じゃね!?

 や、やっぱしこれ、手綱みたいなのがあった方がいいんじゃ……。

 ……あの、ナイトメアさん、あんな扱いの後で悪いんですが、またちょっと作ってほしいものが……。


「よく我の動きを参考にするがいい。では、参るぞ! 強く蹴り過ぎて鋼馬を失神させるではないぞ!」


 似合わない忠告をくれたヴォルクは、足を大きく振り上げてから鋼馬の横っ腹へと深く踵を埋めるという、蹴ると呼ぶにはやや陰湿な一撃を繰り出した。

 金属塊の馬が悲鳴を上げて、一直線に疾走する。

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