第388話

「さすが、王都ってだけはあるな」


 王都アルバンは、俺がこの世界に来てから初めて見た大都会であった。

 赤屋根の背の高い建造物が幾つも連なっており、通路には舗装まで施されていた。

 前の世界ではなんて事のない光景だったはずだが、こういった地がこの世界にもあったのだということが新鮮であった。


 俺が王都の街並みを見回している中、アロは俺の背後に隠れる様にコソコソとしていた。

 あまり人の多い場所に慣れていないのだろう。

 彼女はリトヴェアル族以外の人間は森の中ではほとんど見たことがなかったはずだし、まぁ当然だ。

 ただ、初めて見る街並みにちょっと興奮しているのか、俺の背にしがみつきながらも、あちこちへと目を移している。


 アロとは対照的に、ナイ子は白面のせいか、王都を歩く人達から時折奇異の目を向けられているが、全く意に介している様子がなかった。

 神経が図太いというか、単に関心がねぇんだろうな、多分。


「待たせたな、ウロボロスよ」 


 声の方を見れば、人混みの中でも目立つ半裸の大男が見える。

 ヴォルクである。

 彼は、王都アルバンに着いてから、鋼馬を預かってもらうための馬繋場へと向かってくれていたのだ。


 唐突に種族名で呼ばれるとバレるんじゃねぇかとついヴォルクを責めたくなったが……まぁ、大丈夫だろう。

 まさか、王都でA級邪竜を連れ回している奴がいるとは誰も思うまい。


「時間がないのだろう。可能な限りは、貴様の調べものとやらに付き合ってやる」


 確かに時間がない。

 穏便に王都アルバンを去るためには、アルバン大鉱山付近までは〖人化の術〗を維持する必要がある。

 俺が探索に使えるのは、せいぜい九十分といったところだろう。


 俺だって、久々の人波だ。燥ぎたい気持ちもあるし、こっちの世界の街っつうのを堪能してみたくはある。

 だが、ここで王女と魔王の情報を可能な限り集めておきたい。

 手にしたい情報は、王女と魔王の成り代わりの真偽、そんで魔王の強さ……は調べるのは難しそうだから、王女の盾である三騎士の強さ……んで、できれば魔王の種族にも当たりをつけておきたいところだ。

 後は、王家に関する噂を適当に集められればいい。


 王都で起こっていることの大まかな事件についてはヴォルクも知っていたため、そういった面についてはわざわざリサーチする必要はない。

 剣狂ヴォルクさんも、一応は文明人の端くれである。ギリギリ、怪しい範囲ではあるが。

 王族連続急死騒動と、クリス王女のその後の動き、三騎士である三人の簡単な情報について、一般常識程度のことは知っており、王都アルバンへの移動中に聞かせてくれた。


 王族の急死騒動以来、とんとん拍子でアーデジア王国の最高権力者の座へと着いたのは、まだ若いクリス王女であった。

 王国の王座は未だに空席扱いであり、今は臣下が集まって政治の取り決めを行っている。

 慣習に則れば、クリス王女の夫が新たな王となるらしい。


 クリス王女は病弱で、普段は滅多に外に出てこない。

 今まで引っ込み思案で内気な性格だったというが、王族最後の一人となって以来、旅の冒険者から話を聞きたいと言ってパーティーを開いたり、自身の側近である三騎士を総替えしたり、自分に高価な贈り物を行った貴族を自身の夫である新王にするとお触れを出させたりと、どうにも我儘な面が目立つという。

 単なる我儘王女なら結構だが、どうしても疑いの目で見てしまう俺の立場としては、冒険者を集めて殺させたり、国の重鎮を魔物で固めたり、上級貴族の対立を煽って国力の低下を目論んでいる様にも思える。

 

 三騎士は、王都アルバンの司教でもある人格者のローグハイル、クリス王女が気に入ったため三騎士に入ることとなった元冒険者のサーマル、貧民街より連れてこられたと噂される少女メフィストの三人らしい。

 王国騎士団のトップに教会上層部やら旅の冒険者やら乞食やらを入れたために、非難やら騒ぎもあったそうだが……ヴォルクは、その辺りの事情には疎いらしく、それ以上はほとんど知らなかった。

 ヴォルクが知っていたのは、サーマルがハンサムだったため、顔で選ばれたに違いないと皮肉が飛ばされていた、程度であった。

 ……そういう話を聞くに、これまで病弱で蔑ろにされてたクリス王女とやらが燥いでいるだけなんじゃなかろうか、と思えなくもないが。


「王女について探るにゃ難しいだろうから……優先するのは、やっぱし三騎士かなぁ」


 一番手っ取り早いのは、こっちから一方的に三騎士を見つけられることだ。

 ステータスを暴いて三騎士が魔物なら、王女と魔王の成り代わりがほぼ確定する。

 幹部級の魔物の強さが分かれば動きやすいし、そこから魔王のランクにも見当がつけられる。


 しかし……直接対峙はリスクが大きいので、できれば避けたい。

 下手を打って最悪正体が露呈すれば、魔王へ不意打ちできる機会を失いかねねぇ。

 結局のところ、何かしら知ってそうな奴を捜すしかねぇか……。


 時間もねぇし、ちゃっちゃっと動いてくか。


 さてどこへ進むかと周囲を見回したとき、アロの眼が、建物の外側にドレスを着た簡易マネキンを並べている店へと釘付けになっていることに気が付いた。

 首を固定し、じぃっと熱のある視線を向けている。

 無意識にか、俺の背を掴む手にも力が入っていた。


「アロ……今は、時間がないから、な? 俺も色々と興味はあるが……」


「はっ、はいっ! わかって……います」


 アロがやや落ち込み気味に応える。


「悪いな、アロ。また落ち着いた、時間のあるときに一緒に服屋でもどこでも回ってやるから、今は諦めてくれ。今は、王都の今後……というよりは、最早アーデジア王国全土、はたまたこの世界の命運まで関わってくることになるかもしれねぇんだ。そこに私欲や私情は挟めねぇ」


 俺が言うと、アロは表情を引き締めて強く頷く。


「……わっ私、竜神さまのお役に立てるように、頑張ります! すごく頑張ります!」


 ふと、やや離れたところから、なんとなく頭に残る、女の声が聞こえて来た。


「まさか私などが、クリス王女様のパーティーに招かれるとはな、ハハハ! 私はこれで冒険者という生き方が気に入っているのだが、もしも騎士団に勧誘を受けるようなことがあったら、どうすればよいのか……!」


 なぜだか、他にもいっぱい人が行き交っているというのに、その女の声は妙に頭に残った。

 確かにでけぇ目立つ声だが、それだけじゃねえ。

 脳が自然と意識を向けるような感じであった。


 振り返って目を向けると、金髪の女だった。

 軽装鎧に身を包んでおり、腰には剣を帯びていた。


 話していた内容からして、彼女は冒険者なのだろう。

 ヴォルク同様に、王女にパーティーへと誘われた一人か……。

 でもなんで、あの女が妙に気になる……んん? アレ、どっかで見たことがあった気がするぞ。


「あっ……」


 思い出した。

 俺が厄病子竜だった頃に、俺が住居にしていた洞穴にやってきた、女冒険者の二人組の片割れだ。

 妙な縁もあるもんだ。

 ぶっちゃけた話、あまりいい想い出ではなかったが……。


 しかし、王女のパーティーは、十中八九ロクな催しものではない。

 止めておくべきか? いや、しかし、急に現れた俺の様な胡散臭い奴の話を聞くだろうか?

 随分と浮かれているようだし、説得は難しいかもしれない。


 確か……洞窟で見た、もう一人の冒険者は、でかい木槌を持った女獣人だったか?

 今の話し相手も彼女なのだろうか、と考えながら、女剣士の目線の先を見る。


「でも……なんだか、あまりいい噂は聞きませんよ。王女様の話をしていた人が、騎士団に囲まれて帰ってこなくなったって話もたまに耳にしますし……」


 そう応えるのは黒髪の少女であった。

 白いローブを羽織っており、手袋越しに長い杖を握っている。

 切り揃えられた前髪の下からは、大きな瞳が覗く。


 俺は自身の目が大きく見開かれるのを感じた。

 思わず、近くの壁へと張り付いて身を隠す。


 木槌持ちの女獣人じゃねぇ。

 あのボブカットの娘は、俺がこの世界で初めて気を許せた相手、ミリアに違いなかった。

 な、なんで!? 森に来た冒険者にくっ付いて、村を出ていたのか!?


 も、もうちょっと話を聞いておきてぇ。

 後をつけるか? い、いや、さすがに、それはバレるか?


 建物の壁に張り付いてしゃがみ込み、息を荒げている俺の前に、アロが立った。

 どことなく目が怖い。いつものアロからは考えられないほどに冷たい視線だった。


「竜神さま、私情は挟まないって……」

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