第381話
クリスタルドラゴンの巨体が、ぐらりと揺れた。
緑の輝きを持つ宝石塊の身体の罅が深くなり、太い脚が崩れ、折れた翼が地に落ちる。
クリスタルドラゴンの前に立つ大柄の男が、大剣を振り上げる。
竜の太い首が不安定に揺れ、男の前に落下する。
目前の男が、クリスタルドラゴンを倒したのだ。
周囲に他の人間や魔物の気配もない。たった一人で、Bランクモンスターを相手取って仕留めたのだ。
俺がこれまで見て来た常識では考えられない。
俺が会ってきたこの世界の人間は、ハレナエの元騎士団長アドフや、トールマンの一の部下だったアザレアが最上位クラスだが、二人ともステータスだけならCランクの赤蟻相応である。
Bランクを仕留められそうなのは、勇者や聖女などの、神聖スキル持ちくらいでいあった。
アイツ、一体何者だ?
神聖スキル持ちは、人間枠が二人、魔物枠が二体だとすれば、俺、リリクシーラ、魔王、魔獣王で既にすべて埋まっているはずだ。
いや、あのクリスタルドラゴン、かなり強い方ではあるはずだが……あの鉱物の塊の様な身体から察するに、素早さはない。
特異なスキルを複合して扱って嵌め殺せば、案外どうにかなっちまうものなのかもしれない。
俺の経験則から言って、人間である以上、そうそうバケモンみたいなステータスが出て来ることはないのだ。
まぁ、見ればわかる。
何はともあれ、ステータスの確認を……。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
〖ヴォルク・ヴェイダフ〗
種族:アース・ヒューマ
状態:通常
Lv :83/85
HP :854/854
MP :274/317
攻撃力:671+101
防御力:435
魔法力:147
素早さ:547
装備:
手:〖月穿つ一振りレラル:A〗
特性スキル:
〖グリシャ言語:Lv5〗〖剣士の才:LvMAX〗〖気配感知:Lv7〗
〖忍び足:Lv7〗〖HP自動回復:Lv4〗
耐性スキル:
〖物理耐性:Lv8〗〖魔法耐性:Lv7〗〖毒耐性:Lv4〗
〖呪い耐性:Lv4〗〖即死耐性:Lv4〗〖麻痺耐性:Lv5〗
通常スキル:
〖大切断:Lv9〗〖精神統一:Lv7〗〖鎧通し:Lv7〗
〖衝撃波:Lv7〗〖破魔の刃:Lv8〗〖月穿:Lv8〗
〖自己再生:Lv5〗〖ディメンション:Lv3〗
称号スキル:
〖剣王:LvMAX〗〖伝説の冒険者:Lv--〗〖剣の求道者:Lv--〗
〖戦闘狂:Lv--〗〖竜殺しの英雄:Lv--〗〖コレクター:Lv--〗
〖月、穿つ者:Lv--〗〖破壊神の担い手:Lv--〗〖燻り狂う剣鬼:Lv--〗
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一瞬見間違えたかと思った。
なんだこのバケモン。
誰だ、人間である以上、そこまでステータスは高くないはずだ、なんかほざいた奴は。
こいつ人間やめていらっしゃるじゃねぇか。
このステータスだと、大ムカデ引き千切って、アビスの大将マザーを撲殺できるレベルだぞ。
つーか、人間が〖自己再生〗なんざ覚えてるんじゃねぇよ。
レベル低目のアダムなら狩れちまうんじゃねぇのか。
つーか、リリクシーラは無理でも、勇者叩き斬れるだろ。
俺はクリスタルドラゴンを倒した大男、ヴォルクの持つ、背丈ほどの長さがある大剣へと意識を向ける。
【〖月穿つ一振りレラル:価値A〗】
【〖攻撃力:+101〗】
【ある小国にて、占い師が『月より災い来たりて、我が国は滅び、王は民に殺される』と予知を行った。】
【王は忌まわしき月を壊すため、魔術師と剣士を呼んでそれぞれに剣と杖を与え、『これを以て月を破壊せよ』と命じた。】
【これはその時の片割れ、王の妄執によって造られた月穿つ一振りレラル。】
【王はこの剣と杖を造るために王家の財産を大きく費やし、怒る国民に捕らえられて処刑されたという。】
本体もヤベェが、剣もヤベェ。
相方が喰った勇者の聖剣にも匹敵する補正値だ。
ヴォルクがゆっくりと俺を振り返り、大剣レラルを持ち上げて構える。
ヴォルクの覇気の込められた、精悍な顔つきが露になる。
年齢は、二十代後半から、三十の間くらいだろうか。
ヴォルクの金色の双眸が俺を射抜き、口許が獰猛な笑みを象る。
「こちらのドラゴンは少々期待外れであったが……まさか、こんなところで幻の双頭竜、ウロボロスと出会うとは! 噂は聞いておったが、ニヴァの叙事詩に語られるウロボロスの姿そのものではないか!」
ヴォルクが大剣を振り回し、風を靡かせる。
「剣士としてこれ以上の喜びはなし! 貴様を斬らせてもらおうぞ!」
ヴォルクが唾を飛ばしながら熱弁する。
ひょっとしたら戦わずに済むんじゃないかなんてことを考えていたが、相手さんの様子を見るに、それでは済まなさそうな様子だ。
完全に一人で盛り上がっちゃっているタイプの人だ。
ク、クソッ! なんでこんなところに化け物みたいな人間が来てるんだ。
あのクリスタルドラゴンを狙ってきていたのか?
……何か、引っ掛かるな。
もっとこう、決定的なものを忘れているような……あっ!
『アーデジア王国ではここ最近、王族の病死が相次いでおりました。それから若い王女へと王権が移りましたが、どうにも妙な動きを見せているのです。城に腕の立つ剣士や魔術師を頻繁に招いているようですが……どうやら、その大半が行方不明となっているようなのです』
脳裏にリリクシーラの言葉が過る。
そ、そうだった。
魔王は高名な剣士や魔術師を誘拐し、己の経験値にしようと目論んでいるのだ。
そしてその経験値の候補として、恐らくヴォルクも含まれている。
Bランクを超えるステータスを要するヴォルクならば、殺してもいい経験値になることだろう。
ヴォルクは……ここ最近の魔王の動向について、詳しく知っているのではなかろうか。
叩きのめした後、軽く魔王について訊いてみるか。
上手く行けば、ヴォルクが城へと向かう際に、ついていくこともできるかもしれない。
しかしどうするにせよ、一度戦わないことにはどうともならなさそうだ。
少なくとも、ヴォルクはやる気満々である。
しかし、あのステータスを相手に、上手く殺さない様に気を付けながら、ヴォルクを無力化、か……。
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