第380話

 地下洞窟を、奥へ奥へと降りていく。

 アロは腕に光を放つドラゴネス魔結晶の破片を抱え、灯り代わりにして歩いていた。

 俺も多少暗がりは得意だが、視界が悪くなることには違いないのでありがたい。


 ドラゴネス魔結晶はやや相方の唾液に濡れているが、アロは気には留めていないようだった。

 ……かと思ったが、時折服の袖で手を拭っていた。

 ま、まぁ、そりゃね? 俺らの口、ぶっちゃけかなり竜臭いからね。

 口に突っ込まれた玉兎が、かなり嫌がっていたことを思い出す。

 俺は何となく見なかったことにすることにした。


 降り進めていくにつれて、凶悪な気配を感じる。

 気配が本格的に強まってきたのと同じ頃に、岩壁が、奇妙な七色の光を帯びているところへと差し掛かった。

 微弱な光であるし、七色ではあるがやや暗色寄りであり、あまり綺麗とはいえない。

 しかし、なかなかに幻想的な光景であった。


 本格的に気を引き締めて行かねぇとな。

 マギアタイトの爺さんが言っても聞き入れてくれなかった相手らしいし、言葉での解決は諦めておいた方がよさそうだ。

 戦いはまず避けられねぇだろう。


 さぁ、気を引き締めていくぞ……と決心したとき、横を歩くアロが、つんつんと俺の前足を突く。

 どうした、アロよ。

 あんまり足に近づくと、うっかり踏みかねねぇから危ねぇぞ。


「トレント……」


 なんだ、どうした?

 トレントさんに虐められたのか? そんなわけないか。


 俺が振り返ると、巨大な殻を背負う、虫の様な魔物が五体ほどずらりと並び、トレントを包囲していた。

 殻は渦を巻いており、カタツムリの背負っているものにやや近い。

 壁と同様に、仄かに虹色の光を放っていた。

 渦巻の殻からは二つの目玉が覗いており、ベージュ色の細長い無数の触手が伸びている。


 な、なんだ……巨大アンモナイト?

 いかんいかん、先にばっかり気を取られて、後方のトレントさんが魔物に囲まれていることに気付くのが遅れた。


【〖グリムアンモ〗:C+ランクモンスター】

【魔鉱石を喰らい、殻が特殊な変化を遂げた〖アンモ〗。】

【〖グリムアンモ〗の殻は〖アンモタイト〗と呼ばれる魔鉱石であり、その独特な七色の輝きから、縁起がいいとされている。】


 グリムアンモ、ねぇ‥…。

 しかしなんだ、ここの壁、グリムアンモの殻と同じく鈍い七色の光を放ってるわけだが……つーことはここはアレか、夥しい数のグリムアンモの死骸が、長い時を経て壁になってんのか?

 不気味なものを感じて見回すと、グリムアンモっぽい殻が壁と半ば同化する様にめり込んでいた。

 お、おっふ……。一気に生々しく見えて来た。


 トレントはソワソワと、落ち着かない様に俺を見る。

 トレントの〖マジカルツリー〗はC+ランクモンスターである。

 同じランクである、グリムアンモ五体はきついか。


 トレントはグリムアンモの一体と目が合うと、動きをぴたっと停止させ、顔を伏せる。

 いや、こんなところに木が生えてる時点で誤魔化せねぇと思うぞ。


「グゥオオオオッ!」


 俺が軽く咆哮を上げると、蜘蛛の子を散らす様にグリムアンモがわっと逃げていく。

 逃走するグリムアンモの一体へと相方が喰らい付き、アンモタイトの殻ごと咀嚼する。

 ゴキ、バキ、ベキと音が鳴る。

 よ、容赦ねぇ。


【経験値を130得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を130得ました。】


 このくらいの魔物なら、ホントにあっさり狩れるようになっちまったな。


 どうだ、お味は?

 俺が尋ねると、相方がゆっくりと頷き、殻の残骸を口から吐き出した。

 割れた殻の内側には、クリーム色の体液とグリムアンモの肉片がこびりついていた。

 おおう、なんかグロい。


『ン、マァ悪クネェゾ。カテェシ、モウチョットナンカアッテモイイ感ジハスルガ』


 くっちゃくっちゃと相方は口を動かしている。

 口内に残った殻を噛み砕いているわけではなさそうなので、随分と噛み切り難い肉らしい。


『味見スルカ?』


 相方が口を開ける。

 牙で噛み潰され、しがしがになったグリムアンモの成れの果てが舌の上に残っていた。

 う、う~ん……ちょっと気になるっちゃ気になるんだが、ちょ、ちょっと、他の人……もとい、他の竜の喰いさしは……。

 いや、相方も俺みたいなもんなんだけどさ。


『ンダヨ、結構ウメェノニ』


 相方が口を閉じ、またくっちゃくっちゃとグリムアンモを噛み始める。

 一応女の子なんだから、もっと恥じらいを持ってほしい。ドラゴンはこのくらいが普通なのか。

 まぁ、他のグリムアンモが喰えそうな機会があったら、そんときにまたいただこう。


 と、そのとき、カァンと甲高い音が通路奥から響いた。

 音の元はかなり近い。〖気配感知〗も敵の位置を捉えている。

 デカイ魔物と人間が戦っているようだ。聞いていた通りである。


 ちっと急いだ方がいいかもしれねぇな。

 俺は後方の安全を確認した後、速度を上げて地下洞窟の奥部へと向かう。

 後から必死に追い掛けて来るトレントさんが見える。

 んな焦らなくても、今度こそ〖気配感知〗に後方からの襲撃者がいないことはきっちりと確認したので、大丈夫だとは思うが……まぁ、さっき俺が見過ごしたばかりなので、信用できない気持ちもわからないでもない。


 グリムタイトの通路を抜けると、大きな広間となっているところがあった。

 中央には、エメラルド色の結晶石に全身を覆われた、全長十メートル程度の大柄なドラゴンがいた。


【〖クリスタルドラゴン〗:Bランクモンスター】

【全身が魔結晶石に覆われたドラゴン。】

【高い防御力を誇る他、魔結晶石を自在に操る魔法を得意とし、〖クリスタルスコール〗は威力が高く、回避も困難である。空は飛べないが、翼を広げたときには要注意。】

【また、魔結晶石しか口にしないが、クリスタルドラゴンの〖石化の息〗は対象を魔結晶石に変えるため、問題ない。】


 問題ないって、そんな恐ろしいスキル問題しかないが。

 これが地底の竜とやらか。


 しかし、クリスタルドラゴンと戦う心配をしなくてもよさそうだった。

 なぜなら、クリスタルドラゴンは既に身体中斬撃の跡だらけであり、既にHPは0になっていたからだ。


 クリスタルドラゴンの巨体が倒れる。

 その前方に、長い銀髪を持つ、大柄の男が立っていた。

 手には、大男の背丈ほどある大剣が握られていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る