第164話 side:勇者
アドフが大剣を振りかぶり、僕の間合いに飛び込んでくる。
ここで手首を斬り落として首を撥ねてやるのも簡単だが、もちろんそんなにあっさりと終わらせてやるつもりはない。
幸い、厄病竜もまだ動けそうにない。
じっくりゆっくり嬲ってやる。
アドフの目を見ながら剣筋を読み、軽々と躱してやる。
四手連続敢えて擦れ擦れで回避し、焦れたアドフが斜めに斬りつけてくるのを後ろに飛んで避けてやった。
こんなの、何手打ち込まれようが当たる気がしない。
ハレナエ最強の騎士がこんなものとはあまりにお粗末だ。
「ここまで鈍臭かったですっけ? ちょっと鍛錬不足じゃないんですかぁ?」
アドフがずっと牢にいたことを揶揄してやったのだが、あまり反応はなかった。
あれだけ散々言ってやった後だし、今更この程度の軽口で重ねて激昂するような真似はしないか。
ここまで挑発が通じないのも寂しいものがある。
もうちょっと段階を踏んでねちねちと責めてやりたいところだったが、後で厄病竜の相手も控えている。
あんまり遊んでいる暇もない。やれ、忙しい。
今から更にアドフを揺さぶるのには、別の方向から詰った方がいいな。
「どうですかぁ? 自分の思い上がりのせいで弟と婚約者を殺された上に、親まで見世物にされて処刑される気分っていうの。ほらほら、早く当てないと大変なことになりますよぉ?」
「この、外道がぁッ!」
お、怒ってる怒ってる。
やっぱり、こういう反応が見れないとやりがいがない。
こっちだって今件のためにどれほど準備してきた事か。足掻いてくれなきゃつまらない。
アドフは感情に任せ、大剣を大きく持ち上げる。
普通にやってても当たらないのに、動きを単調にしてどうするんだか。
まぁ、僕が余裕振って回避に徹してるうちに力任せの一撃を当てておきたいって気持ちはわかるけどね。
実現できる見込みがあるかどうかはおいておいて。
アドフだって、ステータスが見えていたらこんな無駄な戦いをせずとも、首を差し出して大人しくしていたことだろう。
やれ、哀れなことだ。
僕はアドフの横を駆け抜ける。
振り下ろした大剣は僕を捉えられず、ただ地面を叩いて砂風を撒き上げる。
「ぐっ……」
アドフは顔に皺を寄せ、右の手で自分の耳を押さえる。
「確か以前偉そうにご高説を垂れてくれたときの言葉は、『そんな力任せに振るっても当たるわけがなかろう。今のように、反撃を受けるだけだ』でしたっけ?」
僕はせせら笑いながら、自分を睨むアドフへとそう言ってやった。
「ああ、これいらないからお返ししますよ」
さっき横を駆け抜けたとき、片耳を斬り落として剣の刃に引っ掛けてやったのだ。
僕は剣を軽く振り、アドフの耳を軽く宙に跳ね上げる。
剣の腹の部分で、アドフの耳をぶっ叩いてやった。
打って返してやるつもりだったのだが、アドフの耳は血飛沫を飛ばしながら破裂し、肉片となった。
「おっと、すいませんね」
しかし、さすがは元騎士団長といったところか。
圧迫して出血量を多少なりとも抑え、すぐにまた大剣を両手持ちに直している。
「今度はこっちから打ち込んであげますよ」
地を蹴り、アドフへの距離を一気に詰める。
僕がここまで早く動けるとは思っていなかったらしく、アドフの表情から動揺が見て取れた。
「ほら、ほらほらァッ!」
右から左からと、素早く腕を振るって両側から攻撃する。
「今ガードが遅かったですよ? ああ、駄目じゃないですかぁ、腰を据えて受けないと」
僕はアドフがギリギリ対処できそうなスピードに調整しながら打ち込んで行く。
当然、今のアドフには反撃に出る余裕なんてない。一撃一撃に対処するので精一杯のようだった。
構えを持ち直す猶予も与えないので、どんどん体勢が無様に崩れて行く。
ついに完全に体勢が崩れ、アドフに大きな隙ができる。
僕は剣を下ろして前に出て、腹のど真ん中を蹴り飛ばしてやった。
「ぐふぅっ!?」
アドフの巨体が飛び、背から地面に激突する。
それでもなお大剣を離さなかったことを根性が据わっていると評するには、あまりに痛々しく、また無様であった。
アドフはすぐに立ち、僕へと大剣を構え直す。
さすがに惨めになってきたし、もう剣なしで相手してあげようかな。
素手でも充分だし。そっちの方が惨めか。
「このォォオッ!」
叫びながら向かってくるアドフに対し、手を広げる。
「五手目だ。五手目で手首をもらおうかな」
僕はそう宣言してからゆっくりと剣を構え直し、どう打ち合うかを脳内で組み立てる。
「はい、一手目、二手目、三手目……」
先手を打ち込み、こっち主導での打ち合いへと持ち込む。
下手に向こうの攻撃を受けたら、剣の差で叩き壊されかねないのがやり辛いところだ。
「四手目」
打ち込む速度を上げる。
ガードの遅れたアドフの体勢が崩れる。
左の手が、無防備に前に出る。
「そしてこれで五手目ェッ!」
左腕目掛け、小回りに剣を叩き込む。
予告通り、五手目でアドフの手首を切り落としてやれる。
口角が吊り上がるのが抑えきれない。
アドフの顔を見てやろうと、目線を上げる。
「うん?」
アドフは、片手で僕に向かい大剣を振り下ろしているところだった。
こいつ、わざと左手を出してこっちの動きを絞りやがった。
ま、この速さの差なら、ここから間合いから外れるのなんて楽々なんだけどね。
ただそろそろ心をへし折ってやるつもりだったのに、こっちから離れたせいで調子づかれたら嫌だなぁ。
またへし折ってやればいいことだけど。
アドフの手首を諦め、地面を蹴って下がった。
「〖衝撃波〗ァッ!」
大剣の斬撃が、実体を持って僕に襲いかかってくる。
リーチを稼いできやがったか、小賢しい。
不本意だけど、受けてやるしかないか。
こんなのやっても意味ないのに、うざったい。
もう、これくらったらさっさとアドフを殺すか。
一発も受けずにアドフを殺してやるつもりだったのに、一気に白けた。空気の読めない男だ。
そんなのだから教会からも嫌われるんだっていうの。
腕を交差し、〖衝撃波〗を受け止める。
ああ、しょうもない攻撃だ。
こっちが構えるより先に、アドフが大剣をぶん投げてきた。
これくらい僕ならどうとでも捌けるのに、何を考えているんだアイツは。
実力差が分かって文字通り勝負を投げたか。それとも今ので一矢報いた気になって、戦意喪失しちゃったか。
どっちにしろ、締まらない決着になってしまった。ちょっと弄びすぎたかな。
投擲された大剣を、背を屈めて躱す。
アドフが僕に向け、手を伸ばす。
「〖クレイ〗!」
今更その程度の魔法で、何をする気だ?
背後で、金属のかち合う音がした。
大剣を弾きやがったのか。
音を頼りに大剣の軌道を予測するが、僕に当たりそうにはない。
そりゃそうだ。
クレイで土を盛り上げさせ、投げた大剣を弾いて対象に当てるなんて、ヤケクソでできる芸当ではない。
後ろに目をやる。
屈んでいる僕の斜め上を、アドフの大剣が飛んでいく。
あれだけ綺麗に飛ばせただけでも、まぁ充分曲芸の域だろう。
コイツ、こんな練習してるくらいならもうちょっと剣自体の腕を磨けばよかったのに。
だから弱いんだよ。
「はいはい、良かったね。斬撃でも一発当てられて。それで満足してるのな……あ?」
前に首を向け直すと、アドフが飛び掛かってくるところだった。
アドフは宙で大剣を雑に握り、そのまま僕の顔面に叩き込んでくる。
構えも何もない、出鱈目な動きだった。
この位置関係だと、避けようがない。
カウンターを合わせるのは容易だが、それでアドフを殺すことができても攻撃は中断されないだろう。
魔法も、今の状況をひっくり返してくれるものはない。
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