第578話

【仲間との絆を深める時間も重要だからね。】

【ラプラスを出し抜くには、最終的には人の心や意志のような、不確定なものが重要になってくる。】

【激情の中で制限を突破して進化した、あの哀れなスライムの子みたいにね。】


 神の声のメッセージが続く。

 今までより、ずっと具体的に長々と語りかけてくる。


 生きた心地がしない。

 結局、俺とウムカヒメのやり取りは覗かれていたらしい。

 覗き見した上で、どうせ障害にはならないと判断したのだろう。

 神の声にとって、ウムカヒメも、勇者ミーアの人生も、彼女が最後の望みを託した石碑も、きっとどうでもいいことなのだ。


 ウムカヒメも俺の顔を見て、俺が神の声からメッセージを受け取っていることを察したようだった。

 静かに口を閉じ、俺を見守っている。


【ボクもキミ達にとって、心や意志が優先されるものになるようにこれまで誘導してきていたつもりだ。】

【だからキミにちょっとでも楽しんでもらえるように、あれこれとキミの旅路に趣向を凝らしてきたんだ。】


 次から次へと話す様子は、浮かれているようでもあった。

 俺が無事に神聖スキルを四つ手にしたのが、よほど嬉しいようであった。

 聞いてもいないのに、あれやこれやと捲し立ててくれる。


 ……もっとも、こいつに褒められても微塵も嬉しくなんかねぇ。

 偉そうに上から目線で、俺が経験してきたこれまでの全てが自分の掌の上だと主張してくれやがる。

 気分がいいわけがない。


【リリクシーラがキミを評価していたのも、あのつまらない聖騎士の女を大事にしていたのも、ボクのそういう考えに多少は影響を受けていたんじゃあないかな?】


 神の声は、まるで他人事のようにそう考察する。

 リリクシーラは確かに、俺に対して、アルヒスに少しだけ似ていたと、そう口にしていた。


 アルヒスはリリクシーラの部下の中でも、自分で考えて動くことのできる奴だった。

 ルインが暴れたとき、敵対した俺を信じて交戦を中断し、回復するために真っ先に動いたのは、アルヒスだった。


 リリクシーラはあの後、どんな気持ちで俺にベルゼバブを仕向けてきていたのだろうか?

 あの時はとんでもねぇ奴だと思ったが、今となっては、アイツが望んで俺にベルゼバブを送っていたとはとても思えない。


 しかし、だからこそだろうか、神の声が賢しげにリリクシーラのことを語るのが、俺には不快で仕方なかった。

 神の声は、まるでリリクシーラの苦悩や覚悟に対して、自分がそうなるように誘導しただけに過ぎないのだと、そう主張しているかのようだった。


【おめでとう、イルシア。勇者の名を冠した、あまりにも不相応な邪竜。】

【キミはこの地上の経験値を喰らい尽くし、最後の外敵を打ち倒し、ついには表の世界の王になった。】

【最早、キミに敵う存在など、この地上のどこにもいやしない。】

【今代の勝者がキミになると、ボクはずっとそんな予感がしていたんだよ。】


 神の声が一気に捲し立てるように語りかけてくる。


【独り善がりで幼稚な紛い物の踏み台でも、】

【不相応に英雄と持ち上げられてその重圧で破滅した哀れな小悪党でも、】

【自由を夢見ながらただ道具として終わっただけの信念なき小蠅でも、】

【半端に頭が回る故に、考えすぎて自分を見失った愚か者でもなかった。】


 スライムや勇者達のことを示しているであろうことはすぐにわかった。

 神の声の言葉は、聞いているだけで胸糞が悪くて苛々としてくる。

 

『……お前なんかが、あいつらを知ったように語るんじゃねぇよ』


 俺は神の声のメッセージを遮って反論した。

 敵対してはいけないのはわかっている。

 だが、激情がついに隠し切れなかった。


 神の声の語る人物像は、わざとらしく滑稽に歪められているようだった。

 リリクシーラやベルゼバブは疎か、神の声にはスライムや勇者イルシアのことでさえ俺には語ってほしくなかった。


【ボク以上に彼らを正しく評価することのできる者など、いやしない。】

【ボクは彼らを綿密な計算の上で配置し、これまでずっと見守って、相談に乗って、道を示して、そうして面倒を見てきてやったんだ。】

【キミにしてもまた、同じことさ。】

【多くの手違いはあったし、何よりキミは最初から別世界の記憶を持っていたが故にボクの話をまともに聞き入れはしなかったけれど、それでもボクが見守り続け、ここまで導いたことには何ら変わりはない。】


『そういうことじゃねぇ! せめて、同じ高さまで下りてきてから言いやがれっつってんだ! 見守った? 導いた? 俯瞰で眺めて、高笑いしていたようなお前に、あいつらの生き方を上から目線で好き勝手に評する資格はねぇ!』


 俺は魔力を乗せて〖念話〗を放った。

 かなり力んじまった。

 ウムカヒメもそうだが、周囲のアロ達もちょっと驚いていたようだった。


 何か考えているのか、神の声からの言葉も途切れた。


「グゥ……」


 俺は少し、息を吸った。

 駄目だ、冷静にならねぇといけない。

 何か一つ、言葉や選択を誤れば、どうなっちまうのかわからねぇ状況だ。

 リリクシーラも、俺に神の声と渡り合えと、そう言っていた。


【そうだね。】

【キミの言う通りかもしれない。】


 気味の悪いくらいに素直な言葉が返ってきた。

 い、一体、何のつもりだ?

 俺が警戒していると、すぐ後ろから声が聞こえてきた。


「じゃあ、これでどうかな?」


 子供の声に機械の合成音が重なったような、不気味な声色だった。

 俺は驚いて背後を振り返る。

 ウムカヒメやアロ達も、声の主のほうへと構えていた。


「キミのお望み通り、出てきてあげたよ。これでボクには、彼らについて好き勝手に語る権利があるのかな?」


 ミーアの石碑の上に、青白く発光する人間が座っていた。

 人間に当てはめて年齢を考えれば、そいつは十五歳くらいの容姿に思えた。


 男か、女かはわからなかった。

 髪は肩に触れる程度には長い。

 布を纏っており、背からは両翼が伸びている。


 目は大きく、くりくりしており、睫毛が長く可愛らしくもあった。

 だが、見る者に陰鬱さを感じさせる、淀んだ瞳をしていた。


 そして何より奇妙なのは、そいつの左半身が崩れていることだった。

 不具合が生じた立体映像のようになっている。

 

 ほ、本物なのか? こいつが、あの神の声の本体なのか?

 そもそも神の声は、こんな気軽に姿を現すことができたのか?

 俺は咄嗟に、そいつのステータスを確認しようとした。


【特性スキル〖神の声:Lv8〗では、その説明を行うことができません。】


 そいつは俺が戸惑っているのを、崩れていない右半身の目で確認した。

 それから口元を大きく開き、不気味に笑った。

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