第682話

 天穿つ塔の螺旋階段を〖転がる〗で登り続け……半日が経っていた。

 長い、いくらなんでも長すぎる。

 何だこの階段の長さは、嫌がらせか?


 アポカリプスは、神の声の〖スピリット・サーヴァント〗を除けば世界最速の魔物のはずだ。

 何せ【素早さ:5716】だぞ。

 これがどれだけの数値なのかは、俺が今まで見てきた中で最速だったミーアが三千程度だったことを思えば、どれだけ桁外れなのかがわかるはずだ。


 それに〖転がる〗のスキルは、歩いたり飛んだりするよりよっぽど速いはずだ。

 だというのに、一向に螺旋階段の終わりが見えない。


 せっかくンガイの森を大急ぎで抜けて来たのに、こんなところでクソみたいな足止めをもらうなんて……!

 表世界がどうなってんのかわからねぇ状態で、この無限階段は精神的にキツイ。


 本当にこの階段を登っていていいのだろうか?

 実はこれ、不思議な魔法の力で永遠にループしていて、何かしらの仕掛けを突破しねえと解除されない類のものだったりするんじゃなかろうか?


 い、いや、天穿つ塔は桁外れな高さを誇っていた。

 何せ、外から見ても頂上が見えなかったくらいだ。

 仮に表世界とンガイの森を物理的な距離で繋いでいる馬鹿みてぇな長さの塔だとすれば、アポカリプスでも時間を掛ける以外に突破方法がないのは仕方ないことだろう。


 余計なことは考えずに今は登り続けるしかねえ。

 迷うな、迷ったら登る気力がなくなる。


 ただ、さすがに半日〖転がる〗は、俺もちょっと疲れてきた。

 そして何より……。


『主殿……助けてくだされ……。これ以上は正気を保てそうにありませぬ……』


 ……トレントがグロッキーになっていた。

 まあ、当たり前だ。

 半日暗闇の中で、超高速で回転させられ続けているのだ。

 言っちゃ悪いが、俺は〖転がる〗側でよかったと思っちまう。


『……トレント悪い、もうちょっと耐えてくれ』


「そんなにしんどい? 私は逆に慣れてきたけど……」


 アロは平然としているらしい。

 ワルプルギスの三半規管は無敵なのかもしれない。


『……これを味わっているのは私だけですか』


 トレントが悲しげに呟く。


「あ、頭、撫でてあげるね、トレントさん」


『お願いしますぞ……』


 き、緊張感がねえな……。

 これから世界の命運を懸けた一大勝負なんだが。

 二人のやり取りに意識を向けて苦笑していると、全身に強い衝撃を受けた。


「ングォオオオオオオオオオオッ!?」

『へぶっ!』

「竜神さまぁっ!?」


 何かに激突したらしい。

 俺は口を必死に閉じながら、体勢を崩し、派手に床へひっくり返ることになった。


 つ、つつつ……!

 延々同じ光景が続いていたので油断しちまっていた。

 ちょうど今、螺旋階段が終わったところだったらしい。


 背後へ目をやる。

 大きな金属の扉があった。

 砕けた鎖と錠前が床に転がっている。


 どうやらあれを〖転がる〗の勢いで突き破っちまったらしい。

 ……壊してよかったんだよな?


『大丈夫か、アロ、トレント?』


 俺は口を開き、二人を外へと出す。


『主殿達のためなら、このくらい何ともありませんぞ……!』


 トレントが床を這いながらそう口にした。

 トレントの這った跡に、俺の涎の筋ができていた。


『お、おう……ありがとうな』


 アロは軽やかに出てきた後、一瞬黒い塊になったかと思えば、次の瞬間には唾液が綺麗さっぱりなくなっていた。

 ……ワルプルギスって本当に便利なんだな。


 しかし、外に出れたはいいんだが、ここはどこだ……?

 どうにもまだ、巨大な建物の中にいるらしい。


 日光は差していないが、壁にはカンテラのようなものが掛かっており明るい。

 光る石がカンテラの中には入っていた。

 壁一面には壁画のようなものが彫られており、大きな石板があった。


 ……なんとなく、エルディアのいた遺跡に似ている。


 壁画には、奇抜な外観の巨大な建造物がいくつも並んでいる。

 球体だったり、三角錐だったりを強引に縦に並べ、窓のようなものが大量に付いている。

 一つや二つならいざ知らず、そんな建造物が何十、百と連なっているのだ。


『主殿……この壁画は、いったい?』


 トレントが顔を近づけ、首を傾げる。


『俺にもさっぱりわかんねぇな……』


 元の世界でこんな珍妙な建物がなかったのはわかりきっているが、こっちの世界でも見たことがねえ。


 俺がこの世界で見た都会は、せいぜいアーデジア王国の王都アルバンくらいだ。

 だが、どの建造物も俺の常識の範囲内だった。

 いったいどこにこんな街があるというのか。


 デフォルメされた絵なのでよくわからないが、屋根にアンテナのようなものがついているものまである。

 この都市が本当に実在するならば、俺の元いた世界よりも遥かに技術が進んでいる。

 今になって、なんでこんなもんが突然出てくるのか。


 明らかにこれまで俺が見てきたこの世界と違い過ぎる。

 こんな都市を造れるとしたら、神の声くらいじゃなかろうか。

 ンガイの森や天穿つ塔を用意したのがそもそも奴なら、この都市を造ることだってできるのかもしれねぇ。

 

 ……問題は、それが何を意味してるのかっつうことだが。

 そもそもここがどこだかわからねぇし、この壁画がどういう立ち位置のものなのかもわからねぇんだ。

 神の声に関係するというより、単なるこの世界の神話や伝承のようなものなのかもしれない。


 部屋の隅々へと目をやる。

 奥に階段が見えた。

 アポカリプスの俺には小さすぎるが、人化すれば充分通ることができそうだ。

 更に上に行けば、外に出られるかもしれねぇ。


「竜神さま……天井のあれって、ウムカヒメさんやミーアさんの話していた、化け物じゃ……」


 アロの声に、顔を上げる。

 天井一面に、巨大な目玉のような化け物が彫られていた。

 デフォルメされた壁画ではあるが、これを彫った人間の、この化け物に対する畏怖が強く伝わってきた。


 邪神フォーレン……。

 神の声が復活させようとしている化け物。

 壁画の都市と比べてこれだと、今の俺より数百倍以上は大きそうだ。


 都市の壁画の上にこれがあるってことは、この絵は、過去の滅んだ文明なんだろうか。

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