第343話
俺は巨大樹の太い幹を〖鎌鼬〗で削り飛ばし、巣穴を掘っていた。
風の刃が、幹を削り飛ばす。途中で休んで〖MP自動回復〗の効果を持ちながら、気長に穴を掘っていく。
一日がかりの作業にはなったが、俺がすっぽり入ってもまだ空いているスペースのあるくらいの大きさにはなった。
竜神の祠と大きさはだいたい同じくらいだろうか。
うし、ここならアダムはそうそう来ねぇはずだ。
レベル上げが終わったら、大樹の根本にあるアダムの神殿へ乗り込んでやろう。
直接乗り込む前に、外をうろついているアダムを捕まえて、戦闘テストをしておきたいところではあるが……。
因みにナイトメアは、巣の方が落ち着くのか、
ここにあんなのに引っ掛かってくれる魔物がいんのかどうかは知らないが、そっちの方が落ち着くようだった。
……アロが外で寝たいっていうなら止めるが、まぁナイトメアなら、どうにか上手くやんだろ。
ヤバくなったら素早くこっちまで戻ってきてくれそうだし、警備としていい仕事をしてくれそうだ。
トレントも日の光を浴びる必要があるんじゃねぇかと思っていたが、巣穴の一番奥で幹を大きく撓らせ、口らしき穴からガーガーと鼾を掻いている。
擬態しろよ、おい。あれでいいのか? 野生じゃ絶対生きていけねぇぞ。
腹の減っていた俺は、アロ達を巣穴で休ませ、少し狩りに出かけることにした。
留守の間に他の魔物の襲撃があればまずいので、〖気配感知〗では一通り調べておいたが、特に強力な気配は感じなかった。
それでも万が一を考えて、そう遠くへ行くつもりはない。
十五分程度で戻ってくるつもりだ。
枝を蹴り、巨大樹の周囲を飛び回る。
少し移動したところで、真っ白な巨大な鳥が飛んでいるのが見えた。
全長四メートル前後、といったところだろうか。
嘴は鋭利に、長く尖っている。嘴がそのまま仮面の様に顔を覆っているのが特徴的だった。
【〖マスクドバード〗:C+ランクモンスター】
【人里離れたところを舞う大怪鳥。】
【嘴が変形し、仮面の様に頭部を守っている。】
【圧倒的な飛行性能を誇る他、魔法の扱いにも長けている。】
【近づいたところから繰り出される強烈な突きは、鎧をも容易く貫通する。】
おおっ、ちょうどいい魔物がいるじゃねぇか。
俺は大樹から離れてマスクドバードを追う。
マスクドバードは追ってくる俺を見て素早く宙を曲がり、逃走を始める。
俺はすぐさま追いかけて、マスクドバードを容易く抜かし、反対側へと回り込んで、マスクドバードを待ち構えるように滞空する。
マスクドバードは驚いたように急停止し、高度を下げながら逆方向へと飛ぶ。
残念だったな。飛行にゃ自信があったんだろうが、ステータス差を覆せるほどじゃあなかったようだ。
俺が更に後を追うと、マスクドバードが尻目に俺を窺いながら、嘴を大きく開ける。
「キァァッ!」
鳴き声を上げると、マスクドバードの両翼の辺りから、俺へと目掛けて二つの竜巻が放たれる。
風の魔法だ。アロの使う〖ゲール〗と似てるが、スキルの欄には〖ツインゲール〗なるものがあった。
二つ並行して使うのが常のようだ。
突っ切ってもいいんだが……俺は速度を落とし、やや滞空する。
そして迫りくる二つの竜巻目掛け、〖鎌鼬〗を放つ。鎌鼬は竜巻を貫通し、逃げるマスクドバードの背を、斜めに引き裂いた。
「ギァァァァツ!」
マスクドバードの身体が大きく曲がり、羽が舞う。
マスクドバードの目が閉じられ、身体が、力なく落下して行く。
〖鎌鼬〗に貫通された二つの竜巻も、穴の空いたところから形が崩れ、宙に四散していく。
俺は落下して行くマスクドバードを回り込み、前足を伸ばして掴もうとした。
そのとき、唐突にマスクドバードの目が見開かれ、首を捻じ曲げながら至近距離から俺の首元を目掛け、嘴の突きを放ってきた。
俺は前足でマスクドバードの嘴を横殴りにする。
嘴がへし折れ、勢い余って根本の部分、顔を覆っている仮面ががくんと浮いて大きく歪む。
死んだ振りか。
悪いが、見てから対処余裕だっつうの。
そもそも、マスクドバードのスキルは、〖ステータス閲覧〗で把握している。
続いてマスクドバードの頭部を、爪で叩き落した。
【経験値を246得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を246得ました。】
マスクドバードの背を逆の前足の爪で突き刺し、逆さまに持ち変えて逆さまにする。
さて、これで血抜きしながら帰るとすっか。大きめの獲物が獲れてよかった。
……しかし、結構離れちまったな。
すぐ戻れっけど、間が悪く、変なBランクモンスターが来てなけりゃいいんだが。
両の前足でマスクドバードを押さえながら、巨大樹の巣穴へと一直線に戻った。
巣穴の前にある枝へと着地し、マスクドバードをその場に置いた。
入口付近にあるナイトメアの巣へと目を向けると……何か、魔物が糸に引っ掛かっているのが見えた。
じたばたと暴れ、糸を振り払っている。
拘束が緩くなってからは枝の上に着地し、身体を左右に転がして取っ払った後、不機嫌そうに身体全身をペロペロと舌で舐め回す。
ナイトメアと体格差は同等であるが、ナイトメアは警戒気味に、一定距離を保ったところで止まっている。
ニョロリと長い、蛇の様な身体に、小さな足。
頭部にはヒレのようなものと、二本角がついている。
可愛らしい姿はしているが、張り巡らされたナイトメアの巣糸をあっさり振り解けた辺り、Bランク台だろう。
怒ったように鎌首を上げてナイトメアを睨んでいたソイツは、くるりと俺の方を振り返ると、目つきを緩ませ、甘ったるい鳴き声を上げた。
「クゥオン! クォオオンッ!」
そう、体表同様脳みその中までピンクの淫竜ギーヴァである。
こいつ、翼もねぇのにここまで登ってきやがったのか!?
しつこいにもほどがあんだろうが!
ギーヴァは前回同様、腹を上に向けて身体をくねくねと捩らせる。
なんもそそられねぇよ!?
「クォッ……」
「〖ゲール〗!」
巣穴の方から現れた竜巻が、枝の上の木の皮を削り飛ばしながら、ギーヴァへと接近する。
ナイトメアが竜巻から逃れるために、頭上の枝に糸を吐きつけて上へと飛んだ。
竜巻は、不用心に腹を丸出しにして踊っていたギーヴァの身体を吹き飛ばした。
「クゥォオオオオオオッ!?」
そりゃそうだ。あの態勢じゃ、ふんばりも効かねぇだろう。
ギーヴァは空中で身体をくねらせて蜷局を巻き、重心を変えながら首を伸ばし、どうにか枝の淵に口を引っ掛けようとする。
その頭へと、ナイトメアの糸が貼り付いた。
「クォッ?」
糸に引かれ、ややギーヴァの身体が持ち上がる。
枝に向けて振り被った口が、枝の寸前で空ぶった。そこへ容赦なく、ギーヴァを弾き飛ばした竜巻が再び襲い来る。
ギーヴァの身体が再度弾き飛ばされ、哀れギーヴァは大樹の遥か下へと落下して行った。
「クゥオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
落ちていくギーヴァが、べちん、べちんと、途中の枝に身体を打ち付けながら落ちていき、やがて姿が見えなくなった。
し……死んではねぇか。一応、B級下位だったし。
下まで直行ならさすがにくたばってただろうが、途中に何度か枝を挟んでるしな。
まぁこれで懲りて、しばらくはこっちに来ねぇだろう。
俺が前足を枝につけてギーヴァが落下した方を見守っていると、横にアロが立ち、俺の身体へと凭れ掛かって来た。
俺が顔を向けると、アロは晴れ晴れとした顔でギーヴァの落ちて行った先を眺めていた。
俺の視線に気が付くと俺へ顔を向けて、得意気に笑みを浮かべた。
……害意はねぇだろうから、まぁ、ほどほどにしてやってくれ。
同じドラゴンだと思うと、あんまし食欲もわかねぇし。
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