第344話
「…………」
アロが無言で座り込み、両手を伸ばしている。
腕の先では、大きな土の塊が、ゆっくりゆっくりと形を変えていく。
アロに頼んで、〖クレイ〗で土製の竈を作ってもらっているのだ。
せっかくなのでマスクドバードを丸焼きにしたいところだが、下手を打って大樹に燃え移っては大惨事になる。
なのでアロに竈を作ってもらい、ついでに巣穴前の枝の上の一部を〖クレイ〗の土でコーティングしてもらうことで、俺の巣の前に竈の設置場所を造ろうという算段である。
やっぱりマイホームにオーブンは不可欠だ。
快適なドラゴンライフに竈は欠かせない。
マスクドバードは既に腹を裂いて臓物を抜き、羽毛を毟り、太腿から先のほとんど肉が付いていない細い部分を切り取って、ナイトメアの糸で宙吊りにしている。
竈の大きさは、今の状態のマスクドバードがすっぽりと入る、超大型ドラゴン用サイズだ。
「りゅーじんさま、魔力……足りない……」
アロがそっと俺に手を伸ばす。
顔色がやや悪くなっている。
身体を維持するための魔力が少なくなってきている証拠だ。
長時間魔法を使い続けたせいか、疲労の色が窺える。
別に許可取らなくても、勝手に持って行っていいのに。
つーか……ちょっと、休憩を挟んだ方がいいんじゃないだろうか。
魔法の規模自体は戦闘の最中のときの方が大きいが、精密な調整を必要とするため、精神的な疲労も大きいようだ。
俺が休むよう促すと、ぷくっと頬を膨らませて首を横に振る。
う、う~ん、やってくれるのは嬉しいんだけどよ……。
相方が面倒臭そうに、作りかけの竈と俺を睨む。
『メシ! メシ! ナァ、焼カナクテモイインジャネェノカ!? ナンナラ、下降リテ来タ方ガ早エゾ!』
いやいや、やっぱこういうのでちゃんと焼いた方が、おいしいんだって。
均一に、内部までしっかり火が通るぞ。
引っ張り出した内臓なら勝手に持って行ってもいいから、それで我慢してくれ。
相方が渋々と首を伸ばし、舌で臓物を掬って頬彫り、口内で転がす。
……嫌々喰った割には、しっかり味わってやがる。
「……しっぽ、しっぽ貸してください」
アロが俺へと腕を伸ばしながら言う。
少し怒っている風にも見えた。
う、う~ん……とりあえず、休ませた方がいいか。
そう考えていると、アロの元へと一本の木……もとい、トレントが近づいてきた。
アロが何事かと疑惑の目を向けると、トレントは竈に顔のある方面を向けて、ゆっくりと目を瞑る。
竈の作りかけの部分が光り、どこからともなく現れた土が集まっていき……。
「……あ、いや……私がやるから、いい」
アロが困ったようにトレントを止める。
素の声のトーンだった。
竈に近づき、トレントが〖クレイ〗で作った部分を手で握る。
固まっていた土が、ボロボロと崩れ落ちて行った。
さすがのトレントもこの仕打ちは堪えたのか、すごすごと巣穴へと戻っていった。
……ま、まぁ、作ってたもんに途中から手加えられたら、嫌だもんな。
その気持ちはわからないでもない。
それにアロの〖クレイ〗のスキルLvは6だが、トレントの〖クレイ〗のスキルLvは2である。
とても同じ精度で造れるとは思えない。
アロはここまでトレントが落ち込むとは思っていたなかったらしく、去りゆくトレントの背を申し訳なさそうに眺めていた。
それからくるっと俺を振り向き、催促する様に腕を出す。
い、いや……でも、ちっとは休んだ方が……。
つっても、アロ自体がしんどそうだし魔力不足は補わねぇといけないし、魔力渡したら作業を続行するだろうなぁ……。
無理に止めんのも、なんか違う気がすっし。
うーん……。
『メシ! メシ!』
ゲ……相方が、臓物を喰い終わっちまったか。
アロは首を振って暴れる相方の方を見てから、俺の方をじっと見る。
……すいません、お願いします。
俺が尾を伸ばすと、アロが抱き着いて〖マナドレイン〗でMPを吸い出す。
しばらくして、巨大竈が完成した。
木を〖クレイ〗でコーティングする作業にそこまでの精密さは必要ないため、あっという間に終わった。
早速規模を押さえつつ、〖灼熱の息〗で竈を熱する。
竈を温度を調整した〖灼熱の息〗で数分熱した後、宙吊りになっているマスクドバードを降ろし、竈の内部へと押し込んで蓋を閉じた。
数分待ってから蓋を咥えて持ち上げ、中に入っているマスクドバードの丸焼きを取り出す。
マスクドバードの丸焼きは、マスクドバードの脂で表面がテカッていた。
意外と脂の多い魔物だったらしい。
デケェ、改めて見ると、これはデケェ。
今の俺の体格でもデケェと思える食糧はなかなかに貴重である。
ほぼ飲まず食わずで長時間飛んでいた俺にとって、腹いっぱい食える肉塊はありがたい。
おまけに脂ぎっているというのだから、文句なしで素晴らしい。
鳥臭い匂いが鼻腔を擽り、舌の奥から涎が湧き出してくる。
前足で左の太腿を掴み、強引に引き千切った。
かぶりつこうとしたとき、相方がひょいと首を伸ばして噛みつき、俺の手から奪い取った。
あ、テ、テメェ!
相方は首を上に向けて、首を曲げてマスクドバードの太腿を軽く宙に投げて器用に噛みつき直し、手際よくマスクドバードを食していく。
落ちて来た肉汁を顔で受け止めながら、幸福そうな表情を浮かべていた。
……そこまで美味そうに喰われちゃ、俺も咎める気がなくなるな。
まぁ、マスクドバードの丸焼きはまだまだある。さすがに俺の口に回ってくる分もあるだろう。
俺は相方ががっついている横で、ゆっくりと味わうことにした。
噛んだ瞬間、熱々の肉汁が口の中へと広がっていく。
うめぇ、これはうめぇ。久々にまともなもん喰った気がするぜ。欲を言えば、ここに塩が欲しいところだが……。
近くに海があるんだし、作って溜めとくのも悪くねぇかな。
舐め回していた骨をペッと吐き出してから、巨大樹の下に広がる島の様子を眺める。
今の高さからだと、島に広がる広大な森でさえ、指先で摘めそうなくらいの大きさに見える。
しかし、それでも海は圧倒的な大きさを誇っていた。
遠くには、海が一直線に切り取られたかのような巨大な滝、『世界の果て』のラインが見える。
そこから先は、視界の限りに無が広がっている。
最初にアダムを見たときにはさすがに色々と思うところがあったもんだが、ここでの生活も悪くねぇもんだな。
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