第345話

 陽の光を感じ、俺は目を覚ます。

 巣穴の入口の方から光が差し込んできている。


 ああ、もう朝になったか。

 俺は首を伸ばし、ゴキゴキと骨を軋ませる。

 俺が目を覚ますと、俺に寄り添っていたアロがぱちりと目を開いた。


 お、起こしちまったか?

 そう戸惑っていると、アロが横に首を振った。


「私、別に眠くなりません」


 そ、そうだったのか……。

 いつも寝るときには目を瞑ってじっとしているから、てっきり眠ってたんだと思ってたんだが……アレはただ身体を休めていただけで、ずっと起きていたのか。


 確かにアロの丸い大きな目は、朝だというのにぱっちりと開いている。

 寝起きといった感じではない。

 俺は木だというのに瞼を重く閉じ、幹を撓らせながら鼾を漏らすトレントさんを尻目に、巣穴の外へと出た。


『……別ニヤルコトモネーンダカラ、ンナ早クニ起キンナヨ』


 相方がダルそうに目を細めながら、俺を睨んでくる。

 ……別にこの身体もあんまし眠くならねぇんだが、相方は別なんだろうか?

 いや、んなわけはねぇはずだが。


 俺は別に目を開いてじっとしているだけでも十分な体力や疲労回復になるのでそれでもいいし、実際砂漠で生活していたときは気を抜くと玉兎が魔物に喰い殺されかねなかったのでそうしていた。

 しかし、どうにも相方はしっかりと眠らないと気が済まないようだ。

 体質というよりは性格の問題にも思えるが……。


 巣穴を出てからすぐ上の枝には、ナイトメアの蜘蛛の巣が張り巡らされている。

 ナイトメアはこちらに気が付くと降りてきて、俺を一瞥した後に真っ直ぐと相方の方へと嬉しそうに向かっていく。

 ……俺と相方は二心同体だというのに、この扱いの差はいったいなんなのか。

 相方は欠伸を上げなら大樹の下へと目を向けていたが、近づいて来るナイトメアに気が付くと、口を小さく開けて笑った。


 なんやかんや、この二体も仲良くなってんな。

 最初の頃は相方、纏わりつかれてめっちゃ嫌がってたはずなのに。

 こいつあれか、実は結構チョロイ竜か。リトヴェアル族の子供とも普通に馴染んでたしな。


 相方はじゃれついて来るナイトメアを大口を開けて出迎え、一息で丸呑みした。

 相方の口からわずかに出ているナイトメアの脚が、助けを求める様に弱々しく震えている。

 俺は何が起こったのかわからず、ぽかんと大口を開けた。

 横を歩いていたアロも俺同様に、青褪めた顔で相方の口を凝視している。


『デッケェ鳥肉!』


 相方の思念を読み取り、ようやく合点がいった。

 あいつ、寝ぼけてやがる。

 大方昨日喰ったマスクドバードの丸焼きの味が忘れられず、ローストチキンを喰う夢でも見ていたのだろう。

 俺は素早く首を撓らせ、相方の首の後ろを、斜め下から突き上げる様に頭突きをした。


「オボッ」


 相方の口から、涎塗れのナイトメアが落下する。

 逆さまで枝の上へと背を打ち付ける。

 あ、危ねぇ……噛まれでもしてたら、下手したら一発KOだぞ。無傷で済んでよかった。


 ナイトメアは糸を吐いて上方の枝にくっつけて体勢を持ち直すと、ジッと俺を睨みつける。

 な、なんだ? 文句あんのか? 俺が助けなきゃ、お前喰い殺されてたぞ今。


 ナイトメアは俺へと向けて小さく頭部を下げた後、警戒気味に相方の方へと近づいて行った。

 あ、あら、案外素直……。つーか、喰われかけたところなのに、まだ懲りねぇのな。


『肉ガ戻ッテキタ!』


 相方がひょいと首を伸ばしてナイトメアへと喰らい付き、空へと顔を上げる。

 俺は再び首を撓らせ、さっきよりも強めに相方の首の後ろへと頭突きをかました。


 俺はアロとナイトメア、トレントを連れて巨大樹から降りて、巨大樹周辺の森を歩き回った。

 アロに頼んで〖クレイ〗で大きなバケツ状の壺を作ってもらい、取っ手部分をトレントの枝へと引っ掛ける。

 〖ステータス閲覧〗で香草や喰えそうな木の実を見分けては壺に突っ込んでいった。


【〖レオルの実:価値E+〗】

【〖ビーズベリーの実:価値D-〗】

【〖ハーベル草:価値D〗】

【〖レッドホット草:価値E-〗】


 調味料として使えそうな物から、何となく目についた気に入ったもの、ちょっと価値が高かったもの、適当な基準でどんどんと集めていく。


 〖レオルの実〗は黄色でまるっこく、橙色の斑点がある。

 柑橘系らしく、ステータスの説明から察するにレモンに近そうだ。


 〖ビーズベリーの実〗は、弾力があり、栄養が豊富らしい。

 房についており、外見は葡萄に近い。


 〖バーベル草〗は、微弱な誘眠効果のある香草である。

 〖レッドホット草〗は種を撒く前に赤に変色する草であり、赤になった部分はとんでもなく辛いそうだ。

 動物に喰われないようにするための習性なのかもしれない。

 量を加減すれば、いい調味料になりそうだ。


 うしうし、順調順調。

 後は海沿いに向かって、浜辺で塩でも取っておくか。

 ここでの生活が一気に充実したものになりそうだな。


 ただ、トレントの枝がみしみしと悲鳴を上げているのが気にかかるが……本人、もとい本木は、これくらいなんでもないと涼しい顔をしている。

 つ、強がってんなら、あんま無理すんなよ?


『トリ! トリ喰イテェ! トリ!』


 相方が首を揺らしながら駄々を捏ねる。

 ……つっても、俺らが満足に喰えるほどデケェ鳥なんてほとんどいねぇからな。

 空を見ても、特に鳥なんて見当たらない。変な巨大な蠅のような虫は時折見かけるが、せいぜいそれくらいである。

 海の方で人頭鳥セイレーンの群れを見かけたが、あれはちょっと喰いたくねぇし関わりたくねぇ。

 セイレーンとアダムとイヴだけは、餓死したって喰いたくねぇ。

 下手したら人間より喰いたくねぇまである。


 因みに俺の中での喰いたくねぇランキングは、三位がセイレーン、二位がアダム、一位がイヴである。

 アダムよりエグい外見の魔物はいねぇだろうと考えていたが、イヴが悠々とそれを跳び越えて行った。

 いや、全部嫌なんだけどな勿論。


 相方には悪いが、マスクドバードのような獲物はなかなか見つからないだろう。

 俺だって、多少はエグい魔物でも諦めて喰う自信はある。

 妥協は大切だ。

 元より、俺がこの世界で一番最初に喰ったのは自分よりも一回りデケェ芋虫だった。

 人間崩れみたいな奴はさすがにゴメンだが、そこまで選り好みをするつもりはない。


 辺りを見回していると、二足歩行の筋肉隆々の牛の石像が、二本の木に挟まれて悠然と立っていた。

 腰には布が巻かれており、太い腕には長い棍棒が握りしめられている。全長三メートルといったところか。

 なかなかの迫力だ。巣に飾ってみたいところだ。

 そう古いようには思えないが……アダムが作ったのだろうか。


『オイ相方! 地面見ロ、下!』


 ……下?

 相方に急かされて、俺は前足で地面を擦る。

 草に紛れて、巨大な鳥の足跡の様なものが見つかった。


 ま、まだ近くに居そうだぞ。

 俺は必死に痕跡を探しながら、まだ見ぬ鳥の魔物を追いかけることにした。

 歩いていく最中に、奇妙な石の像をいくつか見つけた。


 巨大な狼の像はいいとして……頭部に人の顔の貼り付いた芋虫に、気味の悪い笑みを浮かべる首の三つある大亀の石像もあった。

 どうにも美的センスが狂っている様に思えてならない。

 やっぱりこれ作ったの、アダムじゃねぇのか? あいつらのセンスならこれくらい破綻していたっておかしくねぇ。

 鳥を追いかけてたらいつか接触しちまいそうだが……このまま先へ進んでいいのだろうか。


 なぁ相方、お前はどう見る……?


『トリニク! トリニク!』


 ……駄目だ、飯のことしか考えてねぇわ。

 こいつにこういう相談は、期待できねぇな。

 

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