第346話
森奥をゆっくりと散歩した先に、鳥の足跡の主……そいつはいた。
全長三メートルといったところだろうか。
真っ白な羽毛に身体は覆われており、そこからひょろりと長い、黄色の脚が伸びている。
それだけ見れば、ただの、やや痩せ気味な巨大な鶏だった。
ただ、尾の周辺から毛が剥げており、代わりに緑の鱗がびっしりと生えている。
通常の鶏よりも明らかに尾の比率が長く、鶏の頭近くにまで持ち上げられている尾先には、目と口があった。
っつうか、尾が蛇になっていた。
いや、そこまではいい。
そこまでは許せる。尾が蛇な鶏くらい、全然喰える。
そんなことは何の問題でもねぇ。
首から上が、真っ赤な目をした、皺だらけの老翁だった。
髪は、身体の羽毛同様に白い。黒目はなく、ただただ毒々しい赤の眼光を放っている。
若干首が長めなのが余計に不気味だった。
『トリニク! トリニク!』
アレ、本当に喰いてぇか!?
どう考えても、アダムと同じ枠だぞ!?
つーか何? もしかしてセイレーンの親戚の方ですか!?
鳥から人頭生やすの流行ってんの!?
老翁の口許には、明らかに犬歯としか思えない牙が生えていた。
気色悪いことこの上ない。
もしもこの世界に来て初めて見た魔物がアレだったら、俺は見た瞬間に死を覚悟していただろう。
【〖バジリスク〗:B+ランクモンスター】
【蛇の尾と鶏の身体を持つ魔物である、コカトリス系統の『最終進化』。】
【赤い瞳は強烈な石化の呪いを放つ。】
【本体の肉は強烈な毒気を持っており、近寄っただけで身体が麻痺することがある。】
そこじゃねぇだろ!?
蛇の尾とか、鶏の身体とか、どうでもいいだろ!?
なんかもっとすげぇもんが首の先から生えてんだろうが!
い、いや、コカトリス系統の共通点であって、バジリスクの身体特徴じゃないもんな。
でも絶対省くべきじゃねぇところを省いてるよな? この説明だけ聞いてバジリスク見たら、さすがの俺でもブチギレるぞ。
なんだよこの島、絶対存在しちゃいけないタイプの容姿の魔物が多すぎだろ。
よかった……一人でこんな島に来なくてよかった。
たった一人で人頭鳥と腹だけ男が闊歩する島を彷徨ってたら、絶対気が狂うわ。
もうギーヴァでも天使に見えて仲間にしてたかもしれん。
老人鶏……バジリスクの目前には、四肢を石にされた真っ黒な豹が、必死に転がっていた。
鶏は足でその動きを押さえ、腹へと喰らい付く。
黒い豹の腹から内臓を引き摺り出し、歯の隙間からだらんと垂らす。
豹は身体を跳ねさせて大きく痙攣させていたが、バジリスクが豹の体内から離れた臓物をちゅるちゅると啜り切ったところでちょうど絶命したらしく、がっくりと首を地面に倒し、動かなくなった。
バジリスクはくるくると首を回し、それから傍らの自らの尾である蛇へと顔を向ける。
蛇が、俺の居場所を密告する様にこちらを向いた。
それに続き、老人が無表情な顔をすっと俺の方へと顔を向けた。
あまりに冷酷な目だった。
頭は人の形をしているが、そこだけ切り取ってみても人間でないとはっきりわかる、あまりに冷たすぎる顔付きだった。
俺は思わず屈んで視線を避けた。
『トリニク! トリニク!』
燥ぐ要素あるかこれ?
つーか……ここに来るまで奇妙な石像を目にすると思っていたら、アイツが石化の呪いをばら撒いてたせいかよ。
さっきの様子を見るに、保存食ということだろう。
腹が減ったら、さっきの様に魔物の身体の一部を戻して食事を始めるのだ。
とりあえず、恒例のチェックから入るか……。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:バジリスク
状態:通常
Lv :88/88(MAX)
HP :655/655
MP :233/245
攻撃力:440
防御力:555
魔法力:450
素早さ:550
ランク:B+
特性スキル:
〖双頭:Lv--〗〖精神分裂:Lv--〗〖意思疎通:Lv2〗
〖闇属性:Lv--〗〖飛行:Lv1〗〖HP自動回復:Lv6〗
〖熱感知:Lv7〗〖忍び足:Lv7〗〖帯毒:Lv8〗
〖石化の魔眼:Lv6〗〖二枚舌:Lv--〗〖断末魔:Lv--〗
耐性スキル:
〖毒無効:Lv--〗〖麻痺耐性:Lv8〗〖石化無効:Lv--〗
〖即死耐性:Lv8〗〖呪い耐性:Lv7〗〖混乱耐性:Lv4〗
通常スキル:
〖啄ばむ:Lv7〗〖穢れの舌:Lv8〗〖毒毒:Lv8〗
〖ハイクイック:Lv6〗〖ハイレスト:Lv6〗〖デス:Lv6〗
〖ハイスロウ:Lv4〗〖不吉な声:Lv5〗〖金切り声:Lv6〗
称号スキル:
〖最終進化者:Lv--〗〖執念:Lv6〗
〖ポイズンマスター:Lv7〗〖災いの象徴:Lv--〗
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
B+の、最大レベル……?
あれ、でも……それにしちゃあ、ステータスが控えめなんじゃねぇか?
攻撃力、魔法力、共にそこまで高いわけじゃあねぇ。あれだったら、同クラス帯でもやや決定打に欠けるだろう。
……だが、油断はできねえ。
気になるスキルが多すぎる。
へ、下手に関わらねぇ方がよさそうだな。つーか、関わりたくねぇ。
『オイ、トリニク……』
喰えるかあんなもん!
よしんば倒しても、ただの毒の塊だわ!
〖帯毒〗が付いてんじゃねぇか!
「シャアッ!!」
バジリスクの尾の蛇が、声を上げる。
白い羽毛を、光が包んだ。光はバジリスクの身体へと溶け込むように消えていく。
あ、あれは……〖ハイクイック〗か?
つーか、尾の方が使うのか……。
魔法でドーピングされたら、スピードは追いつかれかねねぇ。
相方には悪いが、ここは逃げるのが吉……。
俺がアロの方を見ると、アロはびくりと肩を振るわせた後、観念した様に肩を狭め、ぎゅっと目を瞑った。
す、すまねぇ……。
俺は心の中で謝ってから、アロを頬張った。
それから、トレントを……あれ、トレント? トレントさん?
トレントは、何を思ったのか前に出ていた。
バッと枝を広げ、『さぁ来い!』と言わんがばかリのポーズを取っていた。
いや、無理だからな!?
進化して嬉しいのはわかるが、あんな奴の攻撃引き受けたら、生き残るどころから砕け散るから!
俺が慌ててトレントを掴もうとしたとき、バジリスク(老翁)が咆哮……いや、奇声を上げながら、こちらへと駆けて来た。
「アア、アァアアア、アアアアアァァァアァァッ!!」
耳障りな声が響き、俺も一瞬怖気づいてしまった。
速度も、速い。やや痩せた巨大な鶏の身体が、老人の頭部を伴って、物凄い速度で突っ込んでくるのだ。
俺は体格差があるにも拘わらず、思わず恐怖した。それが命取りだった。
トレントの身体が、根本の方から石へと変化していく。
トレントが慌てふためきながら枝を揺らすが、その浸食は早い。
あっという間にトレントは彫像へと変わり果ててしまった。
ト、トレントさん!?
う、嘘だろこれ、元に戻るのか!?
俺が戸惑っている間にもどんどんとバジリスクは距離を詰めてくる。
「ガァッ!」
相方が吠えると、トレントを穏やかな光が包む。
〖ホーリー〗の魔法だろう。
だが、彫像と化したトレントに変化はない。
『ダ、ダメダッタ……。悪イ……』
相方が項垂れる。
鶏肉が食べたいと言っていたことを悔いているようだった。
しかし、それは逃走が遅れた俺の判断ミスだ。
ど、どうしたら……まさか、ずっとこのままなんて……。
いや、バジリスクが石化させた魔物を保存食扱いしているのであれば……元に戻す力も持っているはずだ。
アイツを無力化して、どうにか使わせるしかない。
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