第323話

 『飢えた狩人』のトップは死んだ。

 部隊もほとんどが壊滅し、残った部下も逃げ始めている。

 ようやくこれで、リトヴェアル族の集落の危機は去ったはずだ。


 雨風が森に放たれた火を消していく様を、俺はしばし眺めていた。

 この様子ならばじきに完全に鎮火するだろう。

 俺は集落の方を振り返り、小さく溜め息を吐いた。


 結局……また出ていくことになっちまうか。

 アロは、どうするだろうか。急に俺が出ていくと聞いたら、怒ったり、悲しんだり、するだろうか。

 アロはこの集落に、何か未練があるようだった。それが何かはわからないが、きっとそれを見届けずにアロがここを去ることはないだろう。

 アロともここでお別れか。


 集落全体には上手く説明できないし、引き留められそうな気もすっけど……巫女くらいには、話を通しておかねぇとな。


 集落の方へと向けた首を元の位置に戻したとき、ララグウルフの姿が視界に入った。

 ララグウルフは火が小さくなっていくのを目を細めながら眺めていたが、俺の目に気が付くとこちらへと振り返った。


『ソウカ、ココヲ去ルカ。二ツ首ノ竜ヨ』


 おおう……そうかこいつら、合体したら〖念話〗を使えるようになんのか。

 悪いな、身勝手に暴れて、勝手に出ていくみたいで。


『オ前ガオラネバ、コノ森ハ奴ラニ焼カレテイタデアロウ。我ラノ命モナカッタハズダ』


 畏れ神って呼ばれていたくらいだからもっと高圧的なのかと思っていたが、そういうわけではなさそうだ。

 それならばと思い、俺は少し頼みごとをしてみることにした。


 俺が離れてからも、リトヴェアル族をこれからもよろしく頼む。

 また、何が起きるかわからねぇからな。


『……我ラハ、森ニ害ヲ成ス者ヲ排除スルノミ。奴ラニ、サシテ興味ハナイ。勝手ニ人間共ガ我ラヲ畏レ、好キナ名デ我ラヲ呼ブダケノコト』


 んでも、前に会ったとき、俺をもう片っぽの集落へと案内してくれたよな。

 結果としてはあのお陰でマンティコアへと早めにトドメを刺すことができたし、あっちの住人との話を上手く進めて和解へ持っていくことだってできたんだが……あれは、ただの偶然なのか?

 お前達なりに、リトヴェアル族を見守ってくれていたんじゃあないのか?


『……アマリ期待ヲサレテモ困ルゾ。我ラガ第一ニ守ルノハコノ森ノ木々ダ。ソレニ、我ラデハ、アノ人間共ガ万全デアレバ、殺サレテオッタデアロウ』


 ああ、それで充分だ。

 短い間だったが、今までありがとうな。


『コチラコソ、感謝スル。怪シイ邪竜ダト思ッテ見張ッテオッタガ、森ヲ救ワレルトハナ』


 ……や、やっぱり見張ってたんだな。

 ああ、うん、まぁ、いいんだけどよ。


 ララグウルフは話が終わると、ちらりと俺が転がってきた方向へと目を向ける。

 俺が薙ぎ倒してきた木々の道ができていた。

 ララグウルフは前足でポリポリと首元を掻き、俺の方をじろりとにらんだ。


 い、急ぎだったから……仕方ねぇっつうか……。

 ご、ごめんなさい。


 ララグルフは俺が頭を下げるのを見ると、笑う様に喉を鳴らした。

 それから俺へと背を向け、森の深くへと消えて行った。 


 ……俺もまだ、やっておかねぇといけないことがある。

 この騒動で目を向けられるのはリトヴェアル族ではなく俺になるはずだが、保険は少しでも多いに越したことはない。


 俺は自分が〖転がる〗で作った道の前に立ち、それからちらりとララグウルフの去っていった方へと目を向けてから、〖転がる〗での移動を始めた。

 ……こ、これはもう倒れてるから、セーフだよな。


 俺とアザレアが交戦した洞窟前へと到着したとき、雨はやや勢いを落とし始めていた。

 まだ雨は絶え間なく降り注いでいるものの、少なくとも風はない。

 空の厚い雲は相変わらずだが、その内に落ち着いていくのではないだろうか。


 俺は獣人の剣士、ネルを捜す。

 俺が去ったときは昏睡していたはずだが、先ほどの場所には既にいない。

 リトヴェアル族の子供が集落まで連れ帰っちまったんじゃなかろうかと考えながら捜していると、アザレアの死体の前でしゃがみ込んでいるネルの姿があった。


 ネルは俺の姿を見ると、顔を服の袖で拭ってから剣を拾い、起き上がった。

 俺がネルを殺しに戻って来たと考えているようだ。

 だが武器こそ構えているが、表情に既に戦意はない。


 片肩は岩に圧されて負傷したらしく、血が溢れている。

 流れた血で右目が塞がっており、視界も狭いようだ。立っているのがやっと、というふうに見えた。


 俺は〖人化の術〗を使い、ドラゴンから人の姿へと変わる。

 ネルは面食らったように目を見開くが、アザレアの死体を尻目に見た後、剣を振るいながら俺へと向かってきた。

 俺は背を屈めて接近し、手刀で剣の柄を叩いて弾いた。

 ネルの身体は後方に飛び、そのまま背を洞窟の壁に打ち付け、その場に倒れた。


「死ぬつもりで飛び込んできたつもりだろうが、安心しろ、殺しはしねぇよ」


 ネルは地面で座り込んだまま肩で息をするばかりで、何も答えない。

 俺が喋ることができるとは、思ってもみなかったのかもしれねぇ。少し驚いているようだった。


「お前は子供を助けるために身体を張ってたからな。他の奴は知らねぇが、お前は信用できる。頼みごとがあんだよ。人里に戻ったら、リトヴェアル族が旅人を襲ってたのは、ウロボロスから生贄を要求されていたからだって、そう伝えてほしい」


「…………え?」


 ネルがぽかんと口を開き、小声でそう零した。

 俺は辺りを見回し、遠くに小さく見える山を指差した。


「……そうだな。そんでウロボロスは、あっちの、遥か北の方へ行ったって、そう伝えてくれ。ひょっとしたらそっからまた動くかもしれねぇけど……まぁ、なるべく姿は晒して移動すっから、そっちは心配ねぇか」


 これが上手くいけば、生贄騒動や此度の戦いによってリトヴェアル族に向けられていたであろう憎しみを、俺へと集中させることができる。

 逃げた兵のほとんどが、暴れて同僚を殺す俺を目にしているはずだ。

 ネル自身の影響力が低かろうと、信憑性は充分だろう。


「どど、どうして……? あなたは、いったい……」


 ネルが動揺を露にしながら立ち上がろうとし、膝を押さえながら再びしゃがみ込んだ。


「俺なら、どう攻め込まれようがいくらでも逃げられっからな。それじゃあ、生きて帰って、しっかり伝えてくれよ」


 俺はネルから距離を取り、〖人化の術〗を解除した。

 俺の身体が膨れ上がり、もう一つの頭が生えてくる。

 あっという間に双頭竜の姿へと戻った。


 相方をちらりと見ると、相方は溜め息を吐きながら首を小さく振った後、ネルの方へと目を向けた。


「ガアッ!」


 相方が〖ハイレスト〗を使い、ネルの身体の怪我を癒す。

 さっきのときはMP不足でしっかりとは回復させられなかったが、これで大丈夫だろう。

 ネルのステータスは普通に高い。万全ならば、道中で魔物に殺されるともなかろう。


 呆然と俺の背を見るネルを置き去りにし、俺は集落の方へと向かった。

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