第322話

 『転がる』で辿り着いた先は、とんでもねぇことになっていた。


 木々が燃えながら倒れていく中、雨風が横殴りに吹き付ける。

 逃げ惑う兵達の姿の中、俺を目前にしたトールマンが呆然とその場に蹲っていた。


 いや……それよりも、トールマンを挟んで向こう側にいる、俺よりも一回り小さい程度の、大柄の獣の方が気になった。


 エメラルド色に光り輝く毛皮、額に嵌められた特大の宝石、そして鬼のように険しい顔つきをしていた。

全体的な姿としては、犬や狼に近い。


 これが奴らの目的であった、輝く獣なのだろう。

 どうやら輝く獣を誘き出したはいいが、対処しきれずに兵達が散り散りになって逃げているようだ。


 輝く獣は俺をちらりと睨むと、興味なさげに目先をトールマンへと戻した。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ララグウルフ

状態:合体、憤怒(大)

Lv :70/80

HP :488/488

MP :301/301

攻撃力:272

防御力:265

魔法力:363

素早さ:267

ランク:B


特性スキル:

〖経験値取得不可:Lv--〗〖合成体:Lv--〗〖状態異常軽減:Lv7〗

〖HP自動回復:Lv4〗〖気配感知:Lv5〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv4〗〖魔法耐性:Lv4〗〖毒耐性:Lv8〗

〖麻痺耐性:Lv8〗〖混乱耐性:Lv8〗〖睡魔耐性:Lv8〗

〖呪い耐性:Lv8〗〖石化耐性:Lv8〗〖即死耐性:Lv8〗

〖魅了耐性:Lv8〗〖暗闇耐性:Lv8〗〖弱体耐性:Lv8〗


通常スキル:

〖ライフドレイン:Lv4〗〖マナドレイン:Lv4〗〖念話:Lv2〗

〖噛みつく:Lv5〗〖咆哮:Lv2〗〖自己再生:Lv6〗

〖地響き:Lv5〗〖雨乞い:LvMAX〗〖暴風:LvMAX〗


称号スキル:

〖畏れ神:Lv--〗〖森の番人:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 ララグウルフ? 合体?

 ひょっとしてこれって、え、ラ、ララン……?


【〖ララグウルフ〗:Bランクモンスター】

【〖ララン〗は木の魔力を吸うが、通常は決して枯らすことはない。】

【しかし森に危機が迫れば木の魔力を枯れるまで吸い上げ、その魔力を用いて他の個体と合体し、〖ララグウルフ〗となって雨を降らして火を消し、外敵があれば命を懸けて滅ぼそうとする。】

【嵐を呼び、地を揺るがすことから、災害を司る神獣と見なされることも多い。】


 こ、これがあのラランなのか?


 つうことは、一度怒ってリトヴェアル族の集落を破壊したのも、この獣の姿を使ったんだろうか。

 怒ったら無差別に攻撃を行うタイプなのかもしれねぇ。


 俺はララグウルフへの警戒を強め、こちらからやや敵意を向けて睨みつけてみた。

 が、ララグウルフは何ら反応を示さない。


 思えばリトヴェアル族で聞いた話も、怒って村を土砂崩れで半壊させたことがあるという内容であった。

 ラランは火を消すために雨を呼び、結果として土砂崩れが起きただけだったのかもしれねぇ。


「アザレアー! アザレアー! どこだ、どこにおる! 吾輩を助けるのだ! アザレアー! 早くこっちへ来い! どこにおるのだ、アザレアアアッ!」


 俺は声の方へと目線を下げる。

 トールマンは声を振り絞りながら叫んでいた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖トールマン・ドーンゴーンノフ〗

種族:アース・ヒューマ

状態:通常

Lv :25/45

HP :41/95

MP :56/56

攻撃力:99+81

防御力:70+55

魔法力:41

素早さ:76


装備:

手:〖グリムサーベル:A‐〗

体:〖ミスリルの胸当て:B〗


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv7〗〖剣士の才:Lv5〗


耐性スキル:

〖斬撃耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖レスト:Lv1〗〖剣舞:Lv2〗


称号スキル:

〖ドーンゴーンノフ侯爵家:Lv--〗〖寄生Lv上げ:Lv4〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 トールマン・ドーンゴーンノフ……侯爵、こんな奴がか。

 何にせよ、こいつが敵の頭と見て間違いねぇだろう。

 大して戦力もねぇのに偉そうにしてたんだし、何よりどうにも爵位持ちらしい。


 俺がゆっくりと前足を持ち上げると、トールマンは目を見開き、顔を真っ青に染めた。


「ひ、ひぃ! 止めろ、止めろおっ! 吾輩は、吾輩はこんなところで死んでいい男ではないのだ! アザレア、殺せ! ウロボロスを殺せぇっ! アザレアアアッ!」


 俺はトールマンのすぐ上まで足を持っていき、そこで動きを止めた。

 トールマンは雨と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、泥の上を這いずって俺から距離を取る。


「ハァー! ハァー! アザレア、アザレアアッ!」


『……コンナクズデモ、躊躇ウノカヨ?』


 相方が横目で俺を睨む。


 ……そうじゃねぇ。

 ただ、ずっと悩んでいたことがある。

 本当に、こいつらを追い返せばリトヴェアル族達の平穏が戻ってくんのか、どうかって。


『…………』


 トールマンは俺の様子を見て活路を見出したのか、強張った顔の筋肉を震わせながら、裏返った声で大きく叫んだ。


「そ、そうだ! 吾輩を殺せば、アーデジア王国が黙ってはおらんぞ! 国中の、いや周辺国の者共すべてが、貴様の命を狙うと思え! 吾輩の私兵団を壊滅させた邪竜を危険視せん者はおらんからな! この一大事はすぐに知れ渡ると思え! どこに逃げようが無駄なことよ! 貴様がどれほど強かろうが、いずれは勇者や聖女が貴様を討つ! 必ずだ!」


 ……勇者ってのがハレナエのアイツのことなら、とっくに俺が倒した後なんだが、そんことはまだ伝えられてねぇんだろうか。

 情報規制が敷かれてるのかもしんねぇし、そもそも勇者がどういう者を示すのかもわかってねぇから、なんとも言えねぇけど。


「だ、だが、ここで吾輩を見逃すというのならば、此度のことはただの事故であったとして、黙ってやっても構わん! 他の兵はどうなってもよい! あんな奴ら、いくらでも替えの利く存在よ! だが、吾輩は死ぬわけにはいかんのだ! 吾輩は、吾輩は、アーデジア王国の王になる男……!」


 トールマンは大きく身振り手振りを動かしながら、必死に俺へと呼び掛けてくる。

 言葉が通じるか否かわからないので、仕草でどうにか伝わらないかと考えているのかもしれなかった。


 トールマンの言った通り、俺が戦いながらずっと懸念していたのはその点であった。

 トールマンが大物であればあるほど、その死の影響力は大きい。それは、それ自体が情報として大きな意味を持つということもである。

 ただドラゴンに数十名が敗れたというだけではなく、この一件は詳細まで広い範囲に知らされることになるはずだ。


 トールマンを殺してもいいのかどうかも、この一件を知った者達がどういうふうに捉えるのか、その認識に掛かっていた。

 今のトールマンの言葉で、俺が取るべき道は見えた。

 俺はその場から一歩、大きく退いた。


 トールマンは頭を抱えてしゃがみ込んでいたが、恐る恐ると頭を上げて、強張った顔つきのまま口を大きく開けて笑った。

 トールマンは後ろのララグウルフをちらりと見た後、ララグウルフから逃げるように俺へと向かって走って来た。


「そそ、そうだ! ウ、ウロボロスよ、アレを殺して吾輩に……!」


 俺は翼で風を送り出し、それを前足の爪に伝わせて〖鎌鼬〗を放った。


「……えっ」


 トールマンの身体が風の刃に引き裂かれ、首から上が綺麗に跳んだ。

 トールマンの顔は驚愕の表情のまま固まっていた。やがて頭部が地面に打ち付けられる。


 俺が危険視していたのは、リトヴェアル族が恐れられ、滅ぼされることだった。

 だが今のトールマンの話し振りからして、まるでリトヴェアル族への関心がないようだった。

 邪竜に比べれば可愛いものだ、という認識なのだろう。

 事実、今回の〖飢えた狩人〗によるリトヴェアル族への攻撃も、恨みや恐怖ではなく、トールマンの私利私欲のようであった。

 俺が出て行ったことさえ周知することができれば、リトヴェアル族がこの一件のせいで他所からの攻撃を受ける恐れは、そうないだろう。


 ここで残ってリトヴェアル族を守るということも考えたが、俺がいる以上、どこかしらから目を付けられて絶えず戦力が投入されることは目に見えている。

 今回の一件は暴れすぎた。取り逃がした〖飢えた狩人〗の残党も多い。

 俺の存在も恐らく広範囲へと知れ渡ることになる。


 俺ならば集落の存亡を守ることはできるだろうが、被害を一切出さないということは難しい。

 俺のせいでここを再び戦地にするわけにはいかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る