第89話
「ガァッ!」
俺は声を上げて鳴き、黒蜥蜴に退くよう命じる。
黒蜥蜴は無言のまま頷き、〖転がる〗で俺とスライムから一旦距離を取る。
少し離れた木の陰へと隠れた。
スライムには感知があるから隠れても……いや、一応〖クレイガン〗の軌道を読み辛くすることはできるか。
正直なところ、あいつ相手に効果あんのかどうか全然わかんねぇけど。
〖クレイガン〗でHP削るのは諦めるにしても、隙作ることさえできてねぇ気がする。
一応避けてはくれてっけど、あれ、余裕あるから一応避けとくかって感じがするんだよな。
俺が〖星落とし〗で崖底に叩き込んでも平然と登ってきたことを考えると、正直これ以上は試せる手自体ほとんどねぇ。
頼みの綱は黒蜥蜴の〖特殊毒〗くらいだ。
上手く隙を突き、黒蜥蜴がスライムに毒攻撃をくらわせてくれるのを待つしかねぇ。
つっても、黒蜥蜴は俺と比べて防御力もHPも低い。
俺の鱗さえ貫通して来るスキルを持ってやがるスライム相手に、迂闊に近づかせるわけにはいかねぇ。
〖毒毒〗の毒煙だって、スライムの間合ギリギリまで入ってから射出する必要がある。
スライムは速さはないが、動きがトリッキー過ぎる。
変身能力を使って、俺と黒蜥蜴の意表を突きに来ることも考えられる。
それに即座に対処できるかどうか、あんまし自信はねぇ。
さっきだって、俺の盲点を突くために抱き合ってる二人の子供に化けやがったんだから。
それにスライムが〖特殊毒〗に対し、そこまで警戒心を抱いていなさそうなのが気になる。
単に〖特殊毒〗を知らず、〖毒耐性〗を得て慢心しているだけならいいのだが、あの膨大なスキルの中に〖特殊毒〗に対処できるものがあるのっつう話なのかもしれねぇ。
つっても、今はスライムに〖特殊毒〗が効くって方に賭けるしかねぇんだけどさ。
「君が退いてくれないっていうのなら、いいさ。でも、後悔しない?」
スライムは言いながら、蟷螂のような両腕の大鎌を振り上げる。
大鎌が赤く光ったかと思うと、炎に包まれた。
「〖火炎斬〗からの、〖衝撃波〗ァッ!」
スライムは俺を無視し、見当違いな方へと鎌を振るい、炎の衝撃波を飛ばす。
そこには黒蜥蜴が隠れていたらしく、〖転がる〗で逃げ出して移動する黒蜥蜴の姿が見えた。
炎の衝撃波は木に当たると小さな爆発を起こして木の根を抉り、衝撃波の爆風が炎を掻き消した。
一瞬遅れ、木が倒れる。
「器用だろ? 合わせると、威力が跳ね上がるんだ。僕の身体は人間やドラゴンと違って柔軟だからさ、こんなこともできちゃうんだ」
言いながら、再びスライムは両腕を振り上げ、素早く俺へと何度も宙を切る。
幾多もの炎の衝撃波が、俺を目掛けて飛んでくる。
MPの上がり下がりを見るに、こいつMPの回復量も結構速い。
ステータス低いからまだ相手できてっけど、ちょっとこれチート過ぎんだろ。
このまま生き続けてじゃんじゃんスキル拾ってLv上げ続けてたら、本当に天井知らずに強くなってくぞこいつ。
俺は翼を伸ばして正面を覆い、炎の衝撃波へと特攻する。
最小限だけ躱してスピードを最優先で突っ走る。
翼に触れた衝撃波が爆風を巻き起こす。
が、俺の鱗を通しはしない。
ちっとダメージはくらうが、しっかり防いでりゃさして被害はデカくねぇ。
「ステータス差活かしてダメージ覚悟かぁ。僕、数値以上にタフだから、しっかり避けといた方が良かったと思うけど?」
翼の合間からスライムを確認する。
蜘蛛の下半身が大きな口を開け、半透明で薄緑の糸を俺へと射出するところだった。
ほんっとになんでもアリだな。
地を蹴って低空飛行し、糸を回避しつつスライムへと飛び掛かる。
ガードのなくなった俺目掛けて飛んでくる炎を纏った衝撃波を、爪で強引に弾き飛ばす。
蜘蛛の下半身と人間の上半身を切り離してやる。
俺が腕を大きく振るうと、人間の上半身の左腹を中心にぼこりと奇妙に膨れ上がり、甲羅のような形状に変化した。
そのまま甲羅の部分に色がついていき、よりリアルな大きな亀の甲羅へと変化した。
腕を止めきれず、俺はそのまま甲羅の部分へと鉤爪を突き立てる。
甲羅に大きく線が引かれて裂け目ができるも、爪への反動もデカかった。
爪が折れたかと錯覚してしまうような痛みが走り、俺は思わず腕を引っ込める。
スライムはその隙に蜘蛛の多足をせわしなく動かし、大きく後退していく。
くそっ! 特性スキルに〖亀の甲羅〗らしきものがあったな。
こんな使い方してくんのかよ!
スライムは間合いを取ったところで足を止め、にんまりと笑う。
甲羅が縮小していき身体に呑まれていき、今つけたばかりの傷口が塞がって行く。
「無駄だって、わかんないかなぁ。そろそろ撤退したらどう? 僕、君達追い掛けるだけの速さはないし、こっちが追い詰めても逃げられちゃいそうだし、戦う気もないんだけど」
退く様子のない俺を再確認してから、スライムは首をごきりと傾ける。
人間の口から、だらりと舌が垂れた。
それはどんどん伸びて行き、地にまで着く。
地面がジュウッと音を立て、舌の触れた土から煙が上がる。
今度は〖痺れ麻痺舌〗か。相当スキルLv上げてやがるなありゃ。
使い勝手の悪いスキルでも、身体を自在に変形させられるこいつが使えば、いくらでも応用が利くってわけだ。
スライムは長い舌を垂らしたまま、大きくを息を吸い込む。
黒い霧がスライム周辺を覆う。
あんなのやったら、あいつ自身も視界が……と思ったが、〖暗視〗の特性スキルまで持ってやがったな。
普通の霧じゃなくて、ありゃ多分、光を遮る薄い魔力だ。
〖暗視〗さんの出番というわけか。
黒霧から一旦出るか?
いや、足音で居場所は把握できる。
俺は手足と尻尾、翼を折り畳み、スライムの足音へと〖転がる〗で突進する。
鞭のようなものが、俺の身体をぶっ叩く。
恐らくスライムの人工舌だろう。鱗は無事だ、麻痺にゃならねぇ。
俺は止まらず速度を上げ、スライムと衝突する。
衝突した瞬間、俺は身体の向きを大きく右に捻じってスライムの飛ぶ方向をコントロールする。
狙い通り、スライムは断片を飛ばしながら右へと大きく吹っ飛んだ。
「……ちぃ、うざったい」
スライムは身体を起こすのが面倒くさかったのか、一度形を崩し、起き上がっている体勢へと作り変える。
「どうせ負けないと思って適当に相手してやるつもりだったけど、面倒臭くなってきたよ僕。そろそろ君、本当に後悔するよ」
スライムは俺を睨みながら、頭部を再生させていく。
そのスライムの背後に飛び掛かる、黒蜥蜴の姿が見えた。
どうやらスライムは俺に注意を向けすぎていて、しばらく手を出していなかった黒蜥蜴への感知が疎かになっていたらしい。
気付くのが遅かった。
「なぁっ! だから、こっちの方向に僕を飛ばしたのか!」
スライムが、腕の鎌を振るって黒蜥蜴を迎え撃とうとする。
思ったよりもスライムの動きが早い。
もうちょっと殴り合って、完全に意識を俺に向けてから黒蜥蜴の方へと飛ばすべきだったか。
今回の攻撃は駄目だ。
黒蜥蜴には一旦退いてもらって、また好機を……と考えていたが、黒蜥蜴は、避けられたはずのスライムの一撃をまともに身体で受け止めた。
「キシィッ!」
鳴き声を上げながら、地に落ちる黒蜥蜴。
な、なんでだ?
黒蜥蜴の速さなら、さっきの攻撃を避けるくらい簡単なはずなのに。
「ガァァァッ!」
俺は吠えながら、黒蜥蜴へと向かって走る。
「あーあ、だから僕は、わざわざ忠告までしてあげたのに」
スライムは言いながら、黒蜥蜴を見下ろして腕の鎌を再度振り上げる。
勿体ぶるようにゆっくりと狙いをつけ、そしてそのまま、力なく、上げた腕を降ろした。
「こ、この毒……ク、クソ! しっかり耐性上げてたのに、なんで!」
スライムの半透明の腕の中に、黒い靄のようなものが広がって行くのが見えた。
黒蜥蜴の特殊毒だ。
スライムから攻撃をくらう瞬間、腕に噛みつくか引っ掻くかしたらしい。
黒蜥蜴は確実に毒攻撃当てるため、あえてスライムの攻撃を避けなかったのか。
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