第472話
俺はトレントと共に、巨大な豆の樹擬きへと接近する。
あの下にトロル・マンドラゴラが眠っているはずだ。
トレントは根を足の様に持ち上げ、音を立てない様に慎重に慎重に歩いていた。
あまり戦闘の機会がねぇから緊張しているんだろう。
俺が気にせず地を鳴らして歩くと、トレントは幹を左右に逸らしてあたふたとしていた。
他のメンバーの位置も確認する。
もしかしたらここにフェンリルの様な魔物が入り込んでくることも考えられる。
そのときは、真っ先に俺がカバーに入る必要がある。
とぼとぼと歩くアロの肩を、ナイトメアが励ますようにトントンと叩いていた。
あいつら、何気に仲いいな。ペアで行動してることも何かと多かったからな。
ナイトメアめ、俺とトレントさんには冷たい癖に……あれ、俺、ナイトメアからトレントさんと同じ枠で見られてるのか?
え、そうなるのか?
俺が首を傾げていると、トレントが眼孔で俺を睨みつけていた。
い、いや、別に嫌とか、そういうわけで言ってるんじゃないからな!
ヴォルクと黒蜥蜴ペアも確認しておく。
「どうしたぁっ! 今の隙を何故突かぬ! 奴の注意は、我に引き付けている! 隙だらけではないか!」
ヴォルクがトロル・マンドラゴラの振り下ろす根の腕を剣で捌き、黒蜥蜴に怒鳴っていた。
気、気が早えよ‥…いつの間に掘り起こしてたんだあいつ。
「早く攻めぬか! どうしたのだ!」
「キ……キシ……」
黒蜥蜴が、助けを求める様に俺を向く。
『な、なぁ、ヴォルク……もうちょっと優しく……』
「何を戯けたことを言っておるイルシアァ! リリクシーラは、我やトロル・マンドラゴラ程甘くはないぞ! 訓練で甘やかして実践で殺すつもりか!?」
う、うぐ……いや、言ってることは正しいし、わかるんだけども……。
俺は黒蜥蜴に目を向け、小さく頭を下げる。
『そ、その、頑張ってくれ……』
「キシィ……」
黒蜥蜴がか細い声で鳴いた。
だ、大丈夫だ、お前はやればできる!
トレントが身体を完全に静止させ、吠えるヴォルクと小さくなる黒蜥蜴を観察していた。
『あ、主殿……我々も、あれをやるのですか?』
トレントさんが流暢に俺へと〖念話〗を送ってくる。
ほらな、こいつペラペラに喋れるじゃねぇか。俺は薄っすら気が付いていたぞ。
『ああ、とりあえず初撃を頼む。今のうちにダメージを稼いでおけ』
俺は前方に生える、巨大な豆の樹擬きへと目を向ける。
トレントはそうっと接近し、枝の先で豆の樹の枝を突き、一人でぶるりと震えていた。
い、いや、もっと距離開けていいから、お前便利な魔法スキルそれなりに持ってただろうが。
トレントは少し引き下がり、ぐぐっと幹を張る。
トレントの身体を光が包む。
……これ、『フィジカルバリア』だな。
一応物理防御上げに掛かったか。
そんなビビらなくても……いざとなったら、俺が〖次元爪〗連撃ですぐに仕留められるだろうし……。
ちらりとアロとナイトメアを確認する。
アロとナイトメアは、トロル・マンドラゴラが出てくる前に〖未練の縄〗の土の腕で押さえ付け、〖蜘蛛の糸〗で雁字搦めにしていたようだった。
土から頭を出したトロル・マンドラゴラが、それ以上地から出ることができず、もがいていた。
無数の土の腕が、ぐいぐいとトロル・マンドラゴラを押し戻す。
トロル・マンドラゴラがもがいている間に、アロとナイトメアが同時に〖ダークスフィア〗を放ち、確実に頭部を破壊していく。
すぐにトロル・マンドラゴラがぐったりとし、動かなくなった。
にこやかにアロがナイトメアの許へと走っていき、ハイタッチをせがむ。
ナイトメアは面倒臭そうにアロから目を逸らして次の獲物を探していたが、アロが腕を伸ばしたままナイトメアをじっと見ていると、やがて諦めたのか前の腕を伸ばして疑似ハイタッチをやっていた。
あ、あいつら、えげつねぇ上に戦法がマッチしてやがる……。
普段から仲いいわけだ。意外なところで気が合うのかもしれん。
こうしてはいられない。
トレントさん、俺達もとっとと一体目を狩らないといけねぇぞ。
トレントは堅い動きで俺に頷くと、土の球体を頭上に浮かべ、豆の樹擬きへと放つ。
トレントの得意スキル〖クレイスフィア〗である。
豆の樹擬きの枝が折れるも、まるで反応がない。
……攻撃だと、見なされていない? い、いや、そんなことはないはずだ。
『トレント……もう一発だ!』
『は、はい主殿!』
二発目の土の球体が豆の樹に直撃する。
今度は豆の樹が大きく軋んだ。
さすがに反応するだろうと踏んでいたのだが、今回も全く反応がなかった。
……まさか、あの植物を攻撃しても、ダメージは通らねぇのか?
【グリングリンズ:価値C】
【全体が真緑色の、可愛らしい花をつける樹。】
【加工しやすく、高い魔力を秘めているため、杖に重宝される。】
【ただ乱獲が進んでおり、世界から急速に数を減らしている。】
【……人が足を踏み入れない秘境には残っているが、そこまで危険を冒して手に入れるものでもないため、放置されがちである。】
【〖ゴブリン・マンドラゴラ〗の樹と外観が同一であるためか、〖グリングリンズ〗の生えている元に〖ゴブリン・マンドラゴラ〗が生息しやすいという噂がある。】
紛いもんじゃねぇか!
スカ踏まされちまった! もうちっと調べればよかった!
だ、だって俺、こんなの知らなかったし!
トレントさんは幹を傾げながら、三発目の〖クレイスフィア〗を宙へと浮かべていた。
『わ、悪いトレントさん、それ、偽物だった!』
三発目の〖クレイスフィア〗が、グリングリンズをついに薙ぎ倒した。
『……主殿、今のお話は』
トレントが俺に背を向けたまま呟く。
『わ、悪い、調べればわかっていたことだったんだが、その……つ、次から気をつけるわ! ほ、ほら、あそこに、トロル・マンドラゴラっぽいのが生えているから、行ってみようぜ!』
俺がそう言って進み出したとき、アロとナイトメアは二体目のトロル・マンドラゴラに手を掛けており、黒蜥蜴も死闘の末にどうにかトロル・マンドラゴラを倒し、息を荒げながら横になっているところだった。
は、早くあのペースに追いつかねぇとな……。
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