第471話

 洞窟に戻った俺は、アロ達へとレベリングに適した地を見つけたことを伝え、そこへ向かう様に提案した。


「ほう……トロル・マンドラゴラの巣があったのか。珍しいな」


 ヴォルクが呟く。

 ヴォルクから見ても、トロル・マンドラゴラは珍しいらしい。


『知っているんだな』


「ああ、価値が高いが、希少な上に凶暴でな。よく己の実力を見誤った冒険者が命を落とすことが多い。オーガ・マンドラゴラの間に狩られる事が常である」


 ……オーガ・マンドラゴラ……?

 俺は見たことがなかったが、恐らく進化前の形態なのだろう。

 さすがこの世界で二十年、三十年生きて来ただけのことはある。


「少々我には手応えのない相手だが、付き添ってやろう」


 さ、さすが、フェンリル相手に普通に勝ちやがったヴォルクが言うと心強い。

 トロル・マンドラゴラ相手でも、今のアロ達では少々苦戦を強いられる。

 いや、アロなら上手く立ち回れば一人でも倒せるかもしれないが、トレントさん、ナイトメア、黒蜥蜴にはまだまだ厳しい。

 ヴォルクが第二の補佐に入ってくれるのならばありがたい。


 俺はアロ達を背に乗せ、ヴォルクとマギアタイト爺には歩いて後方を警戒してもらうことにし、霧の森を通った。

 今回はMPを残す意味合いもあり、俺が既にレベルが上がったことと、そもそも大所帯なので俺一人気配を消しても意味が薄いということで〖竜の鏡〗は使ってはいない。


 この〖竜の鏡〗で自分以外の姿を隠したり、変形させたりして使うのは難しそうだった。

 他のスキル……〖ミラージュ〗でアロ達を隠すことはできそうだったのだが、やはり全員をカバーし続けようと思うと、MPの消耗はあまりに激しい。

 行き帰りをずっと継続するのは難しいと判断した。


 しかし、今回は幸いにも、崖壁沿いに来るまでは他の魔物と接触する様な場面はなかった。

 俺がさっき通ったばかりだから、ということもあるかもしれないが、それを差し引いて考えても運がよかった。

 もっとも、フェンリル程度ならば、前回同様に〖グラビティ〗を放ち、距離を取ったまま一方的に倒すという戦法も取ることはできるのだが。


 俺はヴォルクとマギアタイト爺も乗せて大きく飛翔し、崖壁を乗り越えて内側へと入った。

 壁の内側ギリギリで降り立つ。

 俺は背を屈め、アロ達をその場に降ろした。


 アロは【Lv:39/85】、ナイトメアは【Lv:29/70】、トレントは【Lv:15/60】、マギアタイトは【Lv:55/70】、黒蜥蜴は【Lv:26/55】となっている。

 できれば……黒蜥蜴とトレントを、どうにか今回で進化まで持っていきたいところだ。

 いや、トレントさんは圧倒的に機動力に欠けるのが本当に難点ではあるのだが……。


 ヴォルクは最大レベルに近い上に、突然進化して翼が生えたりはしないだろうと思うので、レベル上げを行うメリットはあまりない。

 今回は、補佐に徹してもらおう。


『つーわけで……今回は、黒蜥蜴に結構頑張ってもらいてぇんだが……できるか? 勿論、俺も最大限にフォローする。リリクシーラから逃げ回れるくらいには、ステータスを上げておいて欲しいんだ。あいつがどんな手を取ってくるか、俺には考えるだけで怖ぇよ』


「キシ……」


 黒蜥蜴が少し寂しそうに、こくりと頷いた。


 俺にはわかる。俺と黒蜥蜴は、かつては肩を並べて戦っていた戦友だったのだ。

 だが、今は伝説級モンスター〖オネイロス〗と、C級モンスター〖ベネム・クインレチェルタ〗である。

 俺が逆だったとしても、辛いだろう。

 いつの間にか三階級の差がついていたのだ。


「トロル・マンドラゴラか……。マギアタイトには我が剣になってもらうとして、ちょうど六……これを三組に分ければ、充分安全に狩りに当たることができるだろう。無論、想定外の敵も考慮すべきだろうがな」


 ぴくりと、アロと黒蜥蜴が反応を示した。


 確かに組み分けは妥当なところだ。

 七体掛かりで一体のマンドラゴラに掛かっても、経験値を取得できる面子が偏ってしまうだろう。

 もっと具体的にいえば、トレントさんのレベルはきっと上がらない。


「ウロボロス……いや、今はオネイロスであったな」


『……呼び名が変わると違和感しかねぇな。イルシアでいいぞ、この先も進化しねぇっつう保証はねぇんだしな』


「む……それがお前の名なのか?」


 ヴォルクが意外そうに言う。

 そういや、ヴォルクには伝えたことなかったか?


「なかなか残酷な名を……いや、お前らしいといえばそうなのかもしれぬな」


 ヴォルクが軽く笑う。


『い、いや、昔の俺はもっと可愛らしかったから』


「私も、初めて知った……」


 アロがショックを受けた様に口する。

 い、今までは〖念話〗がなくて薄っすらと言いたいことの指向性を伝える、くらいしかできなかったから、名称みたいな細かいイメージは伝えられなかったんだよ。

 人化したことはあったが、機会もなかったし……なんかちょっと照れ臭かったし。


「では改めて、イルシアと呼ばせてもらうことにしよう。此度は、我、イルシア、アロが補佐になり、マジカルツリー、ナイトメア、レチェルタの特訓に付き添う形にするのが最適であろう」


 アロがその言葉を聞き、口を閉じて大きく目を瞬かせた。

 黒蜥蜴がアロへとちらりと横目を向けた後、嬉しそうに尾を振っていた。


「わ、私……補佐じゃない方が……まだ、力不足だと……」


「問題ない。我が見る限り、充分にトロル・マンドラゴラと戦える力を持っている。だが、一応、特訓組の中で一番力を有しているナイトメアの補佐に当たるのが賢明であろうな。我も気は配っておく」


 さすがヴォルク、的確な采配といえる。

 ステータスが見える俺としても、全くの同意見である。


「一番レベリングに力が必要なのは、マジカルツリーであろうな。我が見ている限り、最も戦闘に向かない。支援や異常付加に優れているようだが、そういったものは他の強みがあって、初めて生きるものである」


 トレントさん全否定!?

 トレントも呆然と口を開けてヴォルクを見た後、俺へと助けを求める様に視線を移す。


「結局、支援や異常付加による相手の妨害が必要となる高度な戦いにおいては、術者自体が戦いについていけるだけの能力がなければ、大抵の場面においても役には立たないものだ。戦場では、ある程度単体で立ち回ることのできる能力を持った者しか必要にはならぬ」


 なぜ皆してそうも、トレントさんを虐めるんだ!

 トレントさんには頑強な身体があるし、一応それなりには威力を持つ魔法スキルと、必殺の〖グラビティ〗があるから……!


『……ス、ストップだ、それくらいにしてやってくれ』


 俺は前足を上げてヴォルクを制する。


「む……いや、我は今後の動き方として……」


『考察はわかった、結果を頼む』


「そうだな……イルシアがマジカルツリーの補佐に入るべきであろう。我がカバーに入っても、ほとんど自分で斬るだけになりそうであるからな」


『……確かにそれはそうだな』


 俺は頷いて肯定した。

 俺ならば、トレントに活躍の余地を持たせるだけの立ち回りができる。


 黒蜥蜴が振っていた尾を垂らし、目線を地に向けた。


「キシ……」


「必然的に我がレチェルタの特訓に付き添うことになるな」


 ヴォルクがぽんとレチェルタの背に手を置いた。


 アロが陰でぐっと小さくガッツポーズを取っていたが、俺が目を向けるとそのまま両腕を大きく上に伸ばし、身体を張っていた。

 なんだただの準備体操か。

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