第470話

 滝の洞窟への帰り道……俺は、〖竜の鏡〗を使わなかった。

 崖壁を〖飛行〗で超えた後は、オネイロスの姿のままで来た道を戻っていた。


 今なら、フェンリルに絡まれようが、キラークイーンに襲われようが、対処できるだけのステータスがある。

 リリクシーラが来るまでのタイムリミットが見えてこない分、戦闘の経験は逃さず、貪欲に狙っていく。


 俺は遠くから視線を感じたため、僅かに速度を落とし、敢えて尾行を許すことにした。

 尻目に背後を確認し、霧の中に四つの光が浮かぶのを確認する。

 来やがった、フェンリルだ。


 フェンリルはツーランク下の魔物……まともにレベルが上がった今は、最早俺の敵ではない。

 おまけにレベルが高く、好戦的で向こう見ずと、今の俺にとって都合のいい条件が揃っている。

 滝の洞窟は近いが、もういっちょレベル上げさせてもらうこととしよう。


 俺はどんどん走るペースを落としていく。

 足音が近付いて来る。大分接近したこともあり、今更隠す気もなさそうだ。


 俺は振り返る。

 黒い暴獣は、四つの目をギラつかせながら、牙の合間から涎を垂らしていた。


 だが、何故だろうか。

 行きに見かけたフェンリルよりも、何故かずっと小さく見える。

 体長は変わらないはずなので、ステータス差による心理的な余裕だろう。


 飛び掛かろうとしたフェンリルの動きが、距離を開けたところでピクリと止まる。

 奴も、俺の佇まいか、或いは感覚から、実力差を察したのかもしれなかった。


「ギ……ギギ、ギ……」


 フェンリルの顔の目前に、黒い光が集まっていき、球形を象っていく。

 これは魔法スキルの〖ダークスフィア〗だ。

 フェンリルはてっきりいつもすぐ近接戦を挑んでくる傾向にあると思っていたのだが、間合いを取ったまま攻撃してくるとは珍しい。


「ギオオオオッ!」


 フェンリルが〖ダークスフィア〗を放つ。

 歪な動きで黒い球が接近してくる。俺は動じず、黒い光を顔面で受けた。

 光が弾け、消し飛んだ。俺は衝撃で、首から上が微動した。


「……ギ?」


 フェンリルは魔法も覚えているが、やはりステータス的には肉弾戦タイプだ。

 こんだけ数値に差が開いていれば、苦手分野の攻撃など、俺の防御力と〖竜の鱗〗の前では、ほぼノーダメージに等しい。

 悪いなフェンリル、もうお前くらいじゃ、俺の敵にはならねぇよ。


 直後、背後に風切り音が聞こえた。


「ギァァァアァアアアッ!」


 空高くから、俺の背を目掛け、二体目のフェンリルが落ちて来た。

 一体目はフェイク……二体目は濃霧の中、注意が向きづらい上空から、〖ハイジャンプ〗を用いて奇襲をかけてきていたのだ。

 なるほど、悪い作戦じゃねぇ。

 脳筋共と思っていたが、こいつらも狩りに頭を使うらしい。

 ……いや、Aランクの魔物が平然と徘徊するこの地では、使わざるを得ないのだろう。


「グォオオオオオッ!」


 俺は首を持ち上げ、高らかに吠える。

 俺を中心に、周囲に黒い光が広がっていく。

 【魔法力:2087】の重力魔法〖グラビティ〗だ。


 俺の背後にいたフェンリルが地に吸い寄せられるように落下して頭部を打ち付け、前方にいたフェンリルはその場に伏していた。

 今はMPにあんまり余裕がねぇんだが、ちょっと使い過ぎたかもしれねぇな。

 加減がわからなかった。

 積極的に新スキルを試していかなければならない状況なので、MPの浪費は多少は仕方がないとは思うが……。


 俺は近くにいるフェンリルへと、〖ホーリースフィア〗を使うことにした。

 この距離だと必要ないが、一度、使っておきたいのだ。

 このスキルは〖ダークスフィア〗の光属性バージョンだろう。

 そう考えれば、あまり扱いが難しいものではなさそうだ。


 俺は前足を向け、その先をフェンリルの腹部に向ける。

 足先に光の靄が生じる。俺はそれを、意識して球形へと持っていく。


「……ギ」


 輝く光球をそのまま真っ直ぐに放った。

 フェンリルの腹部が破裂する様に裂け、血と肉、骨が飛び散り、フェンリルの身体が上下に二分された。


【経験値を1794得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を1794得ました。】

【〖オネイロス〗のLvが46から56へと上がりました。】


 え、えげつねぇ……こうも圧倒的だと、罪悪感さえ覚えて来る。

 だが、俺は手を止めるわけにはいかない。


【通常スキル〖グラビドン:Lv8〗を得ました。】


 いつか来るとは思っていたが、今来たか。

 重力魔法の直接攻撃スキルだ。

 俺が見て来た各種遠距離スキルの中でも、それなりに上位に入るスキルだ。


 ……続いて俺は、前方のフェンリルへと目を向ける。

 まだ試しておらず、中身もあまりわからない〖ヘルゲート〗のスキルがある。


「ギ……ギィ……」


 フェンリルが身体を持ち上げようと踏ん張りながら、俺を睨む。


【通常スキル〖ヘルゲート〗】

【空間魔法の一種。今は亡き魔界の一部を呼び出し、悪魔の業火で敵を焼き払う。】

【悪魔の業火は術者には届かない。】

【最大規模はスキルLvに大きく依存する。】

【威力は高いが、相応の対価を要する。】


 俺はフェンリルへと意識を向け、〖ヘルゲート〗を使う。

 フェンリルを中心に漆黒の魔法陣が浮かび、そのまま周辺が黒に塗りつぶされる。


「ギ……ギ……?」


 フェンリルが困惑する様に首を動かす。

 黒い光が、黒い巨大な人骨を模していく。

 五体程の黒い人骨巨人がフェンリルを囲み、その腕を振るい降ろしていく。


「ギアッ……ギィィィイイイイイイ!」


 断末魔の叫びが響く。

 黒い光が消える。後には、何も残っていなかった。

 フェンリルがすっかり消えてしまったのである。

 骨ごと黒い光に焼き尽くされたのか、どこかに連れていかれてしまったのか、それさえもわからない。


【経験値を1872得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を1872得ました。】

【〖オネイロス〗のLvが56から61へと上がりました。】

【通常スキル〖ミラーカウンター:Lv8〗を得ました。】


 俺はあまりの凄惨さに、しばらく呆然としていた。

 ……これは、あまり、気軽に使えるスキルではないかもしれない。


 ぐらり、眩暈がした。急速にMPを消耗したようだ。

 威力は高いのかもしれないが、どうにもコストが大きいようだ。

 発動までも遅い。加えて言えば、気分もあまりよくはない。


 ……新しい〖ミラーカウンター〗は、リリクシーラの使っていた対魔法スキルだ。

 リリクシーラの行動を見るに、それなりに信用は置いていたように見える。

 もっとも〖ルイン〗は返せなかったようだが、あんなもんは例外だろう。

 それに、魔法力の差もある。


 俺は色々と考えながらも、今はとにかく滝の洞窟へと戻ることにした。

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