第439話
「あ、あああ、あぁぁぁあぁあ……なんで、なんで……? どうして……?」
スライムの身を焼いていた〖命のマナ〗の青い炎が消える。
スライムの溶けかかった人型が、ゆっくりと地面に横たわった。
「あはっ、あははははは、ははははははははは! どうして? ボク、これまで、こんなに頑張ってきたのに! あははは、あはははははは!」
崩れる天井を見上げたまま狂ったように笑い始めたかと思えば、無表情の空虚な瞳を俺へと向ける。
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種族:カオス・ウーズ(劣化体)
状態:通常
Lv :95/95(MAX)
HP :488/1531
MP :532/1630
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……ステータスが、大きく減少している。
ただ、神の声関連を除いて、ほとんどそのままスキルは残っている。
スキル〖命のマナ〗によってHPとMPは整えたようだが、回復魔法と併用しての連続使用の反動で、今はまともに動くことさえできないようだった。
「……呪ってやる。輪廻の渦の中で、ボクは、いつか蘇る。そのときに、絶対にお前のことを思い出して、殺してやる。四肢を捥いで毒の沼に沈め、全身を虫に集らせて、嬲り殺してやる。十年先になろうと、百年先になろうと……」
スライムが、怨恨の言葉を俺へと吐く。
輪廻とは、スライムの口からは似合わない言葉が出た。
コイツは俺と同じく、別世界の記憶を持っているのか?
それとも……神の声から、何かを吹き込まれているのか?
『お前は……』
俺が〖念話〗で呼びかけると同時に、轟音と共に天井に亀裂が入り、瓦解した。
直にここは完全に崩壊する。
そうなる前に、こいつは確実に仕留めておかなければならない。
余計な問答をしている余裕はない。
それに俺も、こいつとだけは馴れ合うつもりもない。
「グゥォオオオオオオオッ!」
俺は叫び声を上げ、重い身体を引き摺りながらスライムへと向かう。
前脚を振り上げたところで、背に冷たい感触が走る。
その途端に後ろ脚の膝ががくんと折れ曲がり、スライムまで一歩及ばず、その場に突っ伏すこととなった。
身体を駆け巡る不快感。
ク、クソ、俺の身体にも、限界が来たのか? だが、こんなところで……!
続けて、背に斬りつけられたかのような痛みが走った。
これは、ただの疲労でも身体の限界でもねぇ!
俺は死力を振り絞り、身体を側転させる。
宙に投げ出された、剣を握る男の姿が見えた。
三騎士のサーマルだ。
生きてやがったのは知っていたが……まさか、このタイミングで殴り込んでくるとは思わなかった。
スライムの身体を利用して天井の罅の隙間を抜けて、上階から落ちて来やがったのか。
俺は側転の勢いを乗せたまま、サーマルを前脚で殴りつけた。
サーマルが剣で弾こうとするが、衝撃に負けて手から剣が離れる。
俺に身体を殴り飛ばされた衝撃でサーマルの身体が潰れ、床の上を転がる。
だが起き上がると同時に、再びスライムが人間の形を取り戻す。
俺は素早く身体を半回転させ、元の位置へと戻す。
身体に痺れが走る。
あの最初の感覚は、〖ポイズンルーラ〗の毒を打ち込んできやがったのか。
「……チッ、見るからに弱ってたはずなのに、まだあんな馬鹿力が出るのか!」
サーマルは舌打ちを打ち、カオス・ウーズの水溜りの中に沈む、スライムの人間体を背負う。
魂の抜けた様にぐったりとしていたスライムの顔が、悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「よ、よく来たサーマル! はは、ははははは! まだボクは、ついている! 神様が、まだボクのことを見てくださっているんだ! そうに決まっている!」
ど、どういうことだ……?
てっきり俺は、決着がついた段階で、神聖スキルの継承が始まるのだと思っていた。
だが、継承の後に、第三者が来て戦況が変わっちまうとなると、その前提も破綻する。
このままだと、奴を取り逃がしちまいかねない。
サーマルに負けることはないだろうが……身体を、上手く動かせない。
逃げに徹されたら対処できねぇ。
「殺せ! サーマル、殺せ! そいつを、毒で殺すんだ! そうしたらまだ、ボクが力を取り戻せるかもしれない! 殺せ、早く殺せ! イルシアを殺せ! 殺せ!」
スライムが喚き立てる。
サーマルが少し驚いた様に表情を強張らせてから、首を振って床を蹴り、俺から距離を取った。
「……魔王様、退きましょう。今回は、負けたんだ。次に……」
「次なんてあるわけないだろうがぁっ! あんなにあいつ弱ってるんだぞ!? 殺せ! 今殺せ! 早くしろおっ! 逃げたって、意味ないんだよ! イルシアを殺せぇっ!」
「グゥルォォォォオオオオオッ!」
俺は後ろ脚で床を蹴り飛ばし、前脚をスライム目掛けて振り下ろす。
身体を動かしているというよりは、遠心力に任せて振り回している感覚だった。
サーマルがスライムを背負ったまま背後に跳び、俺の一撃を躱す。
俺が息を切らしてサーマルを睨んでいると、背のスライムが喚き立てる。
「見ただろあのお粗末な動きを! 今ならお前でもやれるんだよ!」
「……無茶、言わないでください。そのお粗末な動きも、オレからしてみれば避けるのが精一杯です。時間が経てば経つほど自動回復であいつの動きも早くなります」
「そんなことはわかってるんだよ! それでも、これが最後の好機なんだよ! なんでそんなことがわからないかな!? 殺せ! あいつを殺せ!」
スライムの言葉を無視して、サーマルは壁の罅に手を触れ、身体を粘体へと戻して入り込んでいく。
「……残念だったな、イルシアとやら。魔王様は、地下にとっておきの逃走通路を用意してある。スライムでもないお前達には、絶対に追いつけない」
身体が溶け出していたスライムも、そのままサーマルに手を引かれるがままに、壁へと入り込んで行った。
「グゥルァアアアアアッ!」
俺は壁へと這い寄り、爪を振るって罅へと打ち付けた。
床が揺れ、壁が崩れ、瓦礫が俺へと落ちて来る。
経験値取得は、入らなかった。
あれだけやったのに、逃げられちまった……。
スライムからは〖修羅道〗を没収済みではあるため、これ以上何かができるとも思えないが……。
【大丈夫だよ。】【神聖スキルの継承が起きるのは。】
【ラプラスが、死の確定を判断したときだけだ。】
ふと俺は、スライムが生存率、と唐突に口にしていたのを思い出す。
……あのときに、スライムの死が、確定したのか。
【キミは全然。】【こっちのことを信用してくれなかったからね。】
【他の子には。】【もう教えてあげてたんだけど】
……今も、信用してねぇよ。
くどくどと話しかけて来やがるのは、もうこれで最後にしやがれ。
お前の駒だったスライムは、もうお終いなんだろ? 俺は、お前の手先になんか、なってやらねぇよ。
リリクシーラの奴に散々文句言って今回の件を説明させた後は、アロ達を引き連れて、相方と美味いもんでも喰って、ぬくぬくドラゴンライフを送ってやる。
邪神だが賢者だが知らねぇが、お前の思惑なんざ、知ったことじゃねぇんだよ。
【これでもキミに贔屓しているつもりだし。】【色々教えてあげたかったけれど。】
【せめて。】【一つだけ忠告させてくれないかな?】
俺はどう返すべきか、答えあぐねた。
どう考えたって、スライムの背後にいるのはコイツだ。
一言だって耳を貸すべきじゃあねぇ。
だが……本当に、聞き逃しても、いいのか?
俺が逡巡している間に、次の言葉が頭に浮かんだ。
【仲間の回収は諦めて。】【とっとと逃げるしかないよ。】
【じゃないと。】【すぐに詰むから。】
……は?
【最悪の試練が、上でキミを待っているよ。】
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