第440話

 崩れる地下通路を駆け抜け、上階へと向かう。

 戻ったMPは〖自己再生〗に当て、〖黒蠅大輪〗で焼かれた身体と、〖ダークスフィア〗に抉られた胸部や翼、相方の首を再生させていく。

 ……HPを優先するのならば〖ハイレスト〗の方が良かったが、動きに難があるのはやはり困る。


 俺は通路を進みながら、背後を振り返る。

 スライムの奴はまだ死んでいない。経験値の取得が知らされない。


 アイツは、本当に死ぬのだろうか?

 奴は溜め込んでいた戦力も、アーデジア王国の王女という地位も、神聖スキルも既に失った。

 しばらく表に出てこれねぇことには違いないだろうが……。


 いや……それより、俺は俺で、目前の問題を対処する必要がある。

 奴の事は、一度忘れる。

 落ちて来る瓦礫を翼で防ぎながら、慎重に〖気配感知〗で探りつつ、上階へ続く階段を上がる。


 神の声のほざいていた、最悪の試練、とやらの事が気がかりだ。

 ……この状況で、あまり考えられる事態は多くない。


 上階から無数の気配を感じる。

 慌ただしく、あちらこちらを駆け回っている。


「倒れている人間を捜せ。元々の城内の者は、恐らく既に一人も残っておらん」

「スライムの残党に気を付けろ。まだ、残っている可能性がある」


 この声……どうやら、外部の助けが来ているようだ。

 一人や二人ではない。どうやら、十人以上は来ている。

 王都アルバンを中心に活動している、冒険者達か……?


 俺が足を止めて様子を探っていると、上から大きな音が聞こえてきた。

 誰かが、攻撃魔法を使ったようだ。


「バレア殿! そこのガキを捕らえろ! 例のアンデッドだ! 疑うのなら、レストを使えばいい!」


 この声は、リリクシーラに仕えていた、アルヒスのものだ。

 アルヒスとアロが、交戦している?

 それに、アルヒスは今、バレア殿と呼んでいた。

 アルヒスの知人がこの場にいたのか?


「当たった……が、固いな、こりゃ。リッチクラスの化け物じゃないか」


「既に、魔力は限界が近いはずだ。とにかく休ませるな!」


 様子見している余裕はない。

 俺は床を蹴って音を立てて駆け上がり、上階へと出た。


 崩れた城内の一広間で、アルヒスと、背の高い男――恐らくはバレア――が、アロを囲んでいた。

 アロは身体に剣傷を受けている。

 左腕を巨大化させ、戦闘態勢に入っていた。

 MPはもうほとんど空だ。真っ当に戦える状態じゃない。 


 バレアはマントを纏って身体を隠していたが、アルヒスと、同じ剣だった。


 ……疑いたくは、なかった。

 だが、剣が、何よりの証拠だった。


 リリクシーラは、最低限の戦力しか持ち込むことができなかったため、アルヒスと自分の二人で向かうと言っていた。

 だが、あの男は、明らかにアルヒスの聖騎士団の同僚だ。

 俺に黙って、城近くに戦力を手配していやがったんだ。


 俺の出現に、戦いの手が止まる。


 俺はアルヒスを睨む。弁解があるなら、聞きたかった。

 アルヒスは目を細め、睨み返してきた。


「リッチ級アンデッドに加え、高位ドラゴンとは、アーデジア王国はすっかりと魔の手に落ちていたのだな!」


 その言葉が、決定的だった。

 頭を揺らされたかの様な衝撃に襲われた。


『……そういうことに、なったのか? それは、聖女の決定か?』


 俺は〖念話〗で問う。

 アルヒスは黙って俺へと剣先を向ける。


「いくぞ、バレア。奴は疲弊している、時間稼ぎくらいはできるはずだ」


「あいよ、アルヒス殿」


 やられた。

 端からリリクシーラは、俺とスライムを潰し合わせて、残った方を狩るつもりだったのだ。

 なるべく拮抗して勝った方が弱りさえすれば、後はどっちが勝とうが負けようが、どうでもよかったのだ。

 恐らくは、確実に神聖スキルを回収するため、だ。


「グゥォォォオオオオオオッ!」


 俺は腹に魔力を込め、吠えた。

 俺の〖咆哮〗に怯み、アルヒスとバレアの動きが止まった。


 ……馬鹿に、しやがって。

 世界の危機で、俺に力を借りに来たんじゃなかったのかよ。

 どいつもこいつも、そんなに神聖スキルが大事なのか。


 俺はアルヒスの背後を目掛け、残りのMPを振り絞って〖鎌鼬〗を放った。

 風の刃が、アルヒスのすぐ後ろの床に大きな亀裂を走らせた。


『わかってんのか、お前ら……。俺がその気になれば、今の状態でも、人間の兵士二人、引き裂くのはワケねえんだぞ。それでもやりてぇなら、相手してやる』


 アルヒスもバレアも、明らかに反応が追いついていなかった。


「アルヒス殿……あいつは、俺達にはちょっとキツいぞ」


「そうだな、だったら、こうすればどうなる?」


 アルヒスの剣が、アロに向けられた。


「動くなよ邪竜……仮に動けば、その瞬間に、私とバレアのスキルで、この死に損ないをもう一度冥府へ送ってやる」


 目は見開いたまま気丈に俺を睨んでいるが、唇が震えている。

 アルヒスも、必死なのだろう。

 だが、俺には関係のないことだ。

 さすがにこの仕打ちと、お前らの下衆なやり口にはうんざりだ。


「竜神さまっ! 私のことはいいです! 早く、逃げてください!」


 アロが、二人を巨大化させた腕で牽制しながら、俺へと叫ぶ。

 ここには、聖竜セラピムとリリクシーラがいる。

 双方共にAランクステータスだ。

 今の俺がぶつかっても、どうにかなる相手じゃねぇ。

 出てきたら、負けは必然だ。


 だが、アロ達を置いて逃げる気など、毛頭ない。

 元々、皆俺のためについてきてくれたのだ。

 俺がリリクシーラを安易に信用し過ぎたのが発端だ。

 俺が見捨てて逃げる道理など、あるわけがない。

 魔物であるアロやナイトメア、マギアタイト爺は、見つかれば間違いなく狩られる。


「グゥォォォオオオオオッ!」


 俺は吠えながら、足場を前脚で叩いた。

 床が容易く砕け、罅が入る。


「お、おい、動くなと……! こいつがどうなってもいいのか!」


『やってみやがれ……そのときは、お前ら二人共、真っ当に死ねると思うんじゃねえぞ』


 こっちには〖|魂付加(フェイクライフ)〗だってある。

 もしもアロに手を掛けようものなら、一度死んだら、それで終わりだと思うんじゃねぇぞ。


 ガクンと、アルヒスとバレア、二人の身体が揺れ、剣を床に着けた。


「うっ……」


 傍らでは、相方がアルヒスとバレアを睨んでいる。

 二人の注意が〖念話〗で俺達に向いたのに合わせ、〖支配者の魔眼〗を使ったのだ。


『止メタゾ、相方ァ!』


 俺が前に出ようとした瞬間、〖気配感知〗のスキルが、窓際から反応した。

 窓が周囲の壁ごと崩れ、黒い光の塊が俺へと向かって来る。

 これは〖グラビドン〗のスキル……それも、威力、速度、共に今まで見てきた魔法スキルの中でも、最上位級だ。


 今のその場凌ぎの人質は、俺の気を逸らすのが目的か!

 避けようと背後に身体を傾けようとしたとき、窓の外から声が聞こえてきた。


「〖ホーリースフィア〗」


 崩れた壁の裏から杖が覗く。

 杖先から魔法陣の光が広がり、光の球が射出された。その軌道は、明らかにアロを狙っていた。

 俺は慌てて、退きかけた身体を前に出す。


 俺の横っ腹に、どでかい〖グラビドン〗が直撃した。

 体表が割れ、血肉が抉られる。


 俺の前足の先が、アロの身体を押した。

 アロを強めに、後方へ突き飛ばす。〖ホーリースフィア〗はアロから外れ、俺の伸ばした前足の先に炸裂した。


 指の肉が抉れ、骨が露出していた。

 余波の光を受けたアロの身体が微かに白化し、罅が入る。

 アロの身体が転がり、壁にぶつかって止まる。


「……りゅうじんさ、ま、逃げて」


 壁に凭れ掛かったまま、アロが呟く。

 身体が動かせねぇみたいだ。


 俺も、直撃を受けた指を曲げる。

 ……大丈夫だ、痛ェけど、どうにか動かせる。


 だが、身体が、肝心な身体が重い。

 起き上がらねぇ。

 元々、スライム戦で俺の身体は限界を迎えていた。


「駄目でしょうアルヒス、頭を押さえる前に動いたら。そういうお話だったはずですよ? 別の地点でも、異変を感じ取った竜狩りが大暴れを始めて、大変だったのですからね。何か、予想外の事でも起こったのですか?」


 壁の裏から、リリクシーラが姿を現した。


「……申し訳ございません、リリクシーラ様」


 アルヒスが頭を下げる。

 どうやら、俺を油断させたままに完全な不意打ちで俺を仕留めるはずが、計画が狂っていたらしい。


 リリクシーラは、俺が睨むのにも、表情一つ変えない。


「しかし、これで、ようやく全てが終わったんです。いいではありませんか」


 バレアが、倒れているアロへと剣先を向ける。


 終わっちまった。結局、神の声の言う通りになっちまった。

 俺が野放しにしちまったスライムとの決着をつけることばかりに囚われ、リリクシーラから裏切られたときのことを、まるで考えていなかった。

 奴も神聖スキル持ちだ。

 スライムと似た目的を抱えていることなんて、簡単に想定できていたはずだったのに。


 ……すまねぇ、相方。

 俺が巻き込んだばっかりに、こんなことになっちまった。


『……オレモ、了承シテ来タノ、忘レタノカヨ。ツマンネェコト言ウンジャネェヨ』


 ……でも、よ……。


『ソレニ、コンママ倒レテルダケデ、本気デ終ワル気ジャネェンダロ』


 ……あ、ああ、勿論だよ。

 こんまま大人しく、やられてやんねぇ。

 最後に、アロだけでも絶対に逃がして見せる。


 俺は足に力を入れ、立ち上がる。

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