第438話

「グゥォオオオオオオッ!」


 俺は咆哮を上げながら、スライムを前脚で殴り抜く。

 スライムの鳳凰の身体に、〖呪いの千年亀〗の甲羅が浮かび、攻撃を防ぐ。

 さすがに硬い、俺の爪じゃ壊せねぇ。


「ボクは負けない、ボクは負けない、もう、負けられないんだよ!」


 鳳凰の首先についていた、拉げた人間の上半身を貫き、五本の触手が現れた。

 触手は宙でその身を撓ませ、俺の身体へと攻撃を仕掛けて来る。


「いい気になるな、イルシアアアアァッ!」


 伸びた五本の触手を、相方が束ねて口で噛み潰した。


『カマシテヤレェッ!』


 言われなくても、やってやるよ!

 相方が引っ張り、スライムの体勢が崩れる。

 空いた腹部を、深く前足で踏み抜いてやった。

 そのまま肩でタックルを仕掛け、跳ね飛ばす。

 スライムの身体が後方へと跳び、相方の噛んでいた触手がまとめて引き千切れる。


「「イヤァァアァアッ!」」


 全身に開いた口から、無数の悲鳴が漏れる。

 相方が、液状化していく触手を、しゅるしゅると啜る。

 顔を上げて呑み込み、ぺっと唾を吐く。


『マジィナ、オマエ』


 ……勝敗は、もうついた。

 広間を破壊しつくした〖黒蠅大輪〗、大した技だったが、強引に〖命のマナ〗で回復したMPを、アレですっかり吐き出しちまったらしい。


 スライムの身体自体にも、相当のガタが来ているはずだ。

 身体の動きが鈍すぎる。

 出し惜しみしていたことからしても、〖命のマナ〗の回復は、本来は一度が限度だったのだろう。

 元の動きが、見る影もない。


 ふらついたスライムの身体が、壁へと背をぶつける。

 その衝撃で、辺りが揺れる。

 それは燃えて崩れやすくなっていた地下広間の、崩壊を誘発した。

 柱の一本が崩れ落ち、天井から瓦礫の落下が始まる。


 まずいな……とっとと、決めねぇと。


 だが、行ける、こんまま押し切って、スライムの奴を倒せる。

 問題なのは、俺の身体にも大分限界が来てるってことだ。

 あの炎の輪っかのダメージが、そんまま身体に乗っかってる。ほとんど回復できてねぇ。


「う、うう……」


 アロが、よろめきながら歩く。

 背と肥大化した腕の肩に、強引にヴォルクとアルヒスを乗せていた。

 身体の抉れた部分の奥からは、マギアタイトの核が覗いている。 

 〖黒蠅大輪〗の残り火から守るため、彼らを集めてくれていたようだ。

 ダメージを完全に回復することはできなかったらしく、肌が水分が抜けて砂の様になり、身体のあちらこちらに罅割れが目立つ。

 特に左足が、半ば千切れ掛けで痛々しい。


「グゥオッ」

『アロ、ここを逃げ出してくれ。もう、崩れちまう』


 俺が呼びかけると、アロは瞬きし、辛そうに見上げる。


「竜神さま、でも……竜神さまは!」


『俺は、奴と決着をつける。相方、頼む』


 俺が伝えると、相方は溜め息を漏らす。


『……〖ハイレスト〗一回、自分ニ回セタラ、大分安定スルンダガナ』


 そう言いながらも、〖魂付加フェイクライフ〗をアロへと使ってくれた。

 アロを、黒い光が包む。今にも崩れそうな砂の像となっていたアロの身体が、瑞々しさを取り戻していく。


「竜神さまっ! ダ、ダメです! 私なんかに、貴重な回復を使ったら、あの化け物を、倒せなくなってしまいます! わ、私も、戦います!」


「グゥアァァッ!」


 俺は、力を振り絞って咆哮を上げる。


『時間がねぇ、早くしろ! お前がしくじったら、ヴォルクもマギアタイト爺も死んじまうのがわかってんのか! おまけにここでウダウダ時間かけて、スライムの奴に立ち直る猶予でも稼がせるつもりか!』


 アロはびくりと背を震わせ、それから哀しげに小さく笑う。


「……わかってました。竜神さまは、そういうお方です。でも、少し……卑怯です」


 アロはそう言い、ヴォルク達を背負ったまま、瓦礫を避け、スライムとは正反対の方へ走っていく。


『……アア言ワネェト、下ガラナイト思ッタノカ』


 相方が俺に話しかけて来る。

 俺は黙ったまま、スライムへと向き直る。


『……ッタク、コレデ、ネバネバニ負ケチマッタラ、洒落ニナンネェゾ』


 勝ったとしても、あいつらが死んじまったら、意味がねぇだろ。

 ここでMP使ったら不利になるかもしれねぇ、なんて考えで、死に掛けのあいつらを放置なんかできるかよ。

 俺がちっとだけ踏ん張れば、全部オッケー、ハッピーエンドだ。

 

 前に踏み出した足が、ぐらりと揺れる。

 俺はそれを、気力で耐える。そして一歩、また一歩とスライムへ詰め寄る。


「ラプラス……ボクの、ボクの勝率は……? え、嘘……嘘、だよね? なんで、ま、また下がった?」


 スライムが呆然と、その場に立ち尽くす。

 俺はそこへ歩み寄り、再び胴体を殴り飛ばした。

 占いに頼りたくなる気持ちはわかるが、神様に縋ってる場合じゃねぇぜ。


 俺は倒れて、身体が溶け出し始めているスライムへと、再び距離を詰める。

 鳳凰の身体が崩れ、水溜りに倒れ込む人間型の上体が残った。

 鮮やかに身体を彩っていた色素も抜け落ち、仄かに虹色がかった半透明色へと全身が戻る。


「嘘だ……信じない、信じない。ボクの、え、ボクの生存率? そ、そんなの、聞いてなんかない! なんだよこれ、何が起きてるんだよ!」


 スライムが退き、俺から少しでも距離を取ろうとする。


「止めて、止めてよ! 見逃して! ヤダ、死にたくない! 死にたくない!」


 俺は前に進む。

 頭部に、落下してきた瓦礫が直撃した。

 左の瞼から、血が出ている。だが、それでも目を見開き直し、前へと進んだ。


「や、ヤダッ! こんなところで死んだら、約束、果たせないっ! 神様と約束したんだ、ボクが、連れ出してあげるって! だから……!」


 俺に瓦礫が当たる様子をじっと見ていたスライムが、しかしそれでもお構いなしに俺が前に進むのを見て、再び表情を崩す。


【称号スキル〖災害〗のLvが9からMAXへと上がりました。】


 ……ん、ここで、か? 崩壊が始まっちまったからか?

 それにしても、タイミングが良すぎる気がする。

 これで俺は、負の称号三つがカンストしたことになる。


【称号スキル〖悪の道:LvMAX〗と〖卑劣の王:LvMAX〗と〖災害:LvMAX〗が、〖魔王:Lv1〗へと変化しました。】

【神聖スキル〖修羅道〗の譲渡条件が成立しました。】



 ……ああ、やっぱり、これはそういうことなのか。


 おい、どういうつもりだ?

 今も見てるんだろ? 俺を、スライムを、そんで、聖女も監視してるのか?


【それは、こっちに言っているのかな?】


 頭に、メッセージが入り込んで来る。


【おめでとう。】【これで元の鞘に返るわけだ。】

【本当のこと言うとね。】

【あの子が勝っても。】【よかったんだ。】

【でも勝ったのは。】【キミだよ。】


 ご丁寧に、パチパチと拍手の音まで響く。

 こっちを馬鹿にしているとしか思えない。


【あまり権限を使うと。】【ラプラスが煩いから嫌なんだけど。】

【こんな面白いところで。】【〖修羅道〗を消すわけには。】【いかないからね。】

【サービスだよ。】


 ……訳の分からないことばかり、一方的に喋ってくれる。

 俺はそんなもんにゃ、関わる気はねぇっつうのに。


【それにこっちの方が。】【よかったの。】【かもしれない。】

【あの子は卑怯で。】【卑屈で。】【陰湿で。】【臆病で。】【嘘吐きで。】

【とてもじゃないけれど、主人公って柄じゃないだろう?】


 ……お前が、それを言うのかよ。

 散々あいつを嗾けたのは、お前なんだろが。


「神、さま……? ま、まだ、ボクは負けてない! 勝つのはボクだ! あと百回やったって、百回ともボクが勝てる! そ、そうだ、今からだってやれる!」


 スライムの身体に、ボコ、ボコと、梟の面が三つ浮かんだ。

 面がくるくると回り、スライムの身体を蒼の炎が喰らい尽していく。

 炎の中に、ゆらり、ゆらり、今にも消えてしまいそうな、か細い人影が揺らぐ。


「これ、で……HPも、MPも、また元通りだ。アハ、ハハハハ、そんなにボロボロになったのに、残念だったね。さぁ、さぁ……延長戦を、始めようか……」


 ……あまりに、痛々しい。

 もう〖命のマナ〗での強引な回復がまともに使えないのは、さっきまでの戦いでとっくにわかっている話だ。


【神聖スキル〖修羅道:Lv--〗を得ました。】

【特性スキル〖神の声〗のLvが5から6へと上がりました。】

【称号スキル〖ラプラス干渉権限〗のLvが2から3へと上がりました。】


 容赦なく、神の声がスキルの継承を告げた。

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