第437話

 スライムは全身を大小様々な大きさの口で覆われ、不気味な銀色の塊と化している。

 金属質の鳳凰の中央部へと、爆発的に魔力が高まっていくのを感じる。

 何をする気かはわからねぇが、何かやらかす気なのは間違いない。


「まずは雑魚から」「確実に刈り取ってあげるよ」


 身体に開いたスライムの口々からそれぞれに声が響く。

 俺は大きく前足を振り、銀色の体表へと爪を突き立てる。

 爪が砕け散り、前足の指が折れる。


 甲羅の盾ほどじゃねぇが、とんでもねぇ硬さだ。

 全身をこの硬さにできたのか。


 クソ、切り札は出しきったんじゃねぇのかよ!

 それとも、これくらいのことはただの手札の一枚だとでも言うつもりか!

 考えろ、これは何のスキルだ? この感触は、金属……つーことは、まさか……!


「ボクは優しいから、宣言しておいてあげるよ」

「吐息系上位のスキル、〖メタルブレス〗を全方位に最大出力で放つ」

「HPの高い、キミだけは生き残るかもね」


 マギアタイト爺のスキル!

 超高熱で気化させたマギアタイトを一気に周囲に噴射する、ブレス系スキルだ。

 今のスライムの巨体が、あの口の数からぶっ放したら、この地下大広間の半分を完全に覆い尽す最悪の攻撃スキルになる。


 今の俺の攻撃じゃ、マギアタイトの塊になったスライムを止められねぇ。

 このステータス差だと、アロ、ヴォルク、アルヒスは間違いなくくらえば全滅する。


「グゥオオオオオオッ!」

『俺が壁になる! 端まで逃げろ!』


 〖念話〗で他の三人へと伝える。


『オイ、相方! アイツノ狙イハ、オ前ダゾ!』


 相方から忠告が入る。

 俺だってわかってんよ、そんくらい。

 スライムは取り巻きを一掃するなんて言ってるが、狙いは庇ってスキルが直撃した俺を、そのまま仕留めることだろう。

 だが、そうしないと、三人共死んじまうだろうが!


 スライムの全身の口が、歪んで笑った。


「キミは、とても勇敢だなぁ! ほうら、早く逃げないと、もう撃っちゃうよ?」


 スライムの全身の口が息を吸い込み、身体が膨らんだ。

 俺はスライムの前に立ち上体を上げて壁になる。

 俺のすぐ後ろは、〖メタルブレス〗の死角になる。


「ここまでの化け物だとは……リリクシーラ様……本当にこれで対処できるのですか?」


 アルヒスが不吉なことを呟きながら、俺の背後へと跳ぶ。

 ほら! 早く、アロとヴォルクもこっちへ……!


「……本当に、大丈夫なの?」


 アロは俺の方を僅かに振り返ったものの、そのまま立ち止まり、何かを呟いていた。

 そしてスライムへと向き直り、肥大化した腕を頭上に掲げる。


「そうか、今か!」


 スライムの足許を駆け回っていたヴォルクがアロの傍らへと跳び、彼女の肥大化した腕を斬り飛ばした。

 お、おい、お前何やってるんだ!

 まさか、あの変な剣のせいじゃ……!


「〖ゲール〗!」


 アロはスライムの中央部に開いた大口へと目掛け、残った腕を上げる。

 吹き上がった風が、アロの斬り飛ばされた腕を、スライムへと投げ付けて行った。

 風がスライムを殴りつけるが、びくともしない。

 斬られた腕はそのままスライムの口内へと吸い込まれていった


 お、おい、二人して何やってんだ!

 早く戻ってこい!


「残念、時間切れだよ。ボクにとっては、最良の結果だからいいんだけどね。ほうら、〖メタルブレス〗!」


 その瞬間、スライムの全身に開いた口が、溶け出して塞がっていく。

 体表の銀色が真っ赤になり、全身が歪に膨張する。


「え……? あ、え……? 嘘、嘘だ、どうして、どうして……」


 マギアタイトが溶け出して口が密閉され、外部へと噴射されるはずだった〖メタルブレス〗が、行き場を失って内部で暴発しているのだ。

 な、なんだ? 何が起きたんだ?


「あ、あ、あ、熱い……熱い、痛い、痛いい……なんで、なんで!」


 鳳凰の身体が溶け出し、よろめく。

 歪になった翼を広げ、真上へと飛んだ。


 呆気に取られていたが、これは好機だ。

 俺はそのまま跳び上がって追いつき、余力を込めてぶん殴った。

 スライムが抉れ、残骸が飛び散った。

 俺が殴った衝撃でスライムは部屋の隅まで飛んでいき、壁に背を打ち付けた。


 スライムが飛んでいく途中……金属の塊の、核の様なものが落ちた。

 マギアタイトを僅かに纏っているアレは、マギアタイト爺か!?

 あ、あいつ、いつの間に……いや、そうか! 最初から、アロと合流して身体の中に入ってたのか!


『……余ラハ、高熱を発する〖コロナ〗デ身体ヲ溶カシ、液体ヲ操ル〖リクゥイド〗デ操作スルコトデ動ク。半端ナスキルデ真似ヲスルベキデハナカッタナ』


 スライムの中に入ったマギアタイトが、スライムのマギアタイトになった身体を乗っ取って操作したのか。

 同種の魔物に身体を乗っ取られるリスクを気付かずに背負っちまうとは、あらゆる魔物の強みを得ることのできる身体が徒になったな。

 スキルレベルでいえば、〖コロナ〗も〖リクゥイド〗も、マギアタイト爺の方が遥かに上だ。


『魔力モ、身体モ失ッタガ……コレデ、友ノ仇モ討テタ』


 マギアタイト爺の核が床に落ち、カランと音を立てた。


「うっ、裏切り者め! ボクは、お前にあれだけよくしてやったのに! あの日だって! お前を信用してたから、残してやったのに!」


 スライムが喚き声を上げる。


 薄っすらだが、背景はわかる。

 マギアタイトは、前々から友の仇を討ちたいと言っていた。

 二体のマギアタイトがいて、スライムは片方からスキルを取り上げて処分し、もう片方は部下として残そうとしたんだろう。

 本当に、強くなることしか考えていなかったんだな。


 確かにスライム、お前の言った通り、勝負は、強くなるためだけに生きてきたお前と、回り道ばかりしていた俺の差だったな。


「まだ……まだ、終わらない。ボクには〖命のマナ〗がある、これがある限り、ボクは絶対に負けることはない……」


 スライムの身体に、梟の面が三つ浮かんだ。


「さぁ、もう一度仕切り直そうか」「何度でも、何度でも」「キミ達が疲弊して、ボクが勝つまで……!」


『ハッタリも、そろそろ止めにしたらどうだ。便利なスキルなのはわかったが、そう何度も使える方法じゃねぇんだろ』


 スライムの動きが、ぴくりと止まる。


 最初の時と比べて、〖命のマナ〗を挟んでから、明らかに速度や威力が落ちている。

 不完全なマギアタイトのスキルを持ち出したのも、そうせざるを得なかったからだろう。

 最初のときはテンパっていて考察する余裕もなかったが、今〖命のマナ〗の使う準備をしているスライムの様子を見て、さっきまでの戦いと照らし合わせれば、だいたいの想像はつく。


『その三面の梟……魔法スキルの連打で高速回復して、〖命のマナ〗のダメージを補うためのものなんだろ?』


 スライムの〖命のマナ〗のスキル……初見だと一回使っただけで、空になっていたMPが500も回復し、半減していたHPも大きく回復していた、そういうふうに見えた。


 だが、さすがにそんなぶっ壊れ性能なはずがない。

 スライムの各種HP回復スキルによるMP→HPのHP回復、そして〖命のマナ〗によるHP→MPのMP回復、この循環で1でもプラスが出れば、後はそれを夥しい回数を繰り返せば、それでHPとMPの大幅回復を行うことができる。


 だが、MP回復からのスキルの連打は、アロでも疲労を見せたことがある。

 スライムであろうとも、魔法連打特化の梟を三つも引っ提げて、〖命のマナ〗と回復スキルを交互に使っていれば、身が持たないはずだ。

 現に、動きが鈍っている。

 俺だけならばスキルでゴリ押せただろうが、アロ達が来た上に、マギアタイトの不意打ちで自滅ダメージを負ったスライムが、〖命のマナ〗の強引な回復後に、まともに戦える余力が残るとは思えない。


「……知ったふうに、言ってくれるよねえ」「まだ使ってないスキルは、いっぱいあるっていうのにさ」


 スライムから青い炎が上がる。

 梟の三面がぐるぐると回り、炎の中で溶けていく。


「……もう二度と使わないつもりだったんだけど」「仕方がない」

「もう、いいよ」

「この地下広間全体を」「地獄に変えてあげるよ」


 青い炎を纏ったまま、スライムが動く。

 鳳凰の燃え盛る翼を高く掲げる。奴の全身を包む炎が、黒く変わった。


「ここまで追い込まれるとは思ってなかったけど、死ぬのはキミ達の方だよ」「せいぜい死ぬ気で、ここから逃げてみるといい」「そんな間もなく、一瞬で蒸発しちゃうかもだけどね!」


 な、なにをかますつもりだ!?


「焼けて死ね! 〖黒蠅大輪〗!」


 広間の中央部に巨大な魔法陣が浮かび――それは刹那の内に、どす黒い巨大な炎の輪へと変貌した。

 その瞬間から、広間全体の温度が跳ね上がる。


「ハハハハ! 黒炎の鎧を纏ったスキル発動者以外の全てを焼き尽くす、地獄の業火だ! 鳳凰にやられたときは屋外だったから逃げ切れたけど、今はどうかな?」


 俺は慌ててアロ達の位置を確認する。

 アロ、アルヒスはともかく、ヴォルクでさえも呆然と巨大な黒炎の輪へと目を向けていた。

 俺は咄嗟に広間を駆け回り、アロ、ヴォルクへと首を伸ばし、二人を口に含んだ。


『相方ァ! 右に跳べ、バカ騎士ト、爺を拾ッテヤル!』


 相方の呼びかけに応じ、右に跳ぶ。

 相方の顔が、ひょいひょいとアルヒスとマギアタイト爺を摘む。

 よ、よし、全員回収成功!


「キミ今」「選択を間違ったよ」

「仲間なんておいて」「逃げる方法を探すべきだった」

「もっとも、そんな方法、ないんだけどね」


 黒炎の輪が、一瞬収縮したかと思うと、物凄い速度で膨張していく。

 アレが部屋の中に居座ってるだけでこんなに熱いのに!?

 あいつは地下全体を焼き潰す気か!?


 俺は身体を丸め、翼でその上から覆った。

 業火が俺の身体を包み、駆け抜ける。


【耐性スキル〖火属性耐性〗のLvが3から4へと上がりました。】


 細胞が焼き潰れ、身体が炭化していくのを感じる。


『相方ぁ! 〖ハイレスト〗を頼む、一回でも多くだ!』


『魔力ガモウ、ホトンドネェゾ!』


『それでも頼む! アルヒスからもらった残りと、時間経過の回復分、全部使っちまえ!』


 身体を、相方の〖ハイレスト〗の光が包む。

 崩れ落ちそうな身体が、再び治癒の魔法を得て蘇っていくのを感じる。

 だが、それもすぐに焼かれていく。


【耐性スキル〖火属性耐性〗のLvが4から5へと上がりました。】


 熱い、苦しい。

 身体もそうだが、辺りが炎に包まれているせいで息もできねぇ。

 もう、死んじまいてぇ……なんて弱音が頭に浮かび、俺は必死にそれを打ち消す。

 ここで俺が諦めたら全員が死ぬ。

 まだ、スライムとの決着はついてねぇ。 


 五感の感覚さえも焼き尽されたかと思えたとき、ふと身体中の痛みが和らいだ。


「なんで……?」


 俺は立ち上がり、首を振るう。

 目を開くと、くすんだ視界が開けた。

 広間全体にまだ火は残っているが、あの黒炎はどこにも見当たらない。


「なんでまだ、生きてるの……?」


 俺は首を下ろし、アロとヴォルクを吐き出す。

 俺というガードはあったものの多少熱は受けていたようで、二人共火傷が酷い。

 だが、生きている。

 反対側に相方がマギアタイト爺とアルヒスを吐き出していたが、向こうの二人も辛うじて無事なようだった。


「う、嘘……嘘……」


 スライムがたじろぐ。


 生憎だが……ウロボロスは、耐久特化なんだよ。

 俺がAランクの中でも他のドラゴンを選んでいたら、今ので終わっていただろう。

 広範囲であの火力とは、本当にとんでもないスキルだった。

 でも、さすがに今ので終わりだろう?

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