第436話

『アロ……いったい、どういう経緯だ……?』


 俺が〖念話〗で問い掛けると、アロは複雑そうな表情を浮かべる。


「……あの人は今、ナイトメアが上に連れて行ってくれてる。でも、あのスライムには……後一歩で、逃げられちゃった」


 ミリアは無事、か。

 あのスライムって……サーマルか?

 げ、撃退できたのか。あのステータス差だと、逃げられるかどうかも賭けに近かったんだが。


「それから、あの人に途中で会って……」


 アロがアルヒスを指差す。


 アロの表情には、やや嫌悪の色があった。

 アルヒスは、初対面のときに俺やアロを魔物の集まりだと、明らかに下に見ていた。

 今は協力関係にあって、俺の助太刀の戦力を拾ってきてくれたようだが、素直に仲間として受け入れがたいのだろう。

 

 ……俺は応援には素直に感謝したいところなのだが、あのスライム相手にヴォルク、アロ、アルヒスがどこまでくらいつけるのか……正直、不安しかない。

 アルヒスは自ら出てきたスライムを短慮だと挑発していたが、俺としては呼べるならとっとと上司の聖女を呼んでほしい。


「吹けば飛ぶ雑魚共が、散々ボクのこと馬鹿にしてくれるよ。場違いなのが、わからないのかな?」


 スライムが動く。

 アルヒスが剣を掲げる。


「私の魔力を割いたんだ、時間稼ぎくらいは熟せ。〖クイック〗」


 アロとヴォルクを、魔力の光が包む。

 ヴォルクは大剣を構えて床を蹴って壁へと跳び、そのまま強引に壁を走り、スライムへと駆けていく。

 アロはヴォルクの勢いに一瞬呆気に取られていたものの、ちらりと俺を振り返ったのち、前へと走っていく。


 ……だが、ヴォルクはともかく、アロにあいつの相手はあまりに酷だ。


「グゥゥ……!」


 呼び止めるが、アロは俺を振り返るとにっこり笑い、

「大丈夫……とっておきが、あります」

 そう言って自身の腹部に触れた後、左手を肥大化させ、スライムへ走っていく。

 と、とっておき……?


 ……確かに素早さの差は致命的だ。

 だが、それだけ補ってもどうにかなる魔物じゃねぇぞ、あいつは。


「当然、貴様にもまだ出張ってもらわねば困る。〖マナリリース〗!」


 言うなり、アルヒスが剣を振り上げ、俺の額へと突きつける。

 アルヒスの身体が発光し、その光が身体を伝って剣へと登り、剣から俺へと流れる。

 身体が軽くなり、靄が掛かっていた五感が冴えわたってくる。


 MP譲渡スキル、か……。

 アルヒス自身も魔力を酷使していたためか、変換効率もさほどよくねぇのか、大した量ではなかったが……あるとないでは、大違いだ。


 これで、〖自己再生〗で欠損部位を治して〖ハイレスト〗で回復できる。

 翼を治し、抉れた肉を修復する。

 よ、よし、これでまだ戦える!

 初対面のときからアルヒスさん本当に役に立つのかと不安だったが、なかなか便利なスキル持ってるじゃねぇか。


『礼を言っとく』


「魔物の礼など不要だ。結果で示せ」


 アルヒスは俺と目も合わせず、淡々と言った。


 ……こいつの態度は、相変わらずだな。

 リリクシーラも、他に強い奴呼べなかったんだろうか。

 命を張って共闘しようというこの場で、この態度はちょっと勘弁してほしい。


 俺が一歩踏み出そうとしたとき、身体がふらつき、思わずつんのめった。

 ぐ、ぐぅ、この急がなきゃならねぇときに!

 身体がまだ、本調子じゃねぇのか?


「……何を不思議そうにしている? 知らぬのか、アイテムやスキルでMPを回復させれば、身体に負担が掛かる」


 そ、そういえば、アロも、俺から何回も〖マナドレイン〗で回復してるときは、しんどそうにしていたな。

 つーことは、スライムも、か?

 〖命のマナ〗は、奴も何度も使えるスキルではない?

 だとすれば、あれだけ出し惜しみしていた理由にも納得がいく……が、アロは、MP空と満タンを何度か繰り返したことがあるが、そう致命的な負担は掛かっていなかったはずだ。


「とはいえスキルによる譲渡は、薬に頼った回復よりは、遥かにマシなはずだ。早く動け」


 ……俺も、今のところは別に、戦闘の致命的な支障になる程だとは思わねぇ。

 意識していれば耐えられる範囲だ。

 〖命のマナ〗も、数回の行使での負担が生じるっつうのは、考えづらい……か?


「……これが、切れる前に終わらせろ。竜狩りとアンデッドも、そこがせいぜい限界だぞ。〖クイック〗」


 アルヒスの魔法の光が、俺の背上へと落ちた。


 ……あのスライムのバカタフさを知らねぇで、上から目線で言ってくれるぜ。

 だが、奴を倒せるのは、確かにこれから〖クイック〗が切れるまで、しかねぇ。

 今の状態ならば、俺はあのチートスライム相手に、肉弾戦ならば優位に立てる。

 〖命のマナ〗を使わせる間もなく、連撃で仕留めるしかない。


 アルヒスが相方の首元に跳び乗る。


「とっとと進め、魔法の無駄だ」


「ガァァァァァァア!?」


 相方が牙を打ち鳴らし、アルヒスを尻目に睨む。


「フン、それどころではなかろう」


 アルヒスが言うが、相方に聞く耳を持つ様子はない。


『オイ、景気ヅケニコイツ喰ッテイイカ?』


 相方がアルヒスを睨む目を見開く。


『悪いこと言わねぇから、俺の方乗っとけアルヒス! そいつ理屈じゃ動かねぇから!』


「あ、ああ……」


 アルヒスが俺の首へと飛び乗る。

 ……この騎士さん、今素でビビってなかったか?

 顔が引きつってたぞ。


 俺がスライムへと駆け出したとき、アロとヴォルクが、スライムと戦っているところだった。


「……イルシアの取り巻き程度、別に変わったスキルは必要ない。これだけで、捻り潰してあげるよ」


 スライムから無数の触手が伸び、それぞれがアロとヴォルクを襲う。


 アロは、近づくことさえできていないようだった。

 触手で捉えられそうになり、〖ゲール〗を使って自身を風で吹き飛ばすことで触手から距離を取り、退避していた。

 ……MP使ってようやく回避、か。

 やっぱり、ステータス差は甘くねぇな。


 ヴォルクは触手の一打を、最初から完全に軌道を読んでいたかのような動きで回避してみせ、そのまま上に跳び、触手へと大剣を振りかぶる。


「ハハハハハハァ!」


 スライムの触手が、切断された。

 スライムが顔を顰め、ヴォルクが不敵に笑う。

 だが次の瞬間、別の触手がヴォルクを壁まで弾き飛ばした。

 壁に罅が入り、ヴォルクの身体がめり込む。


 し、死んだんじゃねぇの……と思ったのだが、即座に穴から跳び出し、触手の追撃を躱した。

 血塗れでも、顔に笑みを貼り付かせたままだった。

 どう見てもあんな機敏な動きができるわけのない重傷だが、破損した身体から運動に必要な部分だけを選び、即座に〖自己再生〗で治療したのだろう。

 や、やっぱあいつ、人間やめてねぇか?


 そのままヴォルクは、追撃の触手に飛び乗り、スライムの本体へと駆ける。


「竜狩りから、魔王狩りに変わるのも悪くはない!」


「うざったい! 〖グラビティ〗!」


 黒い光が急速に広がり、範囲内にいたヴォルクとアロの動きを封じた。

 ヴォルクとアロはその場に這いつくばり、肩を震わせる。


「む、ぐ、ぐ……この程度……!」


「残念だったね、この光の中じゃ、助けも間に合わないよ? これで、どっちも死ね!」


 スライムの腹部が蠢き、梟の面が浮かび上がり、ぐるりと一回転する。

 黒い光を放つ二つの球体が、梟の面の前に生じる。

 〖気触れ梟〗による、〖ダークスフィア〗の二連高速発動!


 やっぱし、MP最大出力の〖グラビティ〗は厄介すぎる。

 俺でも突っ込めば動きが大きく制限される。


 だが、あの二発は、動きの止まったアロとヴォルクにそれぞれぶつけるために用意したものだろう。

 彼女達に、逃れる術はない。俺がどうにかするしかない。


 俺は地面を蹴って翼を広げ、〖グラビティ〗の黒い光の範囲内に、真上から飛び込んだ。

 〖グラビティ〗の範囲内に入った俺は、全身に強烈な重力を感じ、地面へと引き付けられる。

 その勢いを利用し、スライムの人間型へと狙いを定め、前脚を振り上げた状態で飛び込んだ。


「なっ!」


 スライムが二つの〖ダークスフィア〗を適当な方向へとぶん投げ、即座に両腕を俺へと掲げる。

 手の先に巨大な甲羅の盾が生じ、俺の爪を受け止めた。

 ただ、俺の巨体の質量に加え、〖グラビティ〗により乗った重力を受け止めきれなかったらしく、スライムの全体ががくんと揺れた。

 〖グラビティ〗の光が薄れていき、アロとヴォルクが再び動き出す。


「〖ゲール〗!」「〖大切断〗!」


 アロの放った風の竜巻が、鳳凰の後ろ足へと直撃する。

 ヴォルクの放った剣技が触手を斬った。


 スライムの身体のバランスが崩れ、甲羅の盾が更に傾いた。


「〖衝撃波〗!」


 その隙間に押し込む様に、アルヒスが剣撃を放つ。

 甲羅の盾の隙間を抜けて、スライムの人間体の腕の付け根を、斬りつけた。


「ちぃっ!」


 俺は向きの傾いた甲羅の盾を、強引に爪で押し込んで更に逸らし、横に弾く。

 鳳凰の首から伸びる人型の上体を、縦に引き裂いた。

 甲羅の盾が床へと落ち、スライムに戻って爆ぜる。


「こ、こんなの、卑怯……! 一騎打ちだったのに!」


 左右に分かれた口がぱくぱくと開閉する。

 二つに裂けた人型が溶け出し、鳳凰の身体へと沈んでいく。


 途端、鳳凰の身体が銀色に覆われて行き、全身から大量の大小様々な口が開いた。

 触手の先にも口が開いている。


 な、なんだ、この姿……?

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