第64話

 ……ここは、どこだ。

 この柔らかいのは、毛皮の絨毯か?


 鼻を鳴らす。

 獣臭さと、微かに匂うピペリスの香り。 


「キシィッ! キシッ! キシッ!」


 目を開けると、間近に黒蜥蜴がいた。


 えっと……俺は大猩々に決闘を提案して……殴り合いになって倒されて……でも、経験値が入ってきて……。

 俺が生きているということは、やっぱり勝ったのか?


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種族:厄病子竜

状態:通常

Lv :39/40

HP :55/167

MP :144/163

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 万全ではないが、体力もそこそこ回復している。

 進化にもリーチが掛かっている。

 やっぱり俺は勝ったのか。


 猩々共も無事に約束を守り、去って行ったようだ。

 これでもう、干し肉を盗られることもない。

 ボスを殺された腹いせにこの洞穴を荒しに来ることもないだろう。


「キシッ!」


 黒蜥蜴が嬉しそうに俺に飛びついてくる。

 背を撫でてやると、黒蜥蜴は俺の上でごろりと丸くなった。


 にしても、洞穴近くだったとはいえよく俺をここまで連れてこれたな。

 そんな疑問を浮かべながら黒蜥蜴を眺めていると、俺の表情を見て心情を察してか、「キシ……」と、どこか不快気な鳴き声。


 え、なんだ?


 黒蜥蜴は俺に乗ったのとは反対側の方に降り、俺の視線を誘導する。

 寝返りを打つと、四体の猩々が一列に並んでいるのが視界に入った。


「アーッ!」「アーア!」

「アオッアオッ!」「アア!」


 猩々共は両腕を上下させ、興奮気味に吠えている。


 え……なんでこいつら、平然と我がホームにいるの?

 ちょっと待って、なんかおかしい。 



 黒蜥蜴は猩々を一瞥し、それから俺へと視線を移す。

 困惑顔というか、戸惑い顔というか、『あいつらどうしたらいい?』とでも言いたげな様子だった。


 いや、そんなこと俺が聞きたいんだけど。

 本当になんでここにいるの?


「ガァッ!」


 俺が吠えながら立ち上がると、猩々共は逃げるどころか近寄ってきた。

 四対の並びを崩さぬまま、膝を着いて頭を垂れる。


 ちょっと待て、マジでやめろ。

 何の嫌がらせだよコレ。

 なんだ? 今すぐこいつら全員ブッ飛ばして経験値にしていいのか?

 余裕で進化できるはずなんだが。



 なんだ、猩々共のこの奇妙な様子と行動は。

 まるで俺がこいつらのボスみたいじゃねぇか……って、ん、なんか引っ掛かるぞ。

 俺は何か、とんでもないことを見過ごしていたんじゃあないのか。


『元々決闘ハ、代替ワリカ、異ナル群レノ衝突デ行ワレルコトダ。前例ハナイガ、確カニ、異種族トハ成立シナイ、トイウコトモナイ』


 大猩々との〖念話〗を思い返す。

 代替わりか、異なる群れの衝突のときに決闘は行われる。


 代替わりの決闘で群れのボスが敗れれば、下剋上した者にボスの座が移ることが予想できる。

 ひょっとして異なる群れのボス同士の決闘の場合も、ボスを失った群れは相手の配下につくのがしきたりなのか?


【〖大猩々〗:D+ランクモンスター】

【前代の長との決闘によって認められ、長となった猩々が至る進化。】

【この方法以外では、猩々が〖大猩々〗へと進化することはない。】

【進化に関わることもあり、〖猩々〗は決闘を神聖視している。】

【また、群れを支えるために支援魔法を多く覚える。】


 決闘により、進化先が変わる。

 信じ難いことだが、進化先を変えるものに、俺は心当たりがあった。


 進化先は当のモンスターが所持しているスキル、特に称号スキルが大きく影響を及ぼす。

 大猩々は、〖群れのボス:Lv5〗という称号スキルを持っていたはずだ。

 まさか大猩々があれを手にしたのが、代替わりの決闘のときだとしたら……。


 俺は慌てて自分のスキルを確認する。


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称号スキル:

〖竜王の息子:Lv--〗〖歩く卵:Lv--〗〖ドジ:Lv4〗

〖ただの馬鹿:Lv1〗〖インファイター:Lv4〗〖害虫キラー:Lv3〗

〖嘘吐き:Lv2〗〖回避王:Lv1〗〖救護精神:Lv5〗

〖ちっぽけな勇者:Lv2〗〖悪の道:Lv3〗〖災害:Lv1〗

〖チキンランナー:Lv2〗〖コックさん:Lv3〗〖卑劣の王:Lv1〗

〖ド根性:Lv1〗〖大物喰らい(ジャイアントキリング):Lv1〗〖陶芸職人:Lv4〗

〖群れのボス:Lv1〗

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 おうふ……きっちり一番下に増えてやがる。

 まったく気付かなかった。



「アーッ!」「アオッアオッ!」


 猩々が騒ぐ。

 新たなるボスの誕生を祝しているらしい。

 支配される、という受け止め方はしないようだ。

 儀式に則った神聖なものと捉えてるんだから、そりゃそうか。



「キシィ……」


 黒蜥蜴が悲しげな目で見る。

 どうやら黒蜥蜴は、猩々が完全に居座る気であることを察しているようだった。

 あいつらのことが嫌いらしい。


 まぁ、殺しかけ、殺されかけた仲だもんな……。

 どっちかといえば、『儀式終えたからあいつボスな!』と割り切っているあいつらの方が絶対おかしい。


「シーッ! キシィ!」


 黒蜥蜴が口を開け、俺に牙を見せる。

 それから首を曲げ、細めた目を猩々へと向ける。

 戦う準備はあると仕草で俺に示していた。


 つっても……あからさまに向こうにゃ戦意がなさそうだしなぁ……。

 この称号スキルがある限り隙突いての闇討ちもして来ねぇだろうし。


 それに俺の手より人間に近いため、雑用や洞穴増築、陶芸も俺より上手く熟せるかもしれねぇ。

 干し肉で餌づけして散々こき使ってやろう。

 案外いい拾いもんかもしれん。


「ガァ」


 とりあえず、黒蜥蜴へ戦う気がないことを伝える。

 黒蜥蜴は猩々共に敵意を向けながらも、口惜しげに牙を仕舞う。

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