第63話
大猩々のドーピングが切れた今が好機だ。
このまま一気に終わらせてやる。
俺は再び手足を丸め、〖転がる〗で大猩々との距離を詰める。
直線的な動きにはなるが、〖クイック〗の切れた大猩々相手ならこれで充分だ。
回り込んで、死角からタックルを決めてやる。
「……ア、オ」
大猩々の背を取ったところで周囲の土が隆起し、勢いよく盛り上がる。
それに跳ね上げられ、俺は猩々の真上を通過し、離れた木に身体を打ち付けることになった。
つつ……まぁ、いい。
〖クレイウォール〗を使わせた、というのも充分にプラスだ。
自分の周囲にあれだけの壁を作るなんて、さすが大猩々。
猩々が三体掛かりで作った奴より豪華だが、その分MPも消費しているはずだ。
これで大猩々が回復と身体強化の魔法を使えば、MPがほとんど空っぽになるだろう。
ようやくこれで大猩々の後がなくなった。
俺は立ち上がり、土の壁を睨む。
大猩々もまた、土の壁の内側から俺を睨んでいる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:大猩々
状態:クイック(大)
Lv :27/40
HP :43/198
MP :8/140
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
アイツ……回復してねぇじゃん。
素早さ上げんのにMP全部ぶっこみやがった。
このままただ粘って長引かせても意味がないと踏んで、向こうも短期決戦に出やがったな。
確かにいくら回復されようが、ステ補正がなくなった状態なら一方的に殴れる自信がある。
そう考えりゃ順当なんだろうが……命綱の回復を全部速さに回すって、なかなか決断できることじゃねぇだろ。
「アアッ!」
大猩々は近くの木を蹴飛ばし、その反動で俺へと飛び掛かってきた。
いくらなんでもアレ速すぎんだろ。
俺の〖転がる〗の最高速度に迫る速度だぞアレ。
とにかく俺は正面から飛び込んできた大猩々に対し、〖ベビーブレス〗で対応する。
避けられるかと思ったが、そのまま熱風を突っ切ってきやがった。
ブレス攻撃を中断し、後ろに身体を逸らす。
「アオッ!」
大猩々の質量を身体で受け、俺は大きく後方に飛ぶ。
大猩々は地を蹴って跳び上がり、追撃を狙ってくる。
ヤベ、避けられねぇ。
咄嗟に尻尾を伸ばすと、枝に触れた感触があった。
俺はそのまま尻尾を枝に巻き付け、〖転がる〗を使う。
俺の身体は巻き取られるように枝の周りを高速で一周する。
「ア”ッ」
向かいくる大猩々の身体に渾身のカウンターを入れることができた。
大猩々は真下に勢いをつけて落下し、地面に大の字になる。
俺は枝の上に乗り、冷や汗を拭う。
あっぶねぇ、一撃もらうとこだった。
でもこれでわかった。
アイツ、速すぎて身体をコントロールしきれてねぇ。
動きが単調になっているし、地面に倒れている大猩々も、かなり疲弊しきっている。
ブレスを躱さず突っ込んできたのがいい証拠だ。
身体強化魔法パネェと思っていたが、身体への負担もかなり大きそうだ。
かといって、あのスピードを往なし続けるのは不可能だ。
幸い、スピードに全部MPを回してくれたから攻撃力の強化はしてねぇ。
正面からぶつかって殴り合いに持ち込むのも一つの手だ。
今みたいに逃げながら小手先の技でカウンターを繰り返すのではすぐにボロが出る。
カウンターを狙うのも、先制を取るのも捨てる。
相手が速すぎて確実性に欠ける。
殴らせてから踏ん張り、殴り返す。
ここまで相手のHPを削った今ならば、それが可能だ。
元よりサポート体質のバランス型だ。そこまで攻撃力があるわけでもない。
俺は地面に降り、大猩々と顔を合わせる。
おら、来いよ。
真正面からぶつかるの、好きなんだろ。
俺はコソコソ逃げ回りながら隙を突く方が性に合ってるが。
「ガァァッ!」
〖咆哮〗による挑発を入れる。
大猩々が歯を見せ、微かに笑った。
「アァァァアッ!」
俺に対抗するように吠え、真っ直ぐに走ってくる。
間合いギリギリの所で地を蹴り、最大まで伸ばされた腕が俺を襲う。
爪できやがったか。
俺は尻尾を自分の身体の側面にぴったり張りつけ、大猩々の爪を受け止める。
尻尾が鱗ごと裂かれるが、身体を抉られるよりはずっとマシだ。
尻尾をガードに回すと同時に伸ばしていた右の腕で、大猩々の顔面をぶん殴る。
「オゴッ」
入った!
【通常スキル〖ドラゴンパンチ〗のLvが2から3へと上がりました。】
これで勝った!
大猩々が白目を剥き、背中から倒れて行く。
「ウアアッ!!」
背が地につく寸前で動きが止まり、一気に起き上がってくる。
嘘だろ。
HP的にはさっきので……。
考えている間に、大猩々が拳を振りかぶる。
ガードに入るが遅れ、まともに一撃をもらう。
「ガァッ!」
意識が明滅する。
このクソ猿、白目のまま殴ってきやがる。
「ガハァッ!」
返しの裏拳が俺の顎を打つ。
やっぱり速度負けしてるのは痛い。
勝ったと思って気が緩んじまった。
大猩々が身体を大きく後ろに逸らしながら、握り拳を作っているのが見えた。
アレもらったらマズイ。
幸い大猩々は大振りだが、完全に回避できるほどの隙はない。
向こうより先に攻撃する、それしかねぇ。
大猩々だってほとんど死にかけのはずだ。
一発当てれば、それで勝てる。
俺は狙いもつけず、〖ドラゴンパンチ〗をただ真っ直ぐ放つ。
俺のパンチの軌道上に、大猩々の顔が潜り込んでくる。
拳に硬い感触。
顔の骨を捉えた。今度こそ、これで終わるはずだ。
ほぼ同時に、俺の額に堅いものが触れる。
次の瞬間、凄まじい衝撃を受けて俺はその場に倒れた。
「キシッ! キシーッ!」
「アー!」「アッアッ!」
「アーオッ!」「アオ、アーッ!」
泣き叫ぶような、黒蜥蜴の鳴き声。
それを掻き消すような、興奮しきった猩々の叫び。
黒蜥蜴の悲痛な声調とは裏腹に、猩々は何かを祝福するような、そんな騒ぎ方だった。
……なんだ、俺は、負けたのか?
意識が遠のいていく俺の脳内に、文章が浮かんでくる。
【経験値を162得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を162得ました。】
【〖厄病子竜〗のLvが37から39へと上がりました。】
か、勝った……のか?
やった、後、Lvひとつで……次の進化が…………。
駄目だ……もう、意識が……。
【称号スキル〖群れのボス:Lv1〗を得ました。】
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