第62話

 俺は大猩々と向かい合って立つ。

 

「アー」「アァーア」

「アオ、ア」「アア」


 黒蜥蜴を押さえながら、猩々共が口々に何かを叫ぶ。

 興奮しているようだ。

 猩々にとって、決闘とはよほど大事な儀式なのだろう。



「……ア、オ」


 大猩々が小さく呟き、ゆっくりと俺へと近づいてくる。

 俺は改めて、大猩々のステータスを確認する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:大猩々

状態:クイック・パワー

Lv :27/40

HP :198/198

MP :49/140

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ステータス上昇まだ残ってんのかよ……チクショウ。

 そろそろ効果が途切れると思うんだけどな。


 〖念話〗で消費したMPは5ぽっちか。

 もうちょい引き伸ばしてだらだら喋ればよかった。


 まずはMPの49を削り取らなきゃいけねぇ。

 これだから回復持ちは。


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通常スキル:

〖噛みつき:Lv4〗〖大爪:Lv4〗〖投石:Lv4〗

〖猿真似:Lv3〗〖クレイウォール:Lv2〗〖猿笛:Lv3〗

〖ワイドレスト:Lv4〗〖クイック:Lv2〗〖パワー:Lv1〗

〖念話:Lv4〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 スキルは通常の猩々とさして変わりねぇ。

 〖猿笛〗はさすがに何もねぇと思いたい。

 コイツ倒した後に更にデカイ猩々とか出てきたら、もう死ぬしかないぞ。


 大猩々は体格の割には補助魔法係な面がデカいし、タイマンなら何とかなりそうな気もすんだけど……俺も結構消耗してるからな。

 変動を見ている限り、〖ワイドレスト〗一回のMP消耗量は10前後、HPの回復量は80ちょっと。

 普通に戦えば後五回ほど使われそうだ。


 なんとか他のスキルを使わせて消耗させたい。

 とりあえず今は〖クイック〗と〖パワー〗の効果切れを狙うのが一番か。

 ツボガメに状態異常の魔法をくらったときも、効果持続時間はそこまで長くなかったはずだ。

 序盤戦は時間を稼ぐのに徹するか。



 大猩々は俺との距離がある程度縮まってきたところで前屈みになり、二足歩行から四足歩行寄りへと切り替えた。

 手で地面を押して加速し、一気に距離を詰めてくる。


 やっぱ〖クイック〗が生きてる間は対処しきれそうにねぇな。

 殴り合いになったら回復魔法のないこっちが不利なわけだし。



 俺は一歩退いて、〖ベビーブレス〗を撃つ。

 大猩々は熱風の目前で跳んで回避し、そのまま俺を大きく越えて行く。


 相手の意図がわからず、俺はただ首を上に向け、自らを飛び越えて行く大猩々を目で追う。

 そして、その先に大きな木があることに気が付いた。

 慌てて身体の向きを変え、大猩々の次の動きに対応できるように構える。


 大猩々は宙で木を蹴っ飛ばし、俺目掛けて一直線に落ちてくる。

 ブレスで迎撃は間に合わねぇ。

 かといって相手に回復手段がある状態でダメージ覚悟のカウンターなんてやってられねぇ。

 大猩々もそれがわかっているからこそのこの動きだろう。


 俺は翼を前に回し、身体を覆う。

 直後、落下の勢いを乗せた大猩々の体重がのしかかってくる。


 衝撃を受けて大きく後ろに弾き飛ばされる俺へと、大猩々が飛ぶような速さで走ってくる。

 追撃加える気満々じゃねぇか。


 普通に強いぞコイツ。

 集団戦のときと動きが段違いじゃねぇか。

 あのときはかなり黒蜥蜴を牽制しながら動いてやがったな。


 俺は地を思いっ切り蹴って翼を広げ飛び上がり、高い位置にある木の枝に乗っかる。


「アアッ!」


 大猩々が俺の乗っている木を殴りつける。

 木が大きく揺れて振り落とされ、俺は手を伸ばして枝にしがみつく。


 大猩々が凄まじい速さで木を登り、俺へと近づいてくる。

 クソッ! まだ魔法の効果が切れねぇのか!


 俺は枝から手を離して落下する。

 すぐ大猩々が後を追って飛び降りてくるので、〖転がる〗で距離を取る。

 後ろから大猩々の巨体が地面と衝突する音が聞こえてくる。


『ドウシタ小サキ竜ヨ。逃ゲ回ッテイルダケデハ決闘デハナイ。ソレハ我ラヘノ侮辱デアリ、儀式ヘノ冒涜ダ』


 大猩々から〖念話〗が聞こえてくる。

 あからさまに不快気な様子だ。

 お前らの事情なんか知るかっつうの!

 この状態で止まったらすぐ潰されるわ。

 せめて回復魔法禁止してからいいやがれ!


 ……って文句言ってやりたいところだが、俺の様子を見た猩々共が、黒蜥蜴を押さえつけている手の力を強めている。


「アー!」「アーッ!」


 しかも俺を指差して、不満を露わにしている。

 わかりやすいブーイングだなオイ。


 向こうのルールに乗っかった条件提示したのはこっちなわけだし、『決闘』の前提崩すようなことをしてたら、人質状態にある黒蜥蜴がなんかされるかもしんねぇな。


 わーったよ。

 そんなに攻撃して欲しかったら、一発かましてやろうじゃねぇか。



 俺は〖転がる〗のスピードを落とし、追い掛けてくる大猩々を引き付ける。

 大猩々の間合いギリギリに入り込み、伸ばしてくる手を左右に避ける。


 丁度いい木は……お、アレとかいいな。

 高さも太さも申し分ない。かなり丈夫そうだ。

 枝も丁度いい位置についているし、根っこの形もベストだ。


 俺は木に狙いをつけ、一気に加速する。

 それに合わせ、大猩々の走るスピードも上がる。


 俺は木に身体をぶつけ、そのまま鱗をスパイク代わりにして垂直に駆け上がる。


「……アァァ!?」


 うまく意表を突けたようで、木を前に大猩々の身体が止まる。

 大猩々は状況を把握しようと、一瞬無防備になる。


 木を駆け上がった俺はそのまま、真上にあった枝で身体を弾き、大猩々の顔面へと飛び込む。

 宙で〖転がる〗を保ったまま尻尾を伸ばし、大猩々の顔中を滅多打ちにしてやった。

 高速で回る鱗の鞭だ。


「グゴッ!」


 大猩々はその場に蹲る。

 尻尾を引っ込めて、猩々の頭部へと思いっ切り〖転がる〗のタックルを決め、そのまま駆け抜けて距離を取る。


「…………ア、アア」


 へっ、さすがに今のは効いたろ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:大猩々

状態:混乱(極小)

Lv :27/40

HP :43/198

MP :48/140

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 おっ、思ったより削れてんじゃん。

 防御力のドーピングはねぇもんな。当たりゃ効くか。

 

 このHPの減少なら〖ワイドレスト〗二回分だ。

 ゴールが見えてきたな。


 ……つか、補助効果切れてんじゃん!

 浅いけど混乱入ってるし、これはデカいぞ。

 頭に思いっ切り体当たりくらわせた甲斐があった。

 このまま一気に沈めてやるぜ。

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