第61話
猩々から投げ掛けられてきた思念に答えるべく、頭の中を整理する。
理性での交渉は通じそうにない。
元より理性的な解決を大猩々が望んでいるのなら、最初から向こうが念話を使っていたはずだ。
かといって本能のままぶつかったら戦闘は避けられない。
そうなったら洞穴放棄を覚悟で逃げるしかねぇ。
俺は毒干し肉を喰ってぐったりしている猩々の喉に爪先を突き立てたまま、思考を組み立て、大猩々に投げ掛けるイメージをする。
『コイツはこのままだと毒で死ぬが、黒蜥蜴なら〖解毒〗できる。その対価に俺達を見逃してくれ』
大猩々を睨み、強く念じる。
大猩々の反応は薄い。本当に伝わったのか不安になる。
ひょっとして〖念話〗って送信しかできねぇんじゃねぇのか。だったら詰むぞ。
『アリ得ン交渉ダ、一度敵対シタ危険分子ヲ逃ス理由ニハナラナイ。犠牲ガ出ヨウガ、有利ナ今ノ内ニ排除スルダケダ』
俺の不安に反し、返事が来る。
大猩々の様子を見るに、どうやら〖念話〗は他者に思念を送るとともに、他者の強い思念を拾うこともできるようだ。
とりあえず〖念話〗が送受信可能なものであることを知って安堵するものの、返ってきた内容は芳しくない。
『俺と黒蜥蜴が死ぬ気で掛かれば、相討ちに持ち込むくらいの自信はあるぞ』
ハッタリではない。
俺がダメージ承知で奴らの気を引き、黒蜥蜴が我武者羅に俺を巻き込むつもりで毒をぶち撒けば、相討ちにすること自体は簡単だ。
『弱キハ奪ワレ朽チ果テル、ソレガ我ラノ理念。我トテ親ヲ殺シ、長ノ座ニ登リツメタ』
……駄目だ。
意思疎通ができたところで、完全にモンスターの思想だ。
はっきりって俺には理解できない。
『ま、待て! だったら……』
『諄イ。魔力ノ無駄ダナ』
このままだと念話が切られる。
そうなったら、強化魔法で速度を底上げしたコイツから逃げ切らなきゃいけねぇ。
〖転がる〗を使えば最大速度でなら勝てるだろうが、猩々の特性スキル〖器用〗や称号スキル〖森の曲芸師〗を見るに、曲がりや障害物でのタイムロスを考えれば、どっこいどっこいといったところになるかもしれない。
何かないのか。
一言で事態を好転させられる、そんな魔法の言葉はねぇのか。
干し肉を用意する?
いや、そんなんで引き下がってくれるわけがねぇ。
〖念話〗で交わした交渉内容、それにくっ付いてきた大猩々の性格、モンスターの詳細チェックで得た習性。
振り絞って考え、諦め半分の破れかぶれで大猩々に思考をぶつける。
『だ、だったら、決闘だ。俺は、お前に決闘を申し込むぞ』
猩々の中で、決闘がどういう意味をなすのかは大まかにしか知らない。
重んじられており、長を決める儀式であり、進化に関わるということくらいだ。
普通に考えたら他種族から一方的に申し出られた決闘なんか、受け入れるはずがねぇ。
が、〖念話〗に混じって送られてくる大猩々の人格や感情が、俺に『ひょっとしたら』という希望を生んだ。
もし本当に通るのならば、数の差の不利を潰してタイマンに持ち込むことができるかもしれない。
頭さえ潰して回復源を断てれば、残った四体を仕留めるくらい容易い。
猩々からの返答はない。
『乱戦になれば、黒蜥蜴はお前達を道連れにすることだけならできる。決闘を受けてお前が単体で俺を倒せば、その心配もなくなる。お前にとってもそっちの方がいいんじゃないのか? 受けるのなら、その時点で毒に掛かった二体を解毒する。そっちにとってもプラスなはずだ』
『元々決闘ハ、代替ワリカ、異ナル群レノ衝突デ行ワレルコトダ。前例ハナイガ、確カニ、異種族トハ成立シナイ、トイウコトモナイ。貴様ガ、蜥蜴ト二体ノ群レダトイウノナラナ』
通った……のか?
乗った振りか?
解毒だけさせて、一気に全員で攻めてくるんじゃねぇのか?
いや、それはない。
〖念話〗で流れてきた大猩々の性格の片鱗を見るに、この手のことで嘘を吐くような真似をする奴ではない。
〖念話〗の力による妙な説得力がなければ、俺だってこんな提案はしない。
『イイダロウ、乗ッテヤル。奴ラニハ、決着ガツクマデ手出シハサセナイ。決闘トイウ名目ヲ取ル以上、我ラニトッテハ魂ノ向上デアリ、神聖ナル儀式。ソレヲ破ル道理ハナイ』
大猩々はそう『念話』を送ってから、固まっている手下三体へと目を向ける。
俺は腕で押さえていた猩々を丁寧に開放し、少し離れる。
他の猩々が近づいてきて、ぐったりしている猩々を抱えて運び、手下四体で固まる。
黒蜥蜴に目で合図を送り、〖解毒〗を促す。
黒蜥蜴に迷う素振りはあったが、俺から再度確認を取った後、恐る恐るといったふうに猩々に近づき、二体の〖解毒〗を終えた。
「ア?」「アァ」
猩々が顔を合わせ、何か相談する。
黒蜥蜴はその様子に何かを察したらしく、後ろに退いて距離と取ろうとする。
二体の猩々が素早く動き、黒蜥蜴を捕らえる。
「キシッ! キシィッ!」
「ガァァアッ!」
俺は吠えながら大猩々を睨む。
『勘違イスルナ。アノ蜥蜴ニハ、決闘ヲ尊守スル理由ガナイ。貴様ガ我ニ勝テレバ、解放シテヤル』
……隙を見て黒蜥蜴を呼び戻して、他の猩々が追い付く前に大猩々に毒をくらわせようと考えてたんだが、駄目か。
俺が大猩々の性格の断片を盗み見たのと同様、大猩々も俺の性格を把握し、先読みされていたのかもしれない。
純粋なステータスでは勝ってるけど、大猩々にはステ補正魔法があっからな。
加えて俺はHPを結構削られてるわけで……自分から持ちかけといてなんだけど、チッとキツイかもしれねぇな。
さっきまでの戦力差よりはマシだけどよ。
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