第60話

 向こうの戦力は猩々三体と大猩々一体。


 毒干し肉を喰った猩々は戦力と考えなくていいだろう。

 定期的に大猩々が回復を施しているようだが、まともに動けそうには見えない。


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種族:大猩々

状態:クイック・パワー

Lv :27/40

HP :198/198

MP :54/140

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 大猩々のMPはまだ三分の一以上残っている。

 強化と回復の魔法を乱打した上であれだけ残ってるとか反則過ぎんだろ。

 あれがなくなるまで回復魔法を使わせ続けるのも打開策の一つではあるが、先にこっちが消耗しきっちまう。



 〖くるみ割り〗などの大技で一気に仕留めて手下の数を減らしたいところだが、それをするだけの余裕がこの乱戦ではない。

 一体に意識を集中すれば、残りの三体から袋叩きにされる。

 そもそも暴れる魔物を抱えて宙に飛ぶなど、タイマンでもなかなかできることじゃねぇ。

 あれを成功させるには『ある程度無力化すること』と『周囲の妨害がない環境』が必須だ。


 そこまでお膳立てしたところで、得られるのは手下一体の無力化だ。

 一体減らせば楽になることには違いないが、状況を作り出すためにこっちが負うダメージも馬鹿にならない。

 こっちに回復の手段さえあればそれでも良かったんだが。

 


 手下猩々三体のステータスも確認するが、HPはもちろんMPもまだまだ余裕がある。

 一体だけ〖毒α(小)〗状態になっていたが、見ている限りでは普通に動いてやがる。

 黒蜥蜴が一発毒爪か毒牙か当ててくれたのだろうが、ありゃ掠っただけって感じだな。効果が出るまでもうちょっと掛かりそうだ。


 元々黒蜥蜴は俺のときでも不意打ち一発確実に当てて逃げるのが基本戦術だったからな。

 ツインヘッド戦みたく相手の注意を俺が引き付けることができればまだ何なりとやりようがあったんだろうが、数で押されてる今となっちゃ上手く行かねぇか。

 不意打ちを諦めて黒蜥蜴も前線に出てきたのが今の結果か。


 俺巻き添えに〖毒毒〗撃ったら何体かは捉えられそうだが、肝心な俺の〖解毒〗の機会来るのがいつになるかわかんねぇ。


 黒蜥蜴はHPも防御力も高くねぇし、安全圏まで下がって飛距離のある〖クレイガン〗に徹してもらうしかねぇか。



 結構マズイな。

 黒蜥蜴には離れたところから〖クレイガン〗で援護してもらいつつ隙を窺って、タイミング測って逃げちまうか。

 しばらくは洞穴に戻れねぇなこりゃ。

 洞穴放棄するつもりで逃げた方がいいかもしんねぇ。

 愛着はあるが、命には代えられん。



 もう一度相手を確認する。


 ボス猩々、MP三分の一程度。

 手下猩々四体中、HPとMP共に余裕ありが二体、掠り傷を負って軽度の特殊毒が一体、毒干し肉を喰って戦闘不能が一体。


 ……あの戦闘不能の奴、人質ならぬ猿質にできねぇかな。

 あのボス猩々は、毒で動けない奴まで延命のための回復魔法を掛けている。それも戦闘中に、だ。

 仲間意識が強いなら、猿質作戦は有効なはずだ。

 黒蜥蜴は解毒もできる。



 ボス猩々を睨み、モンスター詳細をチェックする。

 トップの性格や知能の高低によっては、交渉の余地があるはずだ。


【〖大猩々〗:D+ランクモンスター】

【前代の長との決闘によって認められ、長となった猩々が至る進化。】

【この方法以外では、猩々が〖大猩々〗へと進化することはない。】

【進化に関わることもあり、〖猩々〗は決闘を神聖視している。】

【また、群れを支えるために支援魔法を多く覚える。】


 ……ひょっとしてそれって、進化条件を本能で察知してるってことか?

 それはそれでうさん臭いが、それについてはまた今度考えるとしよう。


 決闘っつう文化を神聖視してるって面では、かなり知能が高そうだ。

 お互い死者の出かねない戦闘の真っ只中だが、猿質作戦という発想自体は悪くねぇかもしれねぇ。

 大猩々だけが持っているスキル、〖念話〗というのも気に掛かる。


「ガァッ!」


 一声鳴き、黒蜥蜴に表情と声の調子で援護射撃を頼む。

 黒蜥蜴が俺から離れるのと同時に、二体の猩々が俺へ、一体の猩々が黒蜥蜴へと向かう。

 不安はあるが、戦力が分散してくれてありがたかったともいえる。

 回避に専念していれば、黒蜥蜴が猩々一体相手に捕まることはないはずだ。



 俺に襲い掛かってくる二体の猩々の内、右の方は〖毒α(小)〗の状態異常を負っている奴だった。

 動きが少しだけぎごちない。


 俺は左にフェイントを掛けてから、右側の猩々の脇を駆け抜ける。

 その後ろで控えていたボス猩々を〖転がる〗で避け、〖転がる〗を素早く解除。

 干し肉を食べた、毒に苦しんでいて動けない猩々の後ろに回り込み、その喉元に爪を突き立てる。


「ア……ア、ア……」


 俺の様子を見た猩々が顔を怒りで染め、三体とも一気に俺に向かって走ってくる。

 アイツらとの交渉は端から無理だと踏んでいた。

 だが、〖念話〗持ちの大猩々ならどうだ。


 俺は自分に向かいくる三体を無視し、一心に大猩々を睨む。

 元より勝算は低い。

 当てを外したら、このまま逃げる。

 敵全員の矛先が俺に向いている今なら、黒蜥蜴も楽に逃げられるはずだ。



『ソノ様子、我ノ能力ヲ知ッテノコトカ?』


 頭に、大猩々の思考が入り込んでくる。

 言葉ではなく、もっと具体的で、深いものが。

 俺に投げ掛けた質問の内容の他に、大猩々の感情、性格も同時に伝達されているような感覚だ。

 これが念話か。


 賭けには勝った。

 俺と大猩々の様子を見て、猩々も固まっている。


 しかし意思の疎通こそ可能であることがわかったが、同時に交渉が難しいことがわかった。

 大猩々の怒りと、野生としての誇り高さ、知性はあるが本能的な性格が伝わってきたからだ。

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