第364話

 魔物と人間の生存圏争いなんぞ、ただの戦いの建前だとしか思えない。

 恐らく、神の声の奴が、意図的に神聖スキル持ちの魔王と勇者をぶつけて、潰し合わせている。

 

 勇者も、俺と同じく神の声を持っていた。

 もしも神の声の発信者が同じならば、魔物と人間の双方に助言をしていたことになる。

 どう考えたって、わざと神聖スキル持ちが争う様、誘導しているとしか思えねぇ。 


 ただ、こうして大賢者が六人いたことを聞いた今、もしかしたら神の声の発信者が、俺と勇者では異なる、という可能性もある。

 人間の大賢者と魔物の大賢者が、互いに力を引き渡した者を操って代理戦争を行っている……と考えるのが、一番筋が通っているのかもしれない。


 だが勇者の死に際の錯乱していた様子を思い返すに、どうにもそれも疑わしい。

 あいつは恐らく、神の声に切られたのだ。

 そして俺に、あいつの持っていた〖人間道〗のスキルが移った。

 俺には手駒を二つぶつけて、生き残った方を取った、というふうにしか見えない。


 最終的に神の声が何を企んでいるのか、そもそも俺はどういう立ち位置を期待されて目を付けられてたのか、それさえ定かではない。

 順当に考えりゃ、ハナから魔王候補として送り出されてたんじゃねぇかと思うが、俺は別に最初から神聖スキルを持っていたわけでもねぇ。


 親父候補の竜王エルディアが〖神の声〗を持ってっから、単に強くなりそうな魔物に唾つけてただけか?

 ……情報が少なすぎて、この辺りは考える意味もねぇか。

 せめて勇者がちょっとは話の通じる奴だったなら、情報交換もできてたかもしれねぇな。


 ふと視界に意識を戻すと、相方が至近距離から俺の顔を見上げていた。

 思いの外すぐ目前だったため、俺は驚いて首を後方へ仰け反らせる。


 ……とと、悪い。

 ちっと考えこんじまってた。


「ガァッ?」

『ンナ気ニナンノカヨ?』

 

 そりゃあな。

 どうにも俺は、無関係面できる立ち位置じゃあとっくになくなってたみたいだしな。


 ただ、今は余計なこと考えてたら、エルディアの機嫌を損ねちまうな。

 それに、〖念話〗で思考を拾われてもややこしいことになる。

 このことはまた、落ち着いてから考え直そう。

 それから……こっからどうすんのか、決断しねぇと。

 いざというとき、半端な真似をしなくてもいいように。


『なんだ、その様に考え込んで? 首同士で会話せずともよかろうが。我に訊きたいことがあるのならば、訊けばよかろう』


 ダンダンと、エルディアが足を踏み鳴らす。

 訊きたいこと……そういや、あったな。


『む?』


 その……島の外に、息子さんがいたりしませんかね?


 俺が思念を送って尋ねると、エルディアの目がぐっと見開かれた。


『我の息子か。七体とも、五百年前に、忌々しき勇者ミーアに斬り殺されたわ』


 エルディアがギリギリと牙を擦る音を立てて、殺気を漂わせる。

 じ、地雷だった……。駄目なところだった。

 ミ、ミーアさん、竜王の子供、七体共討伐したんですか……。

 名前からして、女の人だろうか? なかなか行動的な人物であったらしい。


 ……つーか、これ、ひょっとして俺、エルディアと全く関係ない……?

 まぁエルディアの話が本当なら、お告げを聞いてからずっとこの島に引きこもっているようだったし、全く関係ない森にいた俺と親子の繋がりがある……というのは、なかなか考えづらいことではあった。

 所詮、それらしい名前の称号スキルがあった、というだけの話だ。


『最近ならば島渡りの飛竜がこの地を訪れたときに交わりはしたが、子ができたかどうかなど知らぬわ。それがどうしたというのだ?』


 し、島渡りの飛竜……?


『あの種のドラゴンは一か所に留まらぬからな。気まぐれで奔放なのだ。フラっと現れて、フラっと消える。この島を出ろと言われて断った翌日には、既にどこにもおらんかったわ。再び次代の魔王が現れるまでこの地で身を隠すと決めた我とは、相容れぬ輩よ。もっとも、あんな低位のドラゴン、どうでもいいがな』


 エルディアが忌々しそうに言う。

 少し寂し気でもあった。

 ふと、島中飛竜を探し回るエルディアの姿が脳裏に浮かんだ。


 俺は咄嗟にエルディアから目線を逸らす。

 ……やっぱしこのドラゴン、竜王エルディアは、俺の父親だ。

 だが、言うべきではないだろう。

 エルディアは魔王が現れれば、その下に付く。

 いずれは敵に回ることも考えられる相手だ。

 深入りするべきではない。


 本当ならば、今の内に隙を突いて倒すべきなのかもしれない。

 だが、俺にそんな真似はできそうにない。

 もしかしたら敵対する日が来ねぇんじゃねぇか、この島にずっと引きこもっててくれるんじゃねぇかって、そんなことすら考えちまう。


 俺は帰宅の意思を強く念じ、エルディアに拾わせる。

 それからアロ達へと目を向け、この地下遺跡を脱することを伝えた。

 アロが困惑気に俺の顔を見上げる横を、ナイトメアが颯爽と駆け抜けて階段の方へと向かっていく。

 エルディアに怯え……警戒していたトレントさんは元々階段近くの位置をキープしており、器用に根を這わせて階段を上がっていく。


『む? なんだ、もう出ていくのか。我はもっと色んなことを知っておるぞ。……それに貴様のことも、まだ何も聞いておらんではないか』


 遺跡の奥で屈んだままだったエルディアが、やや首を伸ばす。


 悪いですが、この遺跡の番人三人組との戦いで疲弊していたもので……。

 巣穴の方へ戻って、一度身体を休ませてもらいます。


『むぅ……そうだ貴様、どうせ名を持ってはおらんだろう。貴様もいずれは、この我と共に次代の魔王へと忠誠を捧げる身、名無しでは格好がつかん。我が貴様に似合う名をつけてやろうではないか。どうだ?』


 ……生憎ですけど、名前ももうあるんで。


『む、む、むぅ……あったのならば、なぜ名乗らぬ……』


 伸ばした首を、エルディアが引っ込める。

 俺はその様子をちらりと振り返った後、軽く頭を下げ、遺跡を後にした。

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