第68話
ミリアの悲鳴は、例の崖の向こう側辺りのようだった。
〖転がる〗で勢いをつけて〖飛行〗で飛び、首を下に傾けて〖ベビーブレス〗を後方に放って飛距離を稼ぎ、崖を越える。
向こう側に到着すると、すぐに見つかった。
狼四体に囲まれる、栗色の髪を持つ少女。
狼の爪で衣服を裂かれ、身体にいくらか怪我を負ってはいるが、まだ致命傷ではない。
モンスター相手に今まで善戦していたというわけでもなさそうなので、どうやら狼の方に徹底して獲物を追い詰める習性があるようだ。
グレーウルフではない。
蒼の体毛を持つ、額に目を持つ狼。
体格もグレーウルフより大きい。ただ雰囲気は似ているので、グレーウルフの進化系なのかもしれない。
【〖マハーウルフ〗:D-ランクモンスター】
【第三の目で見た情報を、近くにいる同種同士で共有する能力がある。】
【その力によって連携して獲物を追い詰める。】
Dランク下位なら複数相手でもどうにかなる。
ただ説明文を見るに、すぐに仲間を呼んできそうだが。
続けてステータスチェック。
【通常スキル〖ステータス閲覧:Lv5〗では、正確に取得できない情報です。】
え?
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:マハーウルフ
状態:****
Lv :9/28
HP :58/58
MP :35/35
攻撃力:52
防御力:31
魔法力:63
素早さ:62
ランク:D-
特性スキル:
〖集団行動:Lv--〗 〖第三の目:Lv--〗
〖魔法波送信:Lv2〗〖魔法波受信:Lv2〗
耐性スキル:
〖土属性耐性:Lv2〗〖麻痺耐性:Lv2〗
通常スキル:
〖噛みつき:Lv2〗〖眼光:Lv2〗
〖ファイアネイル:Lv1〗
称号スキル:
〖残虐:Lv2〗
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
なんだ、この状態異常は?
〖第三の目〗か何かの力なのか?
ステータスは猩々より低い程度だが、状態異常がどうにも不安だ。
驚いて足を止めてしまうが、しかし警戒している余裕はない。
「グォォォォォオオッ!」
俺はマハーウルフの注意を自分に向けるため、大声を上げた。
マハーウルフを引き付けることはできたが、ミリアが絶望しきった表情で俺を見ていた。
白い肌は唇まで青褪め、大きなおっとりした目は更に見開かれている。
「ιατί συνέβη αυτό……」
なんかこう、盗賊に絡まれて逃げる算段考えてたら魔王が来ました、みたいな、そんな顔をしている。
いや、彼女からしたらまさにそんな状況か。
わかってはいたが、ちょっと辛いものがある。
やっぱしさっさと進化しとくべきだったか。
俺が近づくとミリアは身体を震わせ、後退る。
おおう……そこまで怖がんなくとも。
「グルァァッ!」
四体のマハーウルフが俺に飛び掛かってくる。
俺は迎え撃つため、〖ベビーブレス〗を吐く。
四体の中で中央気味だった二体のマハーウルフは回避が遅れ、熱風の餌食となる。
「キャオンッ!」「クゥオォンッ!」
熱風を受けた二体はのたうち回り、熱の苦しみから逃れようとしている。
〖火傷〗の状態異常が入っていた。
左右に分かれて回避した二体が、両側から俺に襲いかかってくる。
「「グルゥアッ!」」
両側から噛みついてくるマハーウルフを翼で防ぎ、一気に広げて弾き飛ばす。
二体のマハーウルフは綺麗に左右へとぶっ飛んで地に身体を叩き付け、そのまま起き上がって逃げて行った。
追うべきかとも思ったが、無理にそうする意味もないか。
どの道、仲間を呼ぶのなら視野共有能力で呼んだ後だろう。
俺は〖ベビーブレス〗で弱らせた二体を爪で引き裂き、トドメを刺した。
【経験値を36得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を36得ました。】
【〖厄病子竜〗のLvが39から40へと上がりました。】
【〖厄病子竜〗のLvがMAXになりました。】
【進化条件を満たしました。】
あ、来たか。
もうちょっとLvの上がるタイミングが早かったら、厄病子竜の姿で来なくても良かったんだけどな……。
危機は脱したし、もう別れるか?
いや、この子、Dランクモンスターとはまともに戦えなさそうだし……事情はわからないが、とにかく村まで送り届けた方がいいか?
姿は進化すれば、威圧感は多少は和らげるはずだし……。
俺が頭を悩ませていると、さっきまで脅えていたミリアが、じーっと俺を見つめてくる。
「προηγούμενο……?」
ミリアは脅えてはいるが、狼を追い払った後、攻撃を仕掛けてこない俺に対し、助けてくれたのではないかと考え始めているようだった。
ミリアは足を震えさせながらも立ち上がり、手を大きく伸ばして俺に向けて振ってくる。
なんだ? どうしたんだ?
ん……あれ、ひょっとして……俺が最初にミリアに会ったときの仕草を真似てるのか?
ベビードラゴンだったとき、初めて人間を見つけ、大喜びで手を振りながら近づいた記憶を思い出す。
ひょっとして、俺だとわかったのか?
いや、確信を持っている様子ではない。
あれだけ俺も姿が変わったんだから。
ただ、ひょっとしたら……と思い始めているようだった。
「……グ、グォッ」
ミリアが俺の鳴き声を真似て言う。
俺も手を上げ、ミリア同様に振ってみる。
ミリアは顔を輝かせ、俺の腹に抱き付いてきた。
「Ευχαριστώ για τη βοήθεια!」
お、おい!
俺こんな外見だけど、一応中身人間だぞ!
思いの外あっさり受け入れられた……のはいいのだが、動物として見られている感がある。
いや、いいんだけども、あんまり触られたら照れる。
それにしても、なぜこんな森の中に一人でいたのだろうか。
村まで……いや、それは村に混乱を招くだけだ。
ミリアも困るかもしれない。村の近くまで送り届けるに留めるべきか。
俺は崖の方を振り返り、足を怪我した黒蜥蜴を思い出す。
そこまで大した怪我ではなかったはずだが、あの状況で黒蜥蜴を放置してきたという事実が、どうにも心苦しい。
一刻も早く、様子を見に行きたい。
できることならばミリアを村へ送り届けるよりも先に黒蜥蜴に謝りに行きたいのだが、ミリアを森中に放置するわけにもいかない。
ましてや崖の向こう側まで連れて行くなどありえない。
黒蜥蜴や猩々がミリアに襲いかからないという保障などないのだから。
そもそも、ミリアが本当に単独で来たのか、途中で逸れたのか、それもわからない。
ひょっとするとミリアの他にも人間がいるのかもしれないし、とにかく彼女から事情を聞くところから始めるか。
俺もスキルLvは低いが、〖グリシャ言語〗を持っている。
根気よく話せば少しくらいは事情が分かるはずだ。
「ガァ……」「グゥアァァァァッ!」
俺がミリアから話を聞こうとしたとき、丁度俺の鳴き声に被らせるようにしてマハーウルフの鳴き声が聞こえてきた。
振り返れば、五体のマハーウルフの群れがいる。
さっきよりも平均レベルが高い。
戦って倒すのは簡単だが、ミリアを危険に晒しかねない。
とりあえず、ここは逃げておくべきか。
「ガァッ!」
俺は背を屈め、ミリアへ上に乗るよう仕草で伝える。
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