第525話 side:リリクシーラ
「手酷くやられたもんだなァ、聖女様! 一撃でそのザマとは、ニンゲンはチャチくて敵わねェ!」
ベルゼバブが笑いながら、リリクシーラを担いで霧の空を舞う。
リリクシーラは無論自身に〖ハイレスト〗は既に用いていたが、イルシアの〖次元爪〗を受けたときから左肩がほとんど上がらなくなっていた。
腰にまで傷を負ったためか、足も上手くは動かない。
再生魔法〖リグネ〗の使い手であるオウルと接触する必要があった。
「しかし……この地の把握と合流が、俺様の目しか手段がないってのは問題なんじゃねェか。確かに俺様は有能だけどよォッ!」
「ええ、貴方は有能ですよ。そうでなければ、とっとと〖畜生道〗として継承させてもらって、手駒には他の魔物を使っていたでしょうね」
「ハッ! ハッキリと言ってくれるぜ! オイ、近いぞオウルは」
ベルゼバブが言いながら滑空する。
「……あと、アルアネとハウグレーを呼び戻しておいてください。アレクシオは、死んだのでしたね?」
「遠目だったが、間違いねェよ。ああ、アルアネは、例の二体逃したが、しっかり一体は確保していたはずだぜ。聖女様の御命令通りになァ。てっきりぶっ殺しちまうかと思ったが。なんだあのクソガキ、思ってたよりも素直で勤勉じゃねェか」
リリクシーラはベルゼバブの〖眷属の目〗を通して、この霧の地の大局を大まかながらに把握していた。
ハウグレーとヴォルクの一戦も、アレクシオの死も、アルアネがイルシアの魔物の一体を
隠し玉であったエルディアを早々に使い捨てにしたのは、新しい有力な駒を引き入れるためであった。
圧倒的なステータスを誇るイルシアに対して精神面における強力なアドバンテージとなる駒……要するに、イルシアの部下に〖スピリット・サーヴァント〗を用いて従霊化することが狙いであった。
〖スピリット・サーヴァント〗は、使用条件に経験値の発生キャンセルがあった。
つまり、対象の魔物の死に立ち会う必要があるのだ。
そのため、イルシアの部下に関しては、討伐よりも生け捕りが優先であった。
「しかし、二体逃がした……ですか。一体確保できれば残りは討伐しておいてもらいたかったところですが、考えようによっては、第三の〖スピリット・サーヴァント〗が潰された後の、保険にもなるかもしれませんね。従霊化は魔力消耗量が生半可ではないので、あんまり現実的ではありませんが」
「おーおゥ、おそろしいことを考えなさるぜ、大将様は。ニンゲンは魔物は邪悪だとよく言うらしいな? とんだ偏見だよ。俺様の故郷の大渓谷じゃ、お前くらい陰険な奴はいなかったぜ? どいつも腹減ったら飯を喰らって、眠くなったら日向ぼっこする、可愛らしい奴らだったよ」
ベルゼバブがわざとらしく呆れたふうに口にする。
「……オウルの現在の護衛は?」
ぽつり、リリクシーラが問う。
「あァ? 聖女様が任命してから変わりねェよ。つーより……もう合流するぜ、ほら」
言いながら、ベルゼバブが地面へと着地する。
前方には、ベルゼバブの眷属の蠅の魔物に並んで、一体の騎竜に聖騎士のアルヒスと再生師のオウルが同乗していた。
アルヒスを見たリリクシーラが、小さく安堵の息を漏らす。
「リリクシーラ様、その怪我は……!」
アルヒスがリリクシーラへと呼び掛ける。
「死なない限り、何の問題もありませんよ。こちらには、オウルがいますからね」
オウルが歯を食い縛り、リリクシーラを睨む。
「何が、何が、まず勝てる戦いだ! アンタはそう言った! 敗れたとしても、全滅するような戦いじゃないとまで言った! 全部嘘だった! オイラを騙したんだ!」
オウルが目から涙を零し、リリクシーラを非難する。
「オイラは、オイラは、村に帰りたかっただけなのに! どうしてこんな酷い目に遭わせるんだ! なんでだ! オイラに何の恨みがあってこんなことするんだ!」
オウルとアルヒスは、アロ達と騎竜兵の戦いを、かなり後方から見守っていた。
重傷者を回収してオウルの魔法で回復させる役割であった。
ただ、その役目もオウルがパニックを起こしたためにほとんど機能することはなく、アルアネの投入と同時に早々に戦地から撤退していた。
「リリクシーラ様も迷っておられましたが……やはり、オウルは連れてくるべきではなかったのではありませんか?」
アルヒスがリリクシーラへと問う。
リリクシーラは首を振る。
「いえ、早々に状況を呑み込んでもらうには、実際に戦地を目にしてもらうしかなかったでしょう。最初から機能するとは思っていませんでしたよ。それに、連れて来た意味なら既にあります。彼がいたから、私も〖人間道〗の前に身を晒す危険な策が取れたのです」
アルヒスがオウルを強引に地面へと下ろした。
リリクシーラが彼の目前に立つ。
「申し訳ないことをしたとは思っていますよ、オウル。ですが、私も形振りを構ってはいられませんので。アルヒス、言うことを聞かないようであれば、多少の暴力行為は許容しますよ。魔力を無駄にするので、自身に再生魔法は使わせないようにお願いしますね」
「それが……それがアンタのやり口かリリクシーラァアアッ!」
オウルが吠えながらリリクシーラへと掴みかかろうとする。
アルヒスが剣を抜いてオウルの首に宛がい、彼の動きを阻害した。
「悪魔め! 悪魔共め! 何が聖女だ! 何が聖国だ!」
彼の暴言に対しては、さすがにアルヒスも返す言葉を持たなかった。
リリクシーラの言葉に従いはしたが、自身の行いに正当性があるとはとても思えない。
「リリクシーラ様……彼は、その、切羽詰まった場面では特に、役目を果たしてもらうのは難しいかもしれません」
アルヒスが不安げに主へ問う。
彼女は本当は『こんなことを続けていていいのでしょうか』と問いたかったのだが、さすがに口にはできなかった。
リリクシーラが小さく、冷淡に頷いた。
「戦地でわざわざ説得する訳には行きませんからね。一応、対策は考えていますよ。少しばかり、彼には酷なことになりますが」
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