第526話

 エルディアを倒し……戦闘が無事に終わったことに安堵したとき、俺はあることに気が付いた。

 蜘蛛の編みぐるみの、三つの内の二つ目が消えていた。

 蜘蛛の編みぐるみは、俺の腹部にアトラナートよりつけてもらったものである。


 元々、アトラナートの偵察の合図用に着けてもらったものだったが、わざわざ消す理由もないのでそのままにしていたのだ。

 今二つ目が潰れたということは……アトラナートの方で、何かしらの異常事態が起こったとしか思えない。


 ……まさか、本当にリリクシーラがアロ達の方へ向かったのか?

 

 俺はアロ達と合流すべく、大急ぎで地面を蹴って空を舞った。

 霧の中を飛び、地表を見回す。


 ベルゼバブかリリクシーラのどちらか一方でも、アロ達にとっては全滅の危機に直結し得る。

 今どこにいるのかはわからねぇが……アロ達は、ベルゼバブの初撃に巻き込まれないため、山の方へと向かう、という話になっていたはずだ。

 それに戦闘があったなら、倒れている聖騎士もいるはずだ。

 何かしら目印はある。

 そう見つけるまでに時間は掛からないはずだ。


 ふと、交戦の音が聞こえた。

 大地を蹴り、宙を舞い、敵を殴りつける音だ。

 俺はその音の聞こえる方へと、大急ぎで飛んだ。


 到着した頃には、既に戦いは終わったようだった。

 アロが地面へと片膝を突いて、息を切らしていた。

 身体中に、剣で斬られた幾つもの傷がある。

 その傍らには、木霊モードのトレントさんがいた。


 その前には、身体が三つに分かたれた聖騎士らしき男が倒れていた。


『無事だったか、アロ、トレント!』


 俺は二体へと呼びかける。

 アロが俺を見上げて、顔色を輝かせた。

 だが、すぐに再び顔を曇らせる。


「竜神さま……! 合流できて、よかったです! でも、アトラナートがまだ……すぐに追いつくって言っていたのに、何も……」


 トレントが首を振り、目線を落とした。


『アロ殿……アトラナート殿は、来ませぬ……』


「トレント……? それは、どういう……」


『……気づいてはおったのです。アトラナート殿は、本当に切羽詰まった場で暴言を口にすることは珍しいので、その……我々に、嘘を吐いているかもしれない、と』


 アロの顔色が見る見るうちに悪くなり、瞳にじわりと涙が浮かんだ。

 俺には詳しくは分からなかったが、大まかには察した。

 アトラナートは……恐らく、アロを丸め込んで、自分一人で強敵の足止めを引き受けたのだ。


「ど、どうして、トレント……気が付いたのに、黙ってたの……? トレントも、アトラナートのこと、大好きだったんじゃないの!」


 トレントは俯いたまま、また小さく首を振った。


『言えませぬ……アトラナート殿の覚悟を目にして、それを無駄にするようなことは……私には、とてもできませんでした……。申し訳ございませぬ、アロ殿……』


 それを聞いたアロも、それ以上は追及することができるはずもなく、トレントと同様に黙って俯いてしまった。


 俺としては、わからないことだらけだ。

 一体アトラナートは、誰を足止めするために残ったのか。

 そして……ヴォルクとマギアタイト爺、黒蜥蜴の姿がないのも不穏だ。


『とにかく、落ち着いてくれ! アトラナートはどっちにいるんだ!』


 アロとトレントが顔を上げる。


『アトラナートは、まだ生きている!』


 俺の言葉を聞いて、二体の表情が変わった。


「ほ、本当……ですか?」


『あの状況では、何か逃げる手段がなければ』


 アロとトレントは疑っている様子だった。

 俺は身体を捻り、自身の腹部を二体へと見せる。


「あっ……編みぐるみ」


 アロが思わず声を上げる。


 そう、俺の腹部には、まだ最後の一体のアトラナートの編みぐるみが残っていた。 

 これがアトラナートがまだ生きていることの、何よりの証明である。


 アトラナートの編みぐるみはただ糸で作った玩具ではなく、〖ドッペルコクーン〗のスキルで作られた、いわばアトラナートの分身体である。

 アトラナート本体から微量な魔力を受け取り続けることで、輪郭を保ち、俺の鱗にしがみつく力を維持することができているのだ。

 この最後の編みぐるみが生きているということは、アトラナートが生きている、ということに他ならない。


『移動しながら話は聞く! 急ぐぞ!』


 俺は背を屈め、二体へと乗る様に促した。


「わ、わかりました!」


 アロは木霊トレントを軽々と担ぎ上げ、俺の背へと素早く飛び乗った。

 俺はアロの指示した方へと向けて前進した。


 駆けながら、アロとトレントのステータスを確認する。

 ……二人共、HPがかなり危ないところまで下がっていた。

 俺は走りながらも、アロには〖フェイクライフ〗を用いて、トレントには〖ハイレスト〗を用いて、彼らの傷を回復させた。


「ありがとうございます、竜神さま……」


『MPも減っている。俺から吸い上げて回復しておけ』


 アロには〖マナドレイン〗があるし……トレントも、俺に根を張ってMPを吸い上げることができる。


 そうしてアロより、俺と別れてから大まかに何があったのかを聞くこととなった。

 騎竜兵との戦い……謎の剣士〖悪食家〗の登場によるヴォルク達の離脱、そして、死体を操る化け物の様な緑髪の少女・アルアネの襲来……。


 話を聞いている限り、アルアネはリリクシーラにも迫り得る高ステータスを有している。

 本当にとんでもない奴だ。

 ヴォルク、黒蜥蜴、マギアタイト爺と〖悪食家〗とやらの交戦も気に掛かるが……今は、アルアネからアトラナートを救出することを優先させてもらうしかなさそうだ。


 俺は駆けながら、時折腹部のアトラナートの編みぐるみへと目を向けていた。

 まさか、こんな形で編みぐるみが役に立つことになるとは思わなかった。

 皮肉なものだ。

 この編みぐるみが潰れた時点で、タイムオーバーだ……。


 俺は目をぎゅっと瞑る。

 絶対に、死ぬんじゃねえぞ……アトラナート!

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