第183話
無事に蟻の帰還を見届けた後、俺は玉兎、アドフと合流した。
合流した玉兎は口周りに青緑色をした謎の液体がへばりついていた。
またどこかで妙な魔物を喰い荒らしたのだろう。HPは減っていなかったので、無茶はしていないようではあるが。
それから二体と一人で赤蟻の巣周辺をうろつき、大きなサボテンがある場所を見つけた。
今日ももう遅い。ここを拠点とし、身体を休ませながら赤蟻の巣を見張ることにした。
ここならば、軽く上に飛べば赤蟻の巣の様子が窺える。
ムカデ団子作戦が成功するか否かで、今後どう動くかが大きく変わる。
赤蟻によるレベリングができなければ、数日で勇者のステータスに追いつくこと自体不可能だ。
そのときはアドフには悪いが、ニーナを助けてさっと逃げる作戦にシフトするしかない。
そうなれば、恐らくアドフの親族を助けている余裕はないだろう。
だが赤蟻によるレベリングの開始は、赤蟻の虐殺を意味する。
脳裏には、最後に俺に頭を下げた赤蟻の姿が残っていた。
俺は首を振るい、頭に浮かんだ赤蟻の姿を追い払う。
やるしかねぇんだ。覚悟を決めろ、俺!
気合いを入れるため、バンバンと顔を叩いた。
鉤爪が頬に刺さってちょっと痛かった。
玉兎は、そんな俺を目を細めながら見ていた。
赤蟻よ、すまないな。
許せとも、恨むなともいわない。
だが、心の中だけとはいえ、謝らせてもらおう。
定期的に宙に飛び上がり、赤蟻の巣を観察していた。
十五体の赤蟻が出ててきてから、一組五体の三組に分かれて別方向へと散っていく。
そんな光景を何度か目にした。
わかってはいたことだが、赤蟻達はかなり統制が取れている。
確かにこの砂漠、赤蟻が五体より多い数で固まって動く意味はそうなさそうだ。
俺はこの砂漠で、大ムカデ以外のBランクモンスターは見たことがない。
Cランクモンスターならば、赤蟻が五体もいれば十分突破できるだろう。
ビッグシザー先輩の件からもそれは明らかだ。
逆に大ムカデと対峙した場合、五体や十体では足りない。
赤蟻では大ムカデから逃げ切ることはできないし、あの甲殻を突破することもできない。
俺だって無駄に長い身体を利用して〖熱光線〗をぶつけてやって甲殻をぶった切って突破したくらいだ。
赤蟻にそんな芸当はできないだろう。
外で大ムカデに目をつけられたら死ぬしかない。
恐らく、そういう考えの元で赤蟻達は生きているのだろう。
あの五体一組の行動は、大ムカデ級のモンスターと対峙して全滅したときのリスクを減らすためのものなのだろう。
そう考えるとなんだか切ない。
本能の行動なのか、トップがいるのか……。
本能だったら応用が利かないから習性を逆手に取れるかもしれないが、赤蟻に指示を出す頭がいたら厄介だな。
下手したらムカデ団子もそいつでストップする可能性がある。
……俺が巣に入ったときの赤蟻の融通の利かなさ、あれは上の言うことを曲げられませんって感じに思えたんだろうが、どうなんだろうか。
巣を見張っていると、赤蟻達が色々と巣へ運んでいる様子が見れた。
巨大な蟷螂らしき魔物や、サボテン。
蟷螂は、まだ見たことがなかったな。
食べても美味しくなさそうだが、経験値はどうなんだろうか。
サボテンはやっぱり水分として貴重なのか、何度か運んでいた。
一体に一個ずつラクダの頭部を抱えた三体組を見かけたこともあった。
恐らくモータリケメルだろう。胴体はどこへやった。
なんというか、こう、シュールだった。
あの三つ首ラクダ、いつも酷い目に遭ってないか。いや、同種族の別個体なんだけど。
幸の薄い種族だ。
まだ息のあるアマガラシがドナドナされていく。
赤蟻達の上で、必死に身体を蠢かせていた。
どうせ後で殺すんだろ? もう、せめて殺してやれよ。
すげー惨めで可哀相だぞ。
アマガラシを運んでいる赤蟻に続き、植物を咥えた赤蟻がいた。
あのドブ沼に茂っていた植物だな。
アマガラシを運んでいるのが四体、植物を咥えているのが三体いた。
二つの分隊が合流したのだろうか。
だとしたら、あと三体いるはずだが、姿が見えないな。
赤蟻がアマガラシに殺されるところがちょっと想像できないし、生きているまま運んでいるところからしてかなり余裕に思えるのだが……まぁ、そんなところまで想像しても仕方がないか。
しかし今見ていたところ、やっぱり赤蟻の数は百……多くても、二百程度ではないだろうか。
もっとも地中にあるため巣の規模が分からないし、中で番をする担当なんかがいたらわからないが。
そうこう考えている間に、日が登り始めていた。
もう夜が終わったのか。
勇者の襲撃に遭ったのが一昨日なので、約束の日付はもう明後日になる。
今日中に進化まで持っていきたいところだ。
早く、早くムカデ団子を持ってくる二体目の赤蟻は現れないのか。
あの赤蟻は持って帰っていたが……ムカデ団子が他の赤蟻から大不評だった可能性もある。
いっぱいあったぜと報告したところ、お前は馬鹿か一人で喰ってろと一蹴されたのかもしれない。
試しにと喰ってみた赤蟻が毒で倒れたのかもしれない。
最初の一体をせっかく誘導したんだから、毒なしを掴ませるべきだったか。
前世での蟻の駆除方法を参考にしたため、蟻の固定観念から脱せていなかった。そこからもう一工夫加えるべきだったのかもしれない。
失敗したのでは、と思うと頭が熱くなってきた。
地上に降りてから、俺は頭を抱えて悩んだ。
あの赤蟻は蟻とはいえ、そこそこ知能があるように思う。
数を活かした戦い方がわかっているようだったし、助けた俺に対して恩も感じているようだった。
動物程度の知能はある。
所詮蟻と、舐めすぎていた。
「ぺふぅ……」
玉兎が、心配そうに俺を見上げている。
「グゥゥ……」
悪い、玉兎、俺やっちまったかもしれねぇよ。
どうしたらいいんだ。
親族を助けてやることをチラつかせて協力させてたアドフにも、申し訳ない。なんて説明すればいい。
玉兎は耳で俺の尾を撫でてくれた。
励ましてくれているのだろうか。
……だよな、まだ、諦めるのは早いよな。
幸い、夜間に赤蟻達を観察し続けたおかげで、ある程度は習性が掴めてきている。
ここよりもう少し近くから玉兎とアドフのペアに赤蟻の巣を見張らせ、出てきた赤蟻の数、方向をチェックさせる。
随時この拠点に俺が戻って赤蟻のだいたいの位置情報を聞き、赤蟻の分隊の合流の危険が低い位置へと俺が出向き、駆除を繰り返せば、一日掛ければ上手く行けば二十体程度ならば狩れるかもしれない。
進化すれば、活路が開ける可能性もある。
よし、この案で……と思いながら顔を見上げると、赤い直線が砂漠の地の上に伸びているのが見えた。
うん? あれって……ああ、赤蟻か。
なんであんな数で移動しているんだ。
今まで五体で隊を作って……。
そこまで考えてから、気付いた。
赤蟻達の長蛇の列は、ムカデ団子の山の方向へと向かっていた。
赤蟻達は、ムカデ団子をすべて回収するつもりなのだ。
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