第423話 side:サーマル

「さて、どうしたものかの。儂は、この様な狭いところは、あまり好きではないのだが……お主も、そうなのではないか? イルシアとやらよ」


 オレの傍らに立つローグハイルが、荘厳な賢者の顔を崩して笑う。

 イルシアの二頭がローグハイルを見て、苦々し気な表情を浮かべる。


 負傷した例の少女――ミリア――は、仮面をつけた蜘蛛の魔物に背負われており、蜘蛛を守る様に、前に異様な雰囲気を放つ、真紅の瞳の少女が立っていた。

 あの仮面蜘蛛と赤眼、恐らくはどちらも、Cランク以上に相当する魔物だ。

 イルシアの部下だろう。


 上手く、魔王様の傍についていた、ローグハイルと合流することができた。

 ローグハイルがこの緊急事態にどこまで素早く動いてくれるのかがネックだったが、ギリギリセーフ、といったところか。


 悔しいが、ローグハイルの実力は、オレやメフィストよりも、一段階上にある。

 オレは魔王様の加護があってなお、Bランク上位の〖ポイズンルーラ〗止まり……Aランクの壁を突破することは、ついにできなかった。

 スライムは特殊固体でない限り、進化の打ち止めが早いのかもしれないと魔王様が漏らしていたのを、オレはしっかりと覚えている。


 魔王様は、不要と断じたものを容易く切り捨てることができるお方だ。

 スライム兵の中でも、ニンゲンとの接触が多かったオレにはわかる。

 魔王様は決して、何かに愛着を抱かないわけではない。

 神の声への熱狂具合を見ても、それは明らかだ。ただ、酷く歪で局所的な上に、それが外から見て破綻していることに、本人が気付かない。

 進化の可能性の薄いスライム全体を見放す日も近いかもしれないと、オレは秘かに脅えている。


 ギガントスライムとローグハイルだけは、魔王様の部下、千のスライムの中で、Aランクの領域にまで登ることに成功した、たった二体の例だ。

 そしてそのギガントスライムは、ローグハイルが現在所有している。


 もしもローグハイルが、イルシアを殺し切ることができないと判断したときには、ギガントスライムを使うはずだ。

 ここでその札を切ってしまうと、姿を晦ましている聖女が出て来たときにジリ貧になりかねないが……ひとまずのところ、不確定要素であったイルシアは、確実に捕らえて魔王様に献上することができる。

 イルシアは、六大賢者の神聖スキルの所有候補者……アレさえ魔王様へ移すことができるのならば、今の地位を失ったとしても、対価としては成立する。


 ならば、オレの役目は、イルシアの配下及び、城内に残った冒険者の処分、魔王様の執着していた片割れである、ミリアの捕獲だ。

 せいぜいイルシアへの嫌がらせにしかならないので、魔王様がどの程度喜ばれるのかは不明だが、確保はイルシアの部下の捕獲ついでに行える。

 それに、ミリアを捕まえておけば、万が一ローグハイルが仕損じたときのイルシアへの保険にもなる上、イルシアの部下も誘い込むことができる。


 イルシアの頭の片割れが仮面蜘蛛と赤眼へと目を向けて低く吠える。

 ミリアを連れて、オレ達とは反対側へと走って逃げていく。


「イルシアさんなんですか!? イルシアさんなんですよね!?」


 仮面蜘蛛に背負われるミリアが、イルシアへと問う。

 イルシアはそれに全く反応を示さない。オレはその様子を観察していた。


「茶番は終わったかの、イルシア」


 ローグハイルが手を掲げる。

 奴の左右に、二つの青い光が生じる。


「〖聖柱〗」


 光が金属の柱となり、イルシア目掛けて突き立てられる。

 この狭い通路では、イルシアの巨体では左右に動けない。

 イルシアは背後に下がり、爪で払って目前で落とす。


 続けてローグハイルが四つの金属の柱を浮かべ、飛来させる。

 今だ。

 イルシアを抜けて、背後に控える奴の部下とミリアを襲撃するには、絶好の機会……!


 オレは姿勢を低くして駆ける。

 四つの柱がイルシアを襲うのに紛れ、横を抜けようとした。

 イルシアの二つ頭の片割れの目がオレを捉え、強靭な爪を振るう。


 視界が広いのが厄介だ。

 あんな化け物爪で抉られたら、オレだって無事じゃいられない。


 オレは身体を変形させ、宙で一瞬輪郭を崩す。

 イルシアの爪が、オレの飛沫を掠めて通過する。

 危ないところだったが、ギリギリで助かった。

 そのまま直進で駆け抜け、赤眼と仮面蜘蛛を追う。


 今の判断で分かった。

 こいつらはオレの敵じゃない。

 時間稼ぎに片割れが残るのかと思いきや、二体が同じ方向へと逃げ出した。


 オレは戦闘経験も豊富だし、しっかりと一戦一戦を考える方だ。

 魔王様から多少鬱陶しがられるくらいには、この世界を支配するステータスについての問いも重ねた。

 今までの経験と知識から、戦えば戦うほど、相手の力量を推し量ることができる。


 あの二体……足が、あまり速くない。

 スピード型ではないとしても、高く見積もっても、他のステータスもオレに及ばないだろう。

 あの足の速さがブラフでなければ、だが、そんな余裕があるともやはり思えない。


(この程度なら、普通に逃げてるだけならすぐに追いつける……)


 そう考えていると、曲がり角の先から、逃げていたはずの赤眼の少女が飛びだしてきた。

 おまけに手には、黒い魔力の塊を宿している。


「なっ……」


 黒い光の球が、至近距離よりオレを襲う。

 恐らくは〖ダークスフィア〗の魔法。


 オレは両腕を突き出し、胴体への直撃を避ける。

 オレに弱点の部位はないが、質量を削られてはダメージ量が増える。


 奴はどうやら、角で隠れて魔力を練っていたらしい。

 溜め攻撃の一撃は、同格なら勝敗を決しかねない。

 例え相手がランク下だとしても、避けたい攻撃だ。


 腕に激痛。

 次の瞬間、全身に強烈な衝撃が走る。


「がぁっ! こ、この……」


 オレは後方に弾かれ、背を壁に叩きつける羽目になった。

 〖ダークスフィア〗の直撃した左腕は、壁との衝突で肘から先が折れて、断面が液状化していた。

 赤眼はオレを一瞥し、素早く身を翻す。


 ――やってくれるじゃないか。

 見縊りがあったらしい。

 あんな危険な策を、土壇場で堂々とやりきるほど根性があるとは思わなかった。


 今の攻撃で……はっきりと、赤眼のステータスが俺に及ばないとわかった。

 渾身の一撃も、オレにとっては致命打にはならない。

 速さがあの程度で、不意打ちに選んだ魔法もこの程度ならば、せいぜいがB級下位の高レベル、B級上位の低レベル程度だ。

 ここでブラフを挟む意味もない。

 仮面蜘蛛の追撃もなかったことから、仮面蜘蛛は更に大きく劣るはずだ。


 だが、ここから先は、油断はしない。

 確実に仕留めてやる。

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