第718話

 俺は倒壊した建物の列へと饕餮を擦りつけながら、ハレナエの外へと向かって一直線に飛ぶ。


「オオオオオオオオオオオオオッ!」


 身体を削られる激痛からか、饕餮が咆哮を上げる。


 饕餮は身体を捻り、胸部の巨大な口で俺の身体を狙って喰らいついてくる。

 俺は高度を上げて身体を浮かせ、辛うじて饕餮の牙を回避する。


 あんなもんで喰いつかれたら溜まったもんじゃねぇ……!

 一撃で身体を噛み潰されてお陀仏だ。


「オオオオオオオオオオオオッ!」


 饕餮は吠えながら、俺の身体へと触手を巻き付かせる。


 俺の身体を地へと引き摺り降ろさんと絡めた触手で引っ張りながら、その凶悪な爪で俺の身体を引っ掻き回してくる。

 俺の身体に、饕餮の爪が走る。


 密着しているため攻撃には勢いが乗らず、かつ体勢が不安定であるため力を込めることができないので、さほど威力は高くない。

 警戒すべきは、隙あらばと狙って来る、奴の胸部に開いた巨大な口である。


 ……だが、饕餮は〖帯毒〗持ちである。

 爪に引っ掛かれた箇所に熱が走り、俺の身体に毒が入り込んでくるのが分かる。

 目を向ければ、傷口が紫に変色している。


 どうにか〖自己再生〗でダメージを打ち消してはいるが、それでもHPの減少の方が激しい。

 俺はもがく饕餮を少しでも大人しくするため、体重を込めて奴の身体を地面へと押し付ける。


 苦しい……が、こいつと人里の中で戦うわけにはいかねぇんだ!

 なんとしてでも、饕餮は砂漠まで連れて行く必要がある。



 もう少しでハレナエの国の外だ。

 だが、俺のHPも、どんどんと減らされ続けていた。

 俺には毒も入っている……これ以上、奴を掴み続けるのはまずい。


 このままのペースでは国から抜ける前に俺のHPが持たなくなる。

 俺は一気に飛行の高度を上げながら、国の外へと饕餮をぶん投げた。


「グゥオオオオオオッ!」


 饕餮は砂漠に身体を打ち付けたが、素早く受け身を取って体勢を整え、俺を睨み付ける。


「オオオオオオオ……!」


 饕餮を連れながら、無事に国の外まで来ることができた。

 戦いはここからだ。


『ここからが本番だぜ、饕餮……いや、勇者アーレス! テメェにこの世界は壊させねぇ!』


 俺は少しでもハレナエの遠くへと誘導するために砂漠側の上空へと回り込みながら、饕餮を睨み付けて〖念話〗で挑発した。


 同時に饕餮の近接攻撃の及ばないであろう高さまで逃れ、〖自己再生〗と〖ハイレスト〗を併用して一気にHPを回復する。

 傷口の毒を軽く抉ってMPを掛けて〖自己再生〗すれば毒の治療もできるが、どうせ饕餮と戦う以上、すぐにまた毒に侵されることになるだろう。


 饕餮のステータスは化け物染みているが、最も肝心ともいえる素早さだけはかなり控え目な数値となっている。

 それに饕餮に飛行能力はない。

 飛んで距離を取れば、安全に回復の機会を確保できる。


『この力……その姿……そうか、お前、神聖スキル持ち……』


 饕餮からブツブツと〖念話〗が漏れてくる。


『……聖女ヨルネスのときより、自我が残ってやがるのか?』


 聖女ヨルネスはほとんど言葉を発さなかった。

 他の神の声の〖スピリット・サーヴァント〗もそうなのかと思っていたが、どうやらその限りではないようであった。

 明瞭ではないものの、明らかに饕餮には自我がある。


『オレは神聖スキルを引き抜かれ、全てを奪われた……。オレは、オレは……そう、か。お前の神聖スキルがあれば、オレは今度こそ世界の帝王となれる!』


 饕餮の顔が凶悪なものへと変わった。


『何を言ってやがるんだ、お前』


『お前の神聖スキルを寄越せぇっ! そうだ、オレは終わってなどいない! 今一度、お前の神聖スキルで全てをやり直す!』


 饕餮が吠える。

 凄まじい執念を感じた。


『……自我があるのかとは思ったが、会話は通じねぇみたいだな』


 だが、俺に執着している様子であるのはこう都合だ。

 これならば国から意識を逸らして、砂漠の方へとどんどん誘導することができそうだ。


『〖スピリット・サーヴァント〗は、殺した相手を都合のいい道具として操るスキルだ。お前はもう死んだんだよ、アーレス。神の声の鎖から解放して、全部きっちり終わらせてやる』


 何はともあれ、饕餮に飛行能力がないことは大きい。

 高さを保って滞空しておけば、かなり有利に立ち回れるはずだ。


 あんな馬鹿力相手に接近するのは得策じゃねぇ……。


『〖天父の怒り〗!』


 突然周囲に眩い光が走って上から何かでぶん殴られ、俺の全身が高熱に焼かれた。

 一瞬、意識が飛んだ。


 避ける、避けられない、なんてもんじゃない。

 ほとんど何の予兆もなかった。


 辛うじて意識を手繰り寄せて、宙で体勢を整える。

 かなり高度を落とされたものの、どうにか滞空状態を維持することができた。


 地面を見れば、直径三十メートル程の巨大な窪みができていた。

 砂漠の地が綺麗に円状に抉られており、砂が黒焦げになっていた。


 俺はまた〖ハイレスト〗と〖自己再生〗を併用して高速回復しつつ、饕餮から距離を保ちながら、高すぎず低すぎないラインを見極めて飛んだ。


 ……饕餮のスキル、〖天父の怒り〗。

 スキルの詳細はざっとながら確認はしていたので、竜王エルディアの〖落雷〗と同様、雷を落とすスキルであることは理解していた。


 だが、ここまでとんでもない威力を誇っているとは思ってはいなかった。

 竜王エルディアの〖落雷〗も恐ろしく威力が高く、発動から着弾までとんでもなく速かったが、饕餮の〖天父の怒り〗はあれよりも遥かに威力が高く、かつ遥かに速い。


 空高くを飛んでいれば饕餮の〖天父の怒り〗をまず避けられない。

 上空を飛んで有利な状況を維持する、というのは現実的ではなさそうであった。

 滞空している間は、常にいつ〖天父の怒り〗が飛んでくるのか警戒しておいた方がよさそうだ。

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